第102話 閉ざされた選択肢、その先の導き
ひとしきり騒ぎが落ち着いたところで、リュカがふと思い出したように口を開いた。
「でさ、その里の娘たちに頼まれて……ここユクドラシル、あー、転移して来た三人には分からないかもだけど、ここは世界樹ユクドラシルを擁する国家なんだとよ」
その言葉に、ストレイがぴたりと動きを止めた。
「……ユグドラシル? ここが……? 確かに大そうな樹の下であったが……あれが世界樹だと?」
リュカは勢いよく頷き、話を広げようとした。
「だよな! ここが本当に……」
しかし、まだ頬の赤みが残るバルドが、重く落ち着いた声で遮った。
「……その話は追ってでよい」
数珠を握りしめ、静かに続ける。
「まずは、如何にして乙女の涙を手に入れるか。それを話し合うのが先決だ」
リュカは「あ、はい……」と肩をすくめ、カゲトラは姿勢を正し、バルドの言葉に全員が自然と背筋を伸ばした。
世界樹の謎も、この国の異変も、巫女様の暴走も、すべては一滴の涙を手に入れ、巫女様を元に戻さない事には、どうにもならない。
風の結界の中に、再び静かな緊張が満ち、バルドに話を戻されたリュカは「そうだった」とばかりに手を打った。
「で、俺たちはさ。里の娘たちに頼まれて、ここを調査に来たんだけど……その途中で、この国の至高の御方に連なる方たちと戦闘になったんだよ」
「……至高の御方に連なる方と……戦闘!? 意味が解らないのだが」
クラウ、ストレイ、フェルマの三人が同時に声を上げるのを、リュカは慌てて手を振って否定する。
「いやいや! こっちからは手を出してないって! 向こうが問答無用で勝手に襲ってきただけだから!」
クラウは額を押さえた。
「それでも……至高の御方と戦闘って……」
カゲトラは青ざめながら頷いた。
「拙者など……万が一にでも怪我をさせたらと思ったら、生きた心地がしなかったでござる……」
バルドも重々しく頷く。
「……あれは、荒修行よりも心臓に悪かった……」
リュカは肩をすくめ、ため息をついた。
「しかもさ……不思議な神獣や霊獣と融合したっていう四戒仙とかいう御方まで出てきてさ」
その瞬間、三人の顔が引きつった。
「四戒仙……!?」
ストレイが眼鏡を押し上げる。
「そんな存在の方とも……戦闘を……?」
「戦闘っていうか……もうねぇ! こっちは防御一辺倒で……カウンターでも発生しないか、生きた心地がしなかったよ!!」
リュカは両手を広げて叫び、カゲトラは深く頷き、バルドは目を閉じて「……二度と御免だ」と呟いた。
クラウ、ストレイ、フェルマはぽかんと口を開けたまま固まった。
「……お、お前ら……」
クラウが呆れたように言う。
「この国に来て……めちゃくちゃ頑張ってたんだな……」
ストレイも静かに頷き、フェルマは「すごい……」と純粋に感心していた。
リュカは、ふと思い出したように指を鳴らした。
「そうそう、広場の端の方に倒れてた、只者じゃない御方がいたろ? ルーセント様とレイン様。それに、獣耳とかしっぽがある、めっちゃ目立つ四人の女性もいたじゃん?」
その問いに、クラウは「ああ……」と、どこかうろんげな、曖昧な頷きを返した。
「お、俺は冴月様を抱えていたから、周りなんて見る余裕がなかったな。ストレイもそうだろ?」
ストレイはぽかんとした顔で首を傾げた。
「……誰のなんの話だ?」
その瞬間……クラウ、リュカ、カゲトラ、バルドが同時に固まった。
フェルマだけが「え?」と首をかしげている。そして、本人とフェルマ以外は気づいてしまった。
ストレイの視界は、UTATA・フィールドによって、うたた以外がほとんど遮断されていることに。
クラウは小声で呟いた。
「……おい、まさか……」
リュカは額を押さえた。
「うわぁ……完全にお姫様フィルターかかってるじゃん……」
カゲトラは腕を組み、深く頷く。
