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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第105話 受け取る一滴、託される想い



 空の頬を伝った涙がひと粒、静かに落ちた。紫乃はその瞬間を逃さず、エリクサー用の瓶を差し出す。


 涙が触れた途端、瓶の中の液体は虹色の光を帯びて輝き、一本目のエリクサーが完成した。


 空もインクラインの仲間たちも、何が起きたのか理解できずに息を呑む……そんな刹那の出来事だった。


 無冠の灯のメンバーは、少し離れた場所からその光景を見つめていた。


 あれほど悩み、行き詰まっていた問題を……紫乃は、まるで簡単なことのように成し遂げてしまった。その事実を目の当たりにして、胸の奥がじんわりと熱くなるのを、誰もが静かに感じていた。


 紫乃は、表面上は何事もなかったかのように出来上がったエリクサーを腰のポーチに仕舞うと、代わりにフェルマから預かった上級ポーションを取り出す。


 三色の光を帯びた液体は、まるで宝石のように輝いている。


(これで、上級なんですもの、鑑定を行えばランクは上級プラス以上で間違いないですわ)


 紫乃はそのポーションを持ったまま、インクラインの四人を見渡した。


(……さて、これほど高性能のポーションを使うからには、次の涙で終わらせないとですわね。この状況で自然に涙が流れる可能性があるのは……おそらく一人に限られる)


 紫乃が視線を向きかけ、目があいそうになった瞬間、さっとあらぬ方向に逸らした……萌黄で止まった。


 そのまま静かに歩み寄り、上級ポーションを萌黄へ差し出す。


「萌黄さん。これを、あなたにお預けしますわ」


「へっ!? あ、あたしに!? えっ? な、なんで……ですの」


 萌黄は目を丸くして、両手をぶんぶん振った。


 そのすぐそばには、ストレイの神聖拘束魔法が発動してから回収され、今は彼女たちの足元に寝かされている……意識を失った朱音がいた。


 紫乃は朱音をじっとみつめ、しばらくしてはっきりと言った。


「朱音さんを起こすために使います。ですが、意識のない者に液体をそのまま飲ませるのは危険ですわ。ポーションとはいえ、うまく飲み込めずに気管に入る可能性がありますもの」


 萌黄はこくこく頷く。


「そ、そうだよね……それと、あたしになにか関係が……」


 紫乃は続けた。


「ですから、あなたが口移しで、朱音さんに飲ませてくださいな」


「………………ッ!?!?」


 萌黄の顔が、爆発したみたいに真っ赤になった。


「む、むむむ無理無理無理無理!! そ、そんなの絶対無理だからぁぁぁ!!」


 空も風花も花恋も、ぽかんと口を開け、萌黄は両手で顔を覆いながら叫ぶ。


「だ、だって……! 初めては好きな人って決めてるもん!!」


 その叫びは広場に響き渡り、無冠の灯のメンバーは一斉に視線を逸らすか、私は何も聞いていませんと無表情を装う。


 リュカは意味もなく空を見上げ、カゲトラは突然、地面の石を数え始めた。


 バルドは数珠をぎゅっと握りしめ、クラウは兵士の列へ視線を向けたものの、そこに女性しかいないことに気づき、慌てて目を逸らす。


 フェルマは落ち着かない様子でポーチの紐をいじり続け、ストレイは……うたたに袖を握られたまま、完全に固まっていた。


(これは、絶対に聞いてはいけないものを聞いた……乙女の秘密なのではないか?)


 紫乃はそんな反応を横目に、内心でため息をつく。


(……本当にこの人たち、純情すぎるわね……ま、わたしくしもスキルを使用しなければ、男性がこんなにも居る状況に落ち着いてはいられなかったでしょうけど)


 賢者の固有スキル《静謐思考 (セレニティ・マインド)》呼吸とともに意識を澄ませ、あらゆる雑念と外界のノイズを遮断する。感情の揺らぎは鎮まり、思考は常に最適解へと収束する。


 紫乃はこれを、インクラインの下に向かう際に唱えていた。


 萌黄は顔を真っ赤にしながら、差し出された上級ポーションを目を見開いて見つめている。


 紫乃は令嬢らしい落ち着いた声で言う。


「萌黄さん。先輩の言うことが聞けないのかしら?」


 その一言に、インクラインのなかでは、後輩ポジションの花恋も「うっ……」と息を呑む。紫乃と空は、魔法学校時代の同期生で、萌黄と花恋とは先輩と後輩の関係。


 つまり、この場での紫乃の言葉は絶対的な先輩命令に近い。


「し、紫乃先輩の命令でも……無理なもんは無理っす!!」


 萌黄は両手をぶんぶん振って叫ぶのを、空も風花も花恋も、「言っちゃった……」と目を丸くする。


 紫乃はため息をつきながらも、冷静に言葉を重ねた。


「仲間の命が掛かっているのよ?」


「あ、朱音は気を失ってるだけっす! 死んでないっす! 乙女の尊厳っす!!」


 萌黄の叫びは、広場に響き渡った。


 無冠の灯のメンバーは、またしても一斉に視線を逸らす。


(聞いてはいけないものを聞いた……のでは?)


