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お嬢様のお願い

ちょっと間があきました。前回のつづき、トオコの視点の話です。

俺たちが通されたのは屋敷の奥にある客間の一つだった。他の部屋に比べて大きいということはないが、品のよい調度品が飾られ、カーテンや絨毯は柔らかい色合いに統一されていた。ロール髪のお嬢様はライトグリーンのかわいらしいドレスを着て俺たちを迎えた。


俺たちは勧められるままに柔らかいソファに腰をおろし、お嬢様と向かい合う形で座った。先ほどの黒髪のメイドさんがお茶を用意してくれる。


「みなさま、申し訳ございませんでした」


お嬢様が開口一番、俺たちに謝罪の言葉を口にした。俺は部屋の中をきょろきょろ見回している真帆を肘でつつきながら、お嬢様に応える。


「いやいや、きっとフレーゲルさんは急な予定が入ったんでしょう。あなたに謝って頂くほどのことじゃありませんよ」


いいえ、とお嬢様が首を振る。動きに合わせてロールがふるふると揺れた。


「皆様をお呼びしたのは、実は私です」

「……は?!」


俺たちは思わず顔を見合わせた。俺たちを呼んだのはフレーゲルさんじゃなくてこのお嬢さんだったって?お嬢さんが俺たちに何の用があるんだろう。別に遊び相手になれってわけじゃなさそうだが。


「じゃあ、術師の情報が手に入ったわけではないんだ……」


あからさまにがっかりした声を出す真帆に、お嬢様がまた首を振る。


「皆様が治癒術師を探していることは知っております。そして、情報は私が用意してあります」

「術師、見つかったんですか……?」


お嬢様がうなずき、お茶を入れ終わったメイドさんのほうにちらりと目を向けてから、続ける。


「情報は差し上げます。ただし……」

「ただし?」

「交換条件として、お願いしたいことがあります」


そう言ってお嬢様は自分の目の前のティーカップを優雅に持ちあげ、その端をピンク色のつやつやした唇にあてた。しばらく香りを楽しむように味わってから、俺たちにもお茶を勧める。メイドさんの出してくれた焼き菓子に真帆が遠慮なく手を伸ばす。


「お願いってなんですかね。俺たちにできることなんでしょうか」

「失礼ながら、私にはあなたたちしかお願いできそうな方がいませんので」


お嬢様は俺たちのほうをまっすぐ向いて、言った。


「わたしたちを、逃がしてほしいのです」


お嬢様の顔は真剣そのものという様子だ。冗談を言っている雰囲気は全くない。しかし、このお屋敷に住んで何不自由なさそうなお嬢様がいったい何から逃げるというのか。まさか、借金取りに追われてるってわけでもあるまい。


俺たちが黙っていると、お嬢様はさらに言葉を続けた。


「まずは、このメイド……マリアを安全な場所に逃がして頂きたいのです。そして、