「なるほど……ストレイ殿の視界は、あのふわふわした御方以外は霞んで見えるのでござるな……」
バルドは静かに目を閉じた。
「これは、なんとも……業が深い……」
ストレイだけが状況を理解していない。
「な、なんだその目は。俺は普通に見えているが?」
リュカは肩をすくめた。
「いや、見えてないんだよ……色々と……」
フェルマだけが純粋に笑っていた。
「ストレイって、あの方のことになるとすごいよね」
ストレイは耳まで赤くなり、眼鏡を押し上げながらそっぽを向いた。
「……別に、そういうわけでは……というか、ずっと幸せそうな顔して気絶していたフェルマに言われたくはないぞ」
ストレイは、まだ赤みの残る頬を指で押さえながら、ふと真面目な声で問いかけた。
「……それで、リュカ、カゲトラ、バルド。その至高の御方に連なる二人か、あるいは四戒仙の方々から……乙女の涙を入手できそうなのか?」
その瞬間、三人はそろって固まった。
「……なんでそんな話になるんだ?」
リュカが素で引いた声を出し、カゲトラもバルドも、ぽかんと目を丸くした。
「えっ!? 今の話の流れなら、その方々から入手するのが自然だろう?」
ストレイは本気で不思議そうに聞き返す。
「無理無理無理!!」
リュカが全力で遮った。
「至高の御方だぞ!? 泣いてもらうとか、どう考えても無理だって!!」
カゲトラも青ざめて頷く。
「拙者など……あの御方に涙を流させるなど、思うだけで恐れ多すぎて寿命が縮むでござる……」
バルドも重く頷いた。
「……あの方々に涙を求めるなど……考えるだけで心臓が止まりそうだ……」
ストレイは「そうか……」と眼鏡を押し上げたが、どうやら本気で不思議そうだった。
リュカは頭を抱え、深く息を吐く。
「……で、結局どうするんだよ。そろそろ時間も迫ってきてるだろう」
風の結界の中に、再び重い緊張が落ちていった。
乙女の涙は一滴でいい。だというのに、その一滴をどうやって得るか。巫女様の暴走は刻一刻と進んでいる。
無冠の灯は、次の一手を決めなければならなかったが、風の結界の中に、重い沈黙が落ちていた。
乙女の涙をどう入手するか……誰も決定打を出せない。
そんな中、クラウがぽつりと呟いた。
「……そもそも、この国に来るまで女性と接したことのない俺たちに、乙女が自然に流す涙を入手する案なんて浮かぶはずがないよな」
その言葉に、全員が深く頷いた。
「……だよな……」
リュカも肩をすくめる。
「そりゃそうだよ。俺たち、女性と話すだけで緊張してるんだし」
カゲトラは真剣に頷く。
「拙者など、いまだに目を合わせるだけで心臓が跳ねるでござる……」
バルドは静かに目を閉じた。
「……女性の涙の入手など、まるで検討がつかん……」
フェルマはしょんぼりしながらも、みんなの気持ちが分かるのか小さく頷いた。
そんな空気の中、クラウが顔を上げた。
「……だったらさ。賢者の紫乃様に相談するのがいいんじゃないか?」
その言葉に、リュカ、カゲトラ、バルドの三人が同時に固まった。
「…………賢者?」
クラウは少し驚いたように眉を上げた。
「え? 言ってなかったっけ? 紫乃様って知の化身と呼ばれる賢者なんだぞ?」
リュカは目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待て。あの紫乃って御方、そんなすごい職業だったのかよ!?」
カゲトラも驚愕の表情で頷く。
「拙者、ただの優しき御方かと思っていたでござる……!」
バルドは深く息を吐いた。
「……知の化身……ならば、確かに相談する価値はある……」
ストレイも静かに頷いた。
「紫乃様なら、何かしらの道を示してくださるかもしれない」
リュカは手を叩いた。
「よし! じゃあそうしよう! 紫乃様に相談して、乙女の涙の入手方法をみつけてもらおう!」
風の結界の中に、ようやく希望の光が差し込んだ。




