第99話 風の結界、男たちの作戦会議
ストレイの神聖拘束魔法が展開され、雪だった者の暴走は、ひとまず一時間だけ抑えることが出来ている。
その間にやるべきことは、フェルマを起こし、エリクサーを手にいれること。
とはいえ、夜々の腕の中で眠るフェルマは、相変わらず幸せそうな顔で失神したままだった。
クラウが困ったように腕を組む。
「……どうやって起こす? このままではエリクサーを使えない。そもそも予備があるのか?」
バルドが重々しく頷く。
「うむ……そして、尊き御方がこんなにも居る状態で無理に起こせば、再び気絶するやもしれぬ……」
カゲトラも腕を組み、真剣に考える。
「拙者の喝で起こすのは……さすがに乱暴でござるな……ここは、ストレイ殿の……」
そんな中、リュカがぽんっと手を叩いた。
「はいはい、ちょっと待った! ストレイにばっかり頼ってちゃ、パーティーの名折れってもんよ!」
クラウが眉を上げる。
「……お前が言うと、とんでもない方向に話を持っていく気がするのだが」
「うるさいなぁクラウ! 今回はマジだから」
リュカは担いでいた愛用のリュートを構え、その弦を軽く弾く。すると風がふわりと舞い、彼らの前に風の膜で覆われた、内側を視認できない結界ができあがった。
「《風詠みのリュート・風結界 (ウィンド・サークル)》はい、これで無冠の灯だけの空間が出来上ったかな」
斗花が目を輝かせる。
「おおっ……なんか、すごい!」
紫乃も初見のスキルに、賢者らしい好奇心が湧いたのか、感心してうなずく。
「楽器を奏でることで風の結界を張る……このアースリバース世界には、存在しない職業とスキルですわね」
リュカは、ここに来てかなり女性とのやり取りに慣れてきたのか、すこし得意げに鼻を鳴らした。
「でしょ? だってさ」
リュカはフェルマを指差す。
「フェルマが目を覚ました瞬間、周りに女性がこんなにたくさんいたら、また即気絶するに決まってるじゃない」
その言葉に、いままでのフェルマの様子を知る五星姫の面々が「……確かに」と小さな声でつぶやく。
夜々もフェルマを抱えたまま、その言葉に、かも知れないと言いたげに、小さく肩を揺らした。
そして……リュカは意を決して夜々の方へ向き直った。女性と話すことには少し慣れてきたとはいえ、夜々の姿を直接見ることだけは、どうしてもできない。
彼女の前に立つたび、胸の奥に残る緊張だけは、まだ解けずにいた。
「あ、あの……フェルマを……その……渡してくれます……? あ、あの……その……」
夜々は寡黙なくノ一らしく、静かにフェルマを見下ろし、ほんの少しだけ逡巡した。
腕の中のフェルマは、それは幸せそうに眠っている。
いまの状況は、決して余裕があるわけではない。ストレイの拘束魔法がもつのは、約一時間。
話の流れから、諜報を得意とする夜々も、暴走している男性が白印のとても大切な方であることを理解していた。だからこそ、もし救える方法があるのなら、迷わず協力したいと思い、夜々は小さく息を吸うと、こくりと頷いた。
その頷きは、静かで、しかし確かな決意だった。
リュカは夜々を直視しないように、視線を斜め上に逸らしながら、フェルマをたしかに受け取った。
「よ、よし……あ、ありがとう……だ、大丈夫……ちゃんと起こすから……」
夜々は一言も喋るこのとのないまま頷き、そのまま一歩下がる。
五星姫に見守られ、リュカはフェルマを抱えたまま、風の膜をくぐり、無冠の灯のメンバーと共に風の封印を通って空間へ入った。
風がゆるやかに揺れ、外の喧騒が遠のく。
静寂。その瞬間、クラウが長く、深く息を吐いた。
「……はぁぁぁ……心臓が……もたん……」
真面目すぎる騎士の声は、これでもかと疲れ切っていた。
「こんなに……尊き御方が……あれだけの人数……しかも全員、かなりの上位と思える方々……どういう状況なんだ……これは……」
額に手を当て、クラウは本気で頭を抱えた。
リュカが苦笑する。
