第200話 鏡は、あらゆる才能を写し取る
本来ならば、レネと役割を分担して進めるべき案件ではある。
リゼットが気配を消し、表へ出ない情報を拾い集める一方で、レネはその明るい性格と話術を生かして人の輪へ入り込み、警戒心を抱かせることなく会話の中から必要な情報を引き出す。
相手に「自分から話した」と思わせながら、核心だけを自然に持ち帰る……それこそが《ファントム・ヴェール》の戦い方であり、二人が最も得意とする連携だった。
特に今回のように多くの勢力が集まっている状況では、レネの人懐っこさは絶大な効果を発揮する。
食堂で花恋、萌黄、斗花と出会ってから、まだそれほど時間は経っていないにもかかわらず、レネはすでに何年も付き合ってきた友人のように打ち解けていた。
その自然さは、才能というより天性に近い。
リゼットはその事実を思い返しながら、今は自分一人で盤面を把握しなければならない現状を静かに受け止める。
インクラインの他の三人とも、雪の護衛任務で既に面識を得ている。
五星姫の中でも紫乃は最上級の警戒をするとして、リーダーの冴月は武人としての矜持に満ちた高潔な人柄で、あまり馴れ馴れしく話しかけない方がいいだろう。
冴月との接触は自分が担当すべきだと、リゼットは判断する。
レネは斗花とは気が合うため、そこは問題ない。
問題は残りの二人……うたたと夜々は難しい。そして、この二人と接触しても、有意義な情報を得られる可能性は低いとみていた。
鏡宮側では、四戒仙のリーダーである京華と久遠と面識ができている。他の二人にも、まだ付け入る隙がありそうではある。
しかし問題は、鏡宮の三柱と呼ばれる存在……白雷のルーセント、覇令の人形使いレイン、美麗の影であるエコー。
特にレインは鏡宮の頭脳であり、接触するには入念の事前準備が必要だろう。
そして、異世界の男性たち……直接接触する機会が訪れるのかどうか、まだ読めない。
それぞれとの関係や印象を聞き出すには、今のミラーパレスの状況は、まさに理想的だった。
「とはいえ、レネ……任務と私情が、混ざりすぎている」
リゼットは、レネから送られてきた報告記録へ目を通した。
《リュカさんは実際に見ると配信より格好いい?》
《バルドさんの声は近くで聞くとどれくらい低い?》
《カゲトラさんの耳が赤くなった時、どんな感じだった?》
《クラウさんは普段も騎士様みたいに真面目?》
《ストレイさんは眼鏡を外すことがある?》
《フェルマさんに好みの女性を聞いた人はいる?》
「…………」
どの項目も、確かに情報ではある。
対象の性格、対人反応、心理傾向、女性との距離感……交渉時に利用できる情報と解釈できなくもない。
とはいえ、客観的に見れば、ほとんどが恋愛対象としての個人的な質問だった。しかもレネ本人は、そのことを隠す気すらない。
分析や任務を口実にすることもなく、ただ自分が知りたいから聞いているという姿勢が、文章の端々からにじみ出ていた。
それでも相手へ不快感を与えず、逆に女子会を盛り上げ、さらに多くの話を引き出しているあたりは、レネらしいというか、さすがと言うべきなのだろう。
リゼットは小さく息を吐き、レネの天性の人懐っこさと、それが情報収集においてどれほど強力なのかを改めて思い知らされるのだった。
問題があるとすれば……レネ自身が、任務であることを忘れかけている点だった。
「……レネ」
リゼットは、何度目か分からない小さな息を吐いた。
お調子者で、騒がしくて、油断しがちで、すぐ調子に乗る。興味を持った相手へためらいなく踏み込み、任務と私生活の境界が、時々信じられないほど曖昧になる。
とはいえ、その明るさと奔放さがあるからこそ、リゼットには入れない場所へ自然に入り込み、人の輪の中心で情報を引き出すことができる。
今回もすでに、花恋、萌黄、斗花から多くの情報を得ているのだから、その点は確かに評価すべきではある。
ただ、現状を見る限り、情報収集よりも異界の男性たちについて語り合う女子会を心から楽しんでいるようにしか見えない。
「帰ってきたら、注意が必要」
そう呟き、リゼットは端末を伏せた。
その仕草には、呆れと、少しだけ心配と、それでもレネを信頼している気配が静かに漂っていた。
そうしてリゼットは、正面のモニターへ視線を戻す。
ちょうど映像では、猫娘を抱えたバルドが安全地帯へ向かっているところで、太い腕の中で怯えていた猫娘が、安心したようにそっと目を閉じていた。
映像が切り替わる。
今度はリュカがリュートを奏で、猫娘たちへ優しい音色で笑顔を取り戻させている。
