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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第107話 触れた温もり、呼び戻す名



 朱音は、視界の端に映った異形へと、ゆっくりと顔を向けた。


 最初は、ただの影に見えた。しかし、焦点が合うにつれ……その特徴が、ひとつ、またひとつと浮かび上がってくる。


 白銀の髪。


 それは、朱音がよく知る、あの優しい少年の髪色と同じだった。


 そして、額に刻まれた、淡く輝く紋章。世界に一人しかいないホワイトスノーの白印。


 朱音の呼吸が止まった。


(……そんな……そんなわけ……ない……)


 その者は、目が……空洞だった。深淵を宿したような、底の見えない闇。


 あの、いつも朗らかに笑っていた優しい瞳は、どこにもなかった。


 さらに、身体つきも違う。かつての雪は、華奢で可憐で、守りたくなるような存在だった。


 しかし今そこに立つのは……逞しく、筋肉のついた、男性として完成された体躯。


 朱音の喉が震えた。


「……まさか……あれが……雪くん……だというの?」


 震える声で、朱音は隣にいる斗花に問いかける。


 斗花は、目をそらさなかった。その瞳には、怒りでも悲しみでもなく、ただ、事実を受け止めた者の静かな覚悟があった。


「……ああ。あれが、お前が自分の命より大事に想っている雪だ」


 朱音の肩がびくりと跳ねる。


 斗花は続けた。逃げ場を与えないほど低い声。


「……お前は、雪を守れなかった。インクラインの誰も、ここに集っている兵士たちも……誰も間に合わなかったんだ」


 朱音の胸に、冷たい刃のような言葉が突き刺さる。


 広場の空気が、音もなく凍りついた。


 朱音は震える指先で、自分の胸元をぎゅっと握りしめた。


「そ……そんな……雪くんが……あんな……姿に……?」


 声はかすれ、言葉の端が震えていた。


「……あたし……あたしは……彼を……守れなかった……?」


 その独白は、誰に向けたものでもなく、ただ自分の心の奥底から零れ落ちた痛みだった。


 斗花は、何も言わなかった。慰めの言葉も、励ましも、この瞬間の朱音には届かないとわかっていたから。


 沈黙が落ちる。


 その静寂の中で……朱音の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。透明で、しかしどこか熱を帯びた雫。