「いやぁ……クラウが、ここまで疲れるの珍しいねぇ……精神的にか……って! 俺もかなりキテるけど」
カゲトラも腕を組み、静かに頷いた。
「拙者も……あれほどの女性陣に囲まれたのは初めてでござる……武士の胆力をもってしても……正直、震えた……」
バルドは数珠を握りしめ、重々しい声で口を開いた。
「拙僧もそれには同意する……ふむ。ひとつ、仮説を述べよう」
男たちの視線が集まる。
「女王国は無数にあると聞く。そして……この国の巫女様は、男性であられる。さらに我らがここに転移して来てから、女性しか見ていないという事実」
バルドは静かに結論を告げた。
「……おそらくこの国は、我らの国とは真逆。女性が圧倒的に多く、男性が極端に少ない国なのだろう」
その言葉に、クラウは天を仰いだ。
「……だからあんなに多いのか……尊き御方が……あれほど……」
リュカが肩をすくめる。
「そりゃフェルマも気絶するわけだよねぇ……あれだけの尊き御方、しかも至高の御方まで……そんな方々に囲まれたら、男は三秒で落ちるよ」
ストレイはフェルマの脈を確認しながら、真剣な顔で頷いた。
「……確かに、フェルマの精神力では……耐えられないだろうな」
バルドの仮説に場が静まり、クラウが天を仰いで嘆息したあと、リュカが、にやりと悪戯っぽく笑った。
「そういうストレイはさぁ……あのふわふわのお姫様に、すっかり執着されてるねぇ?」
ストレイの肩がびくんと跳ねた。
「ふ、ふわ……!? ふわふわって……う、う、うたた様は……」
顔を真っ赤にしてどもりまくるストレイ。その様子に、クラウは思わず口元を緩めた。
「……それでこそストレイだな」
カゲトラも静かに頷く。
「純情の極みでござる」
しかしリュカは、ふと不思議に思ってさらなら追撃を仕掛けた。
「でもさぁ、ストレイ。なんであの銀の髪の御方を見ても平然としてるんだ? 普通なら真っ赤になって倒れるだろ?」
その瞬間……ストレイの目が、あらぬ方向へ泳いだ。
「えっ……あっ……そ、その……」
リュカが目を細める。
「……あっ!」
指を突きつけた。
「お前……! 自分だけ認識阻害魔法かけてるだろ!!」
「ち、ち、ちがっ……!ちが……いや……ちが……くは……!」
ストレイは完全に動揺し、耳まで真っ赤にしてどもり倒した。
クラウは額を押さえ、フェルマは「やっぱり……」と呟き、カゲトラは「賢明な判断でござる」となぜか感心し、バルドは静かに目を閉じて頷いた。
風の結界の中に、男たちだけの温かい空気が広がった。
場が落ち着くタイミングでクラウが腕を組み、フェルマを抱えたままのリュカへ向き直る。
「……で、どうやってフェルマを起こす?」
リュカは肩をすくめ、抱えているフェルマの頬を指でつつく。
「いや、こいつさ、あ、あの……銀の髪の御方を見て失神しただけだろ?」
「……ああ、そうだな」
クラウは深く頷き、そして、実に真面目な顔で言った。
「じゃあ、これで起きるだろ」
「え? ちょ、リュカ……?」
言い終わる前に、リュカはフェルマの身体を、そのままストンと落とした。
ゴンッ。鈍い音が結界内に響いた。
「いっっっっっっ!?」
フェルマが何事かとキョロキョロしながら、跳ね起きる。
目を見開き、頭を押さえ、呼吸を荒げながら周囲を見渡す。
「な、なにが……!? ぼ、ぼくは……どこで……えっ!?」
そして気づく。自分を囲むように立つ、五人の無冠の灯の男たち。
クラウ、リュカ、カゲトラ、バルド、ストレイ。全員が、何故か冷めた目で自分を、見下ろしていた。
フェルマの顔が青ざめる。
「えっ……えっ……!? な、なんでみんなそんな真顔で……!? ぼ、ぼく……なにしたの……!?」
リュカがにやりと笑う。
「おはよ、フェルマ。よく生き返った」
フェルマは震えながら叫んだ。
「生き返ってないよ!? 落とされたんだよ!?!?」
クラウは真面目な顔で頷く。
「だが起きただろう。結果として正しい」
「正しくないよぉぉぉ!!」
結界の中に、男たちだけの妙に雑で温かい空気が、今いちど広がった。




