フレーゲル氏の秘密
トオコの視点より。続きです。
状況の理解できない俺たちを前に、お嬢様は説明を始めた。
「あなた方が今フレーゲルと呼んでいる人物は、私の父……アルベルトではないの。モッペルという名で、私の大叔父にあたります」
そういえば、あの人のファーストネームは聞かなかった気がするな。ベルダさんの親戚のアルベルトさんじゃなかったのか。このお嬢様のお父さんにしてはちょっと年が離れてるかなとは思ってたんだけど。
「しばらく前まで、この屋敷は私と父母、そしてこのマリアとマリアの姉であるハンナが一緒に暮らしていたの。ハンナとマリアは使用人だけれど、元々は孤児で両親がいなかったこともあって、父も母も娘のように可愛がっていた」
マリアさんの名前が出たのでそちらに目を向けたら目が合った。うなずくように軽く頭を下げるメイドさん。顔立ちはまだ幼い感じがあるが、周りのちびメイドさんたちに比べると仕事振りはしっかりしている気がする。
「ある日、父が昔お世話になっていた方が危篤だという話を聞き、父の希望で私たちは村に向かうことになって……」
この近くの村って他にあまりなさそうなんだが、ベルダさんの手紙によればアルベルト氏は若い頃村で行商してたって話だったから、俺たちのいた村のことなのかな。
「でも出発の日の朝、私が急に高熱を出し、看病のためにマリアは私と屋敷に残った。父母はハンナを連れて、村に向かった。お見舞いが終わったらすぐ帰ってくると言って。でも、いつまでたっても3人は帰ってこなかった……盗賊の手にかかり命を落としたと知ったのは後になってから」
当時のことを思い出したんだろうか、メイドさんが悲しそうな目をしてうつむいた。お嬢様もつらい気持ちを抱えているのだろうが、そんなそぶりは表に出さず気丈に言葉を続ける。
「まだ若い私たち二人だけが残され途方に暮れていた頃、この屋敷にモッペルがやってきた。彼は私の父アルベルトの母の弟だといった。私の後見人になるために来たというので、当時何も知らなかった私は、愚かなことだけどモッペルの言うがままになってしまった。気づいたらこの屋敷も父の財産も、いつのまにかモッペルのもののようになっていたの」
「それって、家を乗っ取られたってこと?ひどいな」
「それだけではないの。あのモッペルは……悪魔のような男だった」
そう言ってお嬢様がぎゅっと唇を噛む。お茶の水面を見つめる目は怒りに満ちていたが、涙をこらえているようにも見えた。
「父は元々、ハンナとマリアのいた孤児院に対して寄付を行っていたの。孤児院は貧しく、その寄付によってなんとか成り立っていた。モッペルは最初寄付を打ち切ろうとしたんだけど、最終的には減額をしただけで寄付を続けることにしたのよ。その交換条件が……」
そこまで言ってお嬢様は一旦言葉を切った。ティーカップを持つ手がぶるぶる震えている。マリアが包み込むように手に手を添える。
「……孤児院からこの屋敷へ、定期的に子供を送り込むことだった。毎回、女の子ばかり数人ずつ」
お嬢様が深く息を吐き出し、言葉を続けた。
「何のためか分かるかしら」
「えっと、それは、ここで雇用して仕事を覚えさせて他で働けるようにするっていってたけど」
目をつむり、ロール髪を揺らして頭を振るお嬢様。ため息を吐き出すように言葉を続ける。
「モッペルは、まだ年端もいかない子供を弄ぶためにここに置いているのよ」
「うげ………あいつ、ロリコンってこと?わたし、足触られたんだけど!」
寒気がしたというように真帆が顔をゆがめながら自分の肩を抱きしめる。そういやあのおっさん、真帆の脚触りまくってたな。真帆は子供ってほどの年齢じゃないと思うが、おっさんの守備範囲なのか。おっさん、中高生もOKなのだろうか。それとも真帆がペチャパイだから子供に見えたのか。
「今いる子供に飽きれば捨て、新しい子供を孤児院から連れてくる。孤児院がそれを知っているのかどうかは分からないけどね………」
「捨てるって、犬猫じゃあるまいしどこに捨てるのよ」
「よくは知らないけど、人相の悪い男が子供を連れていくのを見たことはある。おそらく、娼館などに売られていったんじゃないかと思うわ」
「どこまでも最低なやつね」
真帆は嫌悪感をむき出しにして吐き捨てるように言った。まあ、俺も気持ちは分かる。
「それであなたたちはこの屋敷から逃げたいと?でも、いいんですか?屋敷も財産もモッペルにとられたままで」
お嬢様が眉間にしわを寄せながらうなずく。
「本当は悔しいですが、仕方ありません。今のモッペルには金も力もある。それを奪い返すだけの力は私にはないから」
それに、と心底不愉快そうな顔でお嬢様がつぶやく。
「あいつの魔の手は孤児院の子供だけじゃなく、我々にも。モッペルは何度か私の寝室に侵入しようとして。それに………それに、あいつ、マリアにまで……」
ガシャンという音がしてカップが床に叩きつけられた。お嬢様、私は大丈夫です---------そう言ってマリアがお嬢様を抱きしめる。
「……申し訳ありません、取り乱しました」
お嬢様が頭を下げるが、まだ肩のあたりが震えている。マリアが足元に散らばったカップの破片を拾い、絨毯の上にこぼれたお茶を布でぬぐった。
「話はだいたい分かったんだけど」
俺はお嬢様の感情を煽らないように、なるべく落ち着いた声を出した。
「そして事情を聴く限り、きみたちの気持ちも理解できる。でも、怒らせるつもりはないんだが……急な話だから、まだしっくりきていない部分もある。疑いたいわけじゃないんだけど」
お嬢様は俺の目をまっすぐ見てうなずき、言った。
「無理に信じて頂く必要はありません。あなた方が信じようと信じまいと、私は取引をするつもりです。モッペルがどのように言っているかは知らないけれど、あれがあなたたちの為に動くことはない。治癒術師に足を治してもらう為には、早かれ遅かれあなたたちは私と取引をするしかないはず。私たちの為にも彼女の脚の為にも、なるべく決断は早いほうが望ましいけれどね」
これはお嬢様の言うとおりだ。俺たちにとってもフレーゲル氏の正体がどうなのかってことより、真帆の脚を治すことのほうが大事だからな。犯罪的なことに手を貸すとなるとためらうが、少なくともメイドさんを村に届けるぐらいはかまわないだろう。
「もし、あなたたちが我々に手を貸してもいいというなら、明日また午前中においでください。できればまずマリアを村に送ってください。それが終わればひとまずあなた----マホさんでしたね、彼女の脚を必ず治します。私の逃亡のことはその後でいい」
お嬢様の話を一通り聞いて、俺たちは一度宿に戻った後で決定することにした。俺たちが屋敷を出る際、玄関口まで送ってくれたお嬢様が、では、できればまた明日----とつぶやくのが聞こえた。