さらに次の場面では、カゲトラが何匹もの猫娘に囲まれ、顔を真っ赤にしながらも一匹も振り払えず、ただ固まっている姿が映し出されていた。
「…………」
リゼットの指が、無意識に再生位置を最初へ戻す。
再生……映っているのは、クラウ。冴月を抱えたまま転送され、周囲の異変に気づいた瞬間、彼女の身体を自分の胸元へ庇うように引き寄せる。
次の映像では、ストレイが怖がるうたたをそっと抱き寄せると、彼女は小さく肩を震わせながら、その胸元へ自然に身を預けた。
頼るような仕草なのに、どこか計算されているようにも見える絶妙な角度で、ストレイの腕へそっと指先を添える。
その瞬間、ストレイの耳が真っ赤に染まり、視線が泳ぎ、言葉が詰まる。
うたたはそんな彼の反応を知ってか知らずか、安心したように微笑んだ。
「……あざとい……」
リゼットは、思わず画面へ顔を近づけてしまった。
うたたの仕草は小さくて控えめなのに、ストレイの心を確実に揺らしている。
「こういうの……男の人って、好きなの……?」
ストレイの動揺は、今までのどの場面よりも分かりやすかった。赤面、視線の揺れ、呼吸の乱れ。全部が効いている証拠として映っている。
リゼットはその様子を見つめながら、胸の奥がじわりと沈むような感覚を覚えた。
「……私には高等な技すぎる……」
ぽつりと漏れたその言葉は、分析でも記録でもなく、ただの本音だった。
次はフェルマ。夜々に抱えられ、普段からは想像できないほど無防備な表情を見せていた。
「…………」
もう一度、十秒戻し……再生。
異界の英雄たち。
この世界の常識では測れない戦闘力。鍛え上げられた身体。それぞれ異なる、精悍で美しい顔立ち。そして……誰かを守ると決めた瞬間、何の迷いもなく行動へ移る強さ。
リゼット自身が、長く思い描いていた理想の男性像が、そこには確かに存在していた。
そんな存在が六人も、同時にこの世界へ現れたのだ。
レネが興奮するのも、任務と個人的な興味を混同するのも、必要以上に質問を重ねてしまうのも。
「……仕方ない、か」
リゼットは、半ば諦め、半ば納得したように呟いた。
その直後、画面へ映ったカゲトラの赤くなった横顔を、もう一度拡大する。
自分が同じ映像を何度見返しているのか。再生回数がすでに三桁へ達していることを思えば、レネだけを責める資格があるのかどうか、かなり疑わしい。
「……これは任務」
誰もいない部屋で、リゼットは静かに言い訳した。
「重要対象に対する、詳細な情報分析」
そう言いながら、映像を最初へ戻す。
崩壊した黒の回廊へ、クラウ、ストレイ、フェルマが立つ場面。再生を示す光が灯り、画面が動き始める。
無表情を崩さないまま、頬だけを淡く染めたリゼットは、レネへの注意をひとまず後回しにした。
情報戦で九重すみれへ先んじるため。
十理会の任務を果たすため。そして……ほんの少しだけ、自分自身の興味を満たすために……ほんの少しだけ。
異界の奇跡たる六人の男性たちを、リゼットはもう一度、最初から見直し始めた。
リゼットは椅子に座ったまま、しばらくその画面を見つめ続け、さすがにほぼ全ての情報を配信映像から得てしまったことを認める。
「……名残惜しいが、そろそろ次の検証に移らないと」
彼女をS級冒険者たらしめている能力は、《虚零絶界》だけではない。
存在そのものを世界の認識から切り離す究極の隠密技法……それと並び、彼女にはもう一つのユニークスキルがある。
《幻想写界》
「世界は鏡。才能もまた、映し出せる」
リゼットは小さく呟きながら、モニターの光を受ける自分の指先へ視線を落とした。
対象を思い浮かべることで、その者が持つスキル、武技、魔法、身体操作、魔力運用を解析し、自身の内側に存在する《鏡界》へ一時的に記録する能力、それが《幻想写界》
再現率は最大八十パーセント。
本来の使い手を超えることはできず、記録が維持される時間も接触から四十八時間のみ。
期限を過ぎれば能力は消失し、再び使用するには同じ対象へもう一度触れなければならない。
しかし、リゼットにとって四十八時間という制限は、ほとんど欠点にならなかった。
彼女の作戦は、侵入前の段階ですでに終わりまで設計されている。
必要な能力、接触する対象、使用する順序、撤退までの時間……それらすべてを逆算したうえで、世界迷宮庁に所属するA級、B級冒険者から必要なスキルを借り受ける。
正面戦闘が予想されるなら攻撃に特化した能力を。敵の攻撃を受け止める必要があるなら防御系スキルを。魔法障壁の解除、負傷者の応急処置、高速移動、状況に応じて一人で複数の役割を切り替えられることこそ、《幻想写界》最大の強みであった。




