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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第四章 ユグドラ・フロンティア編

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第193話 天命は、電流とともに


 

 紫乃が端末をそっと胸元へ寄せ、すみれの無茶な宣言に心を温めた、その少し前。


 群星リンクの中核管理区画、その最奥に設けられた九重すみれ専用の戦略室。


 無数の情報端末と魔導演算装置に囲まれた空間で、すみれは机へ突っ伏したまま、うつらうつらと浅い眠りへ落ちていた。


 徹夜で紫乃の配信映像を確認し、安否情報を探し、世界各国の反応を整理し続け、謎多きミラーパレスを情報で攻略した結果、さすがのすみれも限界を迎えたのだ。


「……お姉様……」


 閉じたまぶたの向こうでは、幸せな夢が広がっている。


 柔らかな花畑、降り注ぐ暖かな陽光。


 そして中央には、いつもと変わらぬ優雅な微笑を浮かべた紫乃が立っていた。


『すみれ。よくここに来てくださいましたわね』


「お姉様……!」


 夢の中のすみれが、両腕を広げて紫乃へ駆け寄る。


『あなたのことを、ずっと待っていましたの』


「わたくしもです、お姉様ぁ!」


 あと少しで、その胸へ飛び込める。だというのに、次の瞬間……花畑が勢いよく砕けた。


 風景が暗転し、黒の回廊十八深階の映像へ変わり、そこに映されたのは、傷つき、倒れ伏す紫乃。


「お姉様!?」


 さらに映像が切り替わる。


 六人の漢たちに囲まれ、じりじりと後退する紫乃。


 クラウが一歩近づく。


 フェルマが手を伸ばす。


 ストレイが紫乃を見つめる。


 リュカ、カゲトラ、バルドまで、真剣な顔で距離を詰めていく。


「お、お姉様に近づかないでくださいませぇ……」


 しかし、夢の中のすみれは身体を動かせないし、声を上げても届かない。


 紫乃は六人の漢たちに囲まれたまま、どんどん遠ざかっていく。


『すみれ……』


 紫乃が悲しそうに手を伸ばした。


『わたくしには、あなたが必要ですの……』


「お姉様ぁぁぁぁっ!」


 叫んだ……その瞬間。すみれの左腕に装着されていた腕輪型魔導具が、強烈な紫電を放った。


 バヂィィィィィッ!!


