第111話 ただいまと共に、世界は熱狂した
百花繚乱メンバーは、息をひそめて画面を凝視していた。
意識を取り戻した朱音が、最初に映った斗花の顔に戸惑いながらも、A級冒険者の習性か、すぐに周囲の状況を確認し始める。
そして……広場の中央に立つ白銀の異形を見た瞬間、朱音の表情が凍りついた。
「本当に……あれが……雪くん……なの……?」
斗花は、朱音の肩に手を置き、静かに、しかし重く頷いた。
「……ああ。あれが……雪だ」
朱音の瞳が大きく揺れ、次の瞬間、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「……そんな……雪くん……どうして……」
その涙は、ただの悲しみではなく、雪を想う揺るぎない気持ちが宿った自然な涙。
紫乃はその瞬間を逃さず、素早く小瓶を差し出し、朱音の涙を確かに受け取った。
瓶の中で、光が弾ける。
虹色の輝きが渦を巻き、金と白銀の光に変わっていく。そして液体がまるで命そのもののように脈動し始めた。
《真なる命泉 (トゥルー・エリクサー)》が完成した。
その輝きは、先ほどのエリクサーとは比べ物にならないほど強く、まるで世界樹の根源が宿ったかのような神々しさを放っていた。
【コメント欄】
『ちょ、ちょっと待って!? 光が……桁違いなんだけど!?』
『これ……エリクサーなの?……もっとヤバいやつ……かな?』
『フェルマ様が驚いてるっ!? 調薬錬金術師でも想定外ってこと??』
『朱音姐御の涙……そんなに凄い効果なの……!?』
『紫乃様、採取のタイミング完璧すぎる……惚れる』
『こんな奇蹟の瞬間を観れて……紫乃お嬢様本当にありがとうございます!!』
そして、朱音は震える手で瓶を紫乃から受け取り、雪だった者のもとへ歩み寄る。
ストレイの神聖拘束魔法に縛られたまま、動かず、ただ静かに立ち尽くす白銀の影。
朱音はそっと瓶を傾け、その唇へ光り輝く液体を流し込んだ。
次の瞬間……眩い光が広場一帯を爆発したように照らす。
すべてが白く染まる。風が渦を巻き、世界樹の葉がざわめき、視聴者をふくめて誰もが思わず目を閉じた。
そして光が晴れたとき、そこに立っていたのは……かつての雪。
白銀の髪を揺らし、優しい瞳で、仲間たちを見つめていた。
「……みんな……ただいま」
その声を聞いた瞬間、朱音が泣きながら抱きつき、インクラインの仲間たちも次々と雪に飛びつき、無冠の灯の男六人も安堵の息を吐き、鏡宮の兵士たちも穏やかに見守り、広場は歓喜の渦に包まれた。
雪は少し照れながら、それでも優しく微笑んだ。
「……ただいま。朱音お姉ちゃん……お姉ちゃんが呼んでくれたから、戻ってこれたよ」
【コメント欄】
『うわああああああああああああ!!!!!!』
『雪くん戻った!! 戻った!! 本当に戻った!!』
『朱音姐御抱きついたああああ! 尊い!!』
『インクライン全員泣いてる……私も泣いてる……』
『漢たちの表情が優しすぎて……尊いよ』
『紫乃様……あなたが救世主です……』
『今日の配信……伝説すぎて語彙力……無理』
『雪くん……おかえり……』
そんな、百花繚乱の狂気乱舞など、頭の隅にも置かず、我関せずの人物がいた。
群星リンクの中核を担い、百花繚乱を統括する……誰よりも熱く、誰よりも一途な紫乃お嬢さま最推しガチ担。
九重 すみれは固唾をのんで、画面に映る紫乃だけを目で追っていた。そこに映るのは六人の漢が、紫乃お姉様へ一斉に迫る光景。
真剣な顔で距離を詰める六人。紫乃は後ずさりしながらも、毅然と彼らを見返している。
その距離感、そして緊迫した雰囲気に、すみれの心臓が、これ以上にないほど跳ねた。
(お、お姉様……六人の漢に囲まれて……っ)
(な、なんですのあの迫力……! お姉様が……押されている……!?)
すみれは、まったく進んでいなかったスクワットを止め、固まったまま画面を凝視する。
そして紫乃が、空の涙をそっと受け取り、それは美しい優雅さでエリクサーを完成させた。
(……っ! 流石ですわ……紫乃お姉様!!)
胸が熱くなり、思わず両手を口元に当てる。
(あの完璧なタイミング……あの優雅な手つき……そして素晴らしき頭脳。六人の漢が束になっても、お姉様の知性には敵いませんわ)
そして次には、紫乃が斗花を呼び寄せ、朱音へ上級ポーションを飲ませるよう指示した。
斗花は迷いなく朱音へ口移しでポーションを流し込み、紫乃はその様子を静かに見守っている。
すみれの脳内で、何かが弾けた。
(……え? お姉様……?)
(斗花さんに……そんなことをさせて……?)
(い、いえ……落ち着きなさい九重すみれ……これは蘇生のため……蘇生のため……けっして邪な気持ちなんて、ないわ)
なのに、紫乃が斗花を見つめるその横顔が、あまりにも優しく見えた。
(……っ!)
すみれは胸を押さえ、床に崩れ落ちた。
「お、お姉様……そんな……そんな顔を……斗花さんに……」
肩が震える。
(ま、まさか……お姉様が本当に大事に想っているのは……斗花さん……?)
しかし、次の瞬間、紫乃が朱音の無事を確認し、斗花ではなく……朱音の涙を採取した瓶を、そっと胸に抱いた。
その姿を見たすみれの脳内で、電撃のような閃きが走る。
(……そうか……!)
(お姉様が本当に大事にしているのは……斗花さんではなく……)
(この……わたくし……九重すみれ……!!)
どうやってそこに辿り着いたのか……勝手に導き出された結論に、すみれは震える拳を握りしめた。
「ふふっ……斗花さん……」
薄く笑う。
「お姉様は……わたくしがいただきますわ」
その宣言は、誰にも届かない戦略室の片隅で、ひっそりと、しかしかなりの熱をもって燃え上がった。
その様子は、ユグドラシル転移の際に紫乃のドローンの回路が微妙に狂ったことで、すみれ専用の戦略室に設置のカメラから、百花繚乱のサブモニターに映し出されていた。
『すみれ様!? 落ち着いて!!』
『お姉様ガチ勢がまた何か悟った!!』
『なお、斗花×紫乃じゃなくて紫乃×すみれに脳内変換されてる模様』
『すみれ様の思考回路、今日も元気に暴走していて愛おしい』
『でも推せる……すみれ様の愛、重くて尊い……』
『お姉様は誰のものでもない……でもすみれ様の気持ちは、これ以上なく本物』
紫乃×すみれ推しの一部のメンバーには、すみれの暴走気味なお姉様愛は、むしろご褒美のように受け入れられていた。
しかし、百花繚乱の大多数にとって「九重すみれは紫乃お姉様のことになると急激にポンコツ化する」という事実は、もはや周知の真理だった。
そのため、すみれが突然ひとりで赤面し、勝手に悟り、勝手に崩れ落ち、勝手に立ち上がり、最後には「お姉様は私がいただきますわ!」と宣言したところで、百花繚乱の反応は、ほぼ一貫していた。
「あぁ……また始まったな」
そんな、慣れきった生温かいスルーである。
しかし、スルーされてもすみれは揺るがない。むしろ、誰にも止められないほど真っ直ぐで、重くて、純度百%の紫乃お姉様愛を胸に燃やし続けていた。