 紫乃はこめかみを押さえ、小さくため息をついた。


「……もう、しょうがないわね」


 そして、ある人物に目を向けると、おもむろにすっと手招きをした。


「斗花さん、急ぎこちらへ」


 呼ばれた斗花は、「え?」と目を瞬かせたあと、慌てて駆け寄ってくる。


「な、なんだい紫乃……?」


 紫乃はにっこり微笑んだ。


「王子さまの出番よ」


「…………オレかい!!?! お、王子……!? えっ? それって冴月じゃ……」


 斗花の叫びが広場に響いた瞬間……その声に反応するように、少し離れた場所で冴月がびくりと肩を震わせた。


 冴月は、頬をほんのり赤く染めながら、ちらりと横に立つクラウを見つめ……そのまま、はっとしたように視線を落とした。


 そこにいたのは、王子様と呼ばれる勇ましい凛とした武人のものではなく、恋に憧れる、一人の乙女。


 その変化に気づいた紫乃は、ゆっくりと斗花へ視線を向けた。


 その目は、あんな状態の冴月にさせるつもり? と無言で問いかける、圧のこもった視線。


 斗花はその視線を受け、背筋をぴんと伸ばした。


「な、なんだよ紫乃……その目……オレが悪いのか……!?」


 紫乃は優雅に微笑む。


「ええ、もちろんですわ。冴月をあんなにしてしまったのですもの」


 斗花は思わず後ずさりし、冴月は耳まで真っ赤になってうつむいたまま動けない。


 インクラインの四人は、冴月の表情を見て「あれは……恋する乙女の顔だ……」と気づき、そっと息を呑んだ。


 一方その視線を向けられている当のクラウは、魔物の殺気には誰よりも敏感なくせに、女性から向けられる気配だけは、まるで察知できていなかった。


 そのため、冴月が熱を帯びた瞳で見つめていることにも気づかず、彼はただいつも通り、これからの成り行きに、意識を向けているだけだった。


 紫乃は斗花の向かって、満面の笑みを浮かべると令嬢らしい優雅な声で告げた。


「時間もないことですし、ここは斗花王子の出番よ。 あなたと朱音さんは、模擬戦もする仲でしょう? 仲がよいのよね?」


 ストレイの神聖拘束魔法が発動したあとに回収され、今は静かに寝かされている朱音。


 そして、斗花と朱音は、冒険者の間では有名な組み合わせだった。


 拳闘士の斗花、魔法剣士の朱音。


 職業こそ違えど、赤髪、炎属性、姐御肌、熱血漢という、キャラ被りが激しすぎる二人。


 同じ歳で、よく戦闘訓練を行う仲。そして、いつしかファンの間ではこう呼ばれている。


「炎の双璧」


 斗花は頭をかきながら、朱音を見下ろした。


「いや……まぁ……仲が悪いわけじゃないけどさ……オレが王子ってのはどうなんだ……?」


 紫乃は涼しい顔で言い切った。


「今はそういう役回りですわ。朱音さんを起こせるのは、あなたしかいませんもの」


 紫乃はそう言い切ると、ふと視線を横へ流した。


「……本当は、男性の方がやってくれればよいのですが」


 その言葉とともに、紫乃の視線は 無冠の灯の六人へ向けられる。


 すると、不穏な気配を察したのか、リュカは即座に空を見上げ、カゲトラは地面の石を数え始め、バルドは数珠を握りしめて祈りの姿勢に入り、クラウは兵士の列を見つめたまま固まり、フェルマはポーチの紐をいじり続け、ストレイだけは、うたたに袖を握られたまま最初から微動だにしない。


 全員が、賢者様とは絶対に目を合わせないぞ、という強い意志を感じさせる挙動不審ぶりだった。


 紫乃はため息をひとつ。


「……見ての通りですわ。頼りになりませんの」


 斗花はその光景を見て、肩を落としながらも朱音のそばに膝をついた。


「……ったく、しょうがねぇな……オレがやるしかねぇってわけか」


 その姿は、まさに炎の王子様と呼ばれてもおかしくないほど頼もしく……そしてどこか、照れくさそうでもあった。



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