「ひゃうあああああああっ!?」


 すみれの身体が椅子の上で大きく跳ね、逆立った髪の先から、パチパチッと小さな火花が散る。


 視界が真っ白に染まり、全身を駆け抜けた衝撃が、眠りの底に沈んでいた意識を一瞬で現実へ引き戻した。


「こ、この光は……」


 すみれは煙を上げる左腕を押さえながら、勢いよく顔を上げる。


「天命……!?」


 違う。


 実際には、腕へ装着していた試作魔導具《お姉様からの連絡を見逃し魔テン》が、設定どおり最大出力の電流を放っただけだった。


 しかし、半分ほど夢の中にいるすみれにとって、その電撃は天より下された啓示にほかならなかった。


「お姉様が……わたくしを呼んでいらっしゃる……」


 腕輪の中央に埋め込まれた紫色の魔石が、激しく点滅している。


 同時に、机の上の端末には、一件の新着メッセージが表示されていた。


《九条 紫乃》


『いま話せますか? 忙しかったら後でいいです』


「…………!」


 すみれの瞳が大きく見開かれた。何度も瞬きを繰り返しながら、端末の画面を凝視する。


 夢ではない。偽装通信でもない。登録された魔力署名も、暗号鍵も、送信経路も、すべて本物。どれほど慎重に確認しても、結果は変わらない。


 それは、待ち焦がれていた紫乃お姉様本人からの連絡。


 胸の奥で何かが弾けたように、すみれの唇が震えた。


 声にならない息が漏れ、やっと絞り出した言葉は、震えと歓喜と信じられない想いが混ざり合った、ひとつの囁きだった。


「……お姉様から……わたくしへ……」


 その一言に、すみれの世界が一瞬で色づいた。


 自分の名を呼んでくれた。自分を頼ってくれた。自分へ向けて言葉を送ってくれた。


 その事実だけで、すみれの胸は熱く満たされていく。


 紫乃お姉様の存在が、自分の人生の中心にあることを、改めて強く、深く、痛いほどに実感する。


 そして、《お姉様からの連絡を見逃し魔テン》は、着信を利用者へ知らせるだけの魔導具ではない。


 装着者が気絶、睡眠、興奮、尊さによる一時的な思考停止など、いかなる状態にあったとしても、最短で返答できるよう設計されている。


 紫乃からの連絡を検知した瞬間、最大出力の電流で装着者を覚醒させる。


 さらに登録された紫乃の連絡先へ、自動的に通話要請を送信。


 この間、わずか〇・二秒。


 紫乃がメッセージ横の送信済み表示を確認するより早く、すみれからの着信が発信された。


「流石ですわ……」


 すみれは震える拳を握りしめる。


「流石、わたくしの《お姉様からの連絡を見逃し魔テン》……試作機ながら完璧な性能です!」


 髪の先から煙が上がっている事実については、気づかないことにした。


 端末の画面がふっと切り替わり、通話接続の表示が浮かび上がった。


 その瞬間、すみれの心臓は強く跳ねる。そして……通信の向こうから、澄んだ声が届く。


『もしもし、すみ――』


 紫乃の声。待ち続けた、恋い焦がれた、胸の奥で何度も思い返した声。すみれにとっては、天上から降り注ぐ女神の美声そのものだった。


「お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 抑えていた感情が、一瞬で決壊した。


 紫乃が無事で、生きていて、話していて、そして……自分の名を呼ぼうとしてくれた。


 その事実が胸の奥を強く揺らし、張り詰めていた不安も、押し殺していた恐怖も、紫乃の声を聞いた瞬間に溢れた安堵も、全部が一つの大きな波になってすみれを飲み込む。


「お姉様……お姉様ぁ……っ……!」


 声にならない嗚咽が混じり、すみれは端末を抱きしめるようにして泣き始めた。


 紫乃の声が届いたというだけで、世界が一気に色を取り戻していく。


 紫乃から何度も優しくなだめられ、どうにか普通に会話できる状態へ戻るまで、しばらく時間を要した。


 やがて話題は、《お姉様からの連絡を見逃し魔テン》の仕組みへ移った。


 紫乃から販売計画の白紙撤回を命じられた時には、世界の終わりを宣告されたような衝撃を受けた。


 しかし、その後。


『実は、わたくし一人では処理しきれない案件が、二百件以上残っておりますの』


 紫乃の落ち着いた声が端末越しに響くと、すみれは息を呑み、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


 紫乃が困っている。紫乃が助けを求めている。その事実だけで、すみれの心拍は一気に跳ね上がった。


『十理会、各国政府、迷宮庁、白印保護機構、鏡宮財閥。関係各所から集まる情報を整理できる人材が必要です』


 その言葉が、すみれの頭の中で何度も反響する。


 情報を整理できる人材が必要……紫乃が自分へ連絡をくれた……つまり、それはつまり……。


 すみれの中で、優秀すぎる情報処理能力が極めて偏った、しかし彼女にとっては絶対的な結論を弾き出す。


(お姉様は……この世界で、わたくしだけが頼りなのですね!?)


 九条紫乃は「すみれだけが頼り」とは一言も言っていない。


 むしろ一度もそんなニュアンスは出していない。しかし、すみれ調べでは完全にそういう意味だった。


 紫乃は続けようとする。


『ですから、すみれ。可能であれば、わたくしと一緒にミラーパレス……』


「はいはいはいはいはい!」


 紫乃が最後まで言い終える前に、すみれの返答が勢いよく飛び出した。


「行きます! 絶対に行きます! 今すぐ準備します!」


 その声は、喜びと使命感と愛情が全部混ざった、すみれ特有の全力全開の返答だった。


 そして彼女は、ミラーパレスまで一時間で到着するという物理法則を無視した宣言を残し、通話を終えた。


「…………」


 静まり返った戦略室で、すみれは端末を胸に抱きしめた。


 頬は熱を帯びて赤く染まり、口元は抑えようとしても緩み続ける。


 紫乃からの言葉が、胸の奥で何度も反芻されるたび、心臓が跳ね、呼吸が甘く震えた。


「お姉様が……わたくしを……」


 すみれはそっと目を閉じ、紫乃の声を思い返す。


 その一言一言を、自分に都合のよい形へと丁寧に並べ替えながら……いや、並べ替えるというより、必要な部分だけを抽出して繋ぎ合わせるという、彼女の情報処理能力が暴走した結果だった。


『わたくし一人では処理しきれない』

『情報を整理できる人材が必要』

『すみれ』

『わたくしと一緒に』


 その四つの断片が、すみれの中でゆっくりと形を変え、やがてひとつの甘美すぎる結論へと収束していく。


『すみれ。わたくしには、あなたが必要です。ずっと一緒にいてください』


「ぐふっ……!」


 胸の奥で何かが弾け、すみれはその場へ崩れ落ちた。


 息が詰まり、心臓が跳ねすぎて痛いほどで、幸福があまりにも強すぎて、身体が耐えきれない。


 とはいえ、いまは倒れている場合ではない。


 紫乃お姉様が待っている。


 自分を頼りにしている。自分だけを必要としてくれている。その想いが、すみれの全身を熱く満たし、立ち上がる力を与えた。



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