 その瞬間を見逃さず、紫乃の手が、まるで風のような速さで動いた。


 エリクサー用の瓶を、涙の軌道へそっと差し出す。


 ぽたり……涙が瓶の中に収まった、次の瞬間……ぱぁぁぁぁ……っ


 瓶の中の液体が、一本目のエリクサーよりもさらに強く、七色を越えた神々しい光を放ち始めた。


 虹色の輝きが渦を巻き、白金の光がその中心に宿る。それは、祈りそのものが形になったような光。


 紫乃は瓶を胸元に抱き、静かに息をついた。


「……二本目、完成ですわ」


 その声は、どこか神聖で、しかし同時に切なさを含んでいた。


 朱音は涙の跡を残したまま、その光をただ呆然と見つめていた。


 二本目のエリクサーが放つ光は、もはや虹色という言葉では足りなかった。


 七色を越え、白金の輝きが脈動し、まるで天から降り注ぐ祝福のように広場を照らす。


 その光を見た瞬間……フェルマの瞳が大きく見開かれた。


「そんな……ありえない……!?」


 どうしようもなく、その声は震えていた。


「この輝き……ぼ、ぼくの作る劣化エリクサーなんかじゃない……! これは……真なる命泉 (トゥルー・エリクサー)……じゃないか」


 その名を口にした瞬間、周囲の空気がぴんと張りつめた。


 紫乃が静かに目を細める。


「真なる命泉……?」


 フェルマはごくりと喉を鳴らし、震える指で瓶を指さした。


「若返り……再生……魂の修復……伝承でしか語られないはずの効果が、すべて備わっている……こんなの、あの素材だけじゃ、絶対に作れない……」


 光はさらに強くなり、瓶の中で白金の粒子が舞い踊る。


 フェルマは息を呑み、そして……震える声で言った。


「……そうか……この薬なら……」


 彼の視線は、広場の中央に立つ異形の者へ向けられる。


 白銀の髪。深淵を宿した空洞の瞳。かつての可憐さを失った、逞しい男性の体躯。


 そう、雪だった者へ。


「……この薬なら……巫女様を……元に戻せるかもしれない……」


 その言葉は、絶望に沈みかけていた空気に、ひとすじの光を差し込んだ。


 朱音は涙の跡を残したまま、その光を見つめて震える。


 斗花は拳を握りしめ、紫乃は静かに頷き、五星姫とインクラインの仲間たちは息を呑んだ。


《真なる命泉 (トゥルー・エリクサー)》……それは、奇跡そのものだった。



 ストレイの放つ神聖拘束魔法……その光が、先ほどまでの安定した輝きとは違い、ちらちらと不安定に瞬き始めている。


 ストレイ自身は、うたたに袖を握られたまま固まっているが、魔力の糸だけは必死に維持していた。


 紫乃が眉を寄せる。


「……拘束の効力、残りわずかですわね」


 フェルマも青ざめた顔で頷く。


「う、うん……ストレイの神聖魔法力であれど、あれだけの力を持つ者を長時間拘束できる魔法じゃない……いつ暴れ出してもおかしくない……」


 その異形は、無表情のまま拘束の鎖に抗い、ぎしり、と空気を軋ませる。


 白銀の髪が揺れ、空洞の瞳が、まるで底なしの深淵のように広場を見渡した。


 誰もが息を呑む。


 近づけば、一瞬で殺される。しかし、飲ませなければ、雪には戻らない。


 沈黙が落ちたその時。朱音が、震える足で一歩前に出た。


「……あたしが行く」


 その声はかすれていたが、確かな意志を宿していた。


 斗花が振り返る。


「朱音……?」


 朱音は唇を噛みしめ、それでも前を向いたまま言った。


「……あたしが……雪くんに、その薬を飲ませる」


 広場の空気が、まるで凍りついたように静まり返った。


 紫乃が目を見開き、フェルマは息を呑み、インクラインの仲間たちは言葉を失う。


 朱音は拳を握りしめた。


「……あたしが守れなかったんだ。だったら……今度こそ、あたしが取り戻す」


 その瞳には、涙の跡が残っているのに、炎のような強さが宿っていた。


 斗花はしばらく朱音を見つめ……ゆっくりと頷いた。


「……行け。お前にしかできねぇよ」


 朱音は震える手で《真なる命泉トゥルー・エリクサー》を握りしめ、ゆっくりと雪だった者へ歩み寄った。


 ストレイの神聖拘束魔法は限界に近く、鎖の光は今にも消えそうに揺らいでいる。


 朱音が歩み寄る。その足元に、ぽたり、と涙が落ち、地面に触れた瞬間……淡い光がふわりと広がった。


 その光に、雪だった者が反応した。空洞の瞳が、朱音の方へゆっくりと向き、異形の動きがぴたりと止まった。


 トゥルー・エリクサーの光の輝きに触れたからなのか、朱音の涙……それは、雪が生前もっともよく触れていた優しさの匂いだった。


 朱音は震える息を整え、そっと手を伸ばした。


 雪がよくしていた仕草。不安な時、照れた時、朱音の頭にそっと手を置いてくれた、あの仕草。


 朱音はその動きを……今度は自分が、雪に向けて再現した。


 異形の身体が、びくりと震えた。


 そして……ゆっくりと、朱音の手の方へ顔を寄せてくる。


 空洞の瞳の奥で、ほんの一瞬だけ、雪の面影が揺れた気がした。


「……雪くん……」


 朱音はそっと囁き、瓶の蓋を開けた。白金の光が、雪だった者の頬を照らす。


 朱音は震える手で、その口元へエリクサーを運んだ。


「……戻ってきて……あたしの、大事な……雪くん……」


 異形の唇が、わずかに開いた。


 その瞬間……朱音はそっと、《真なる命泉》を流し込んだ。


 優しく輝く光が、世界を満たした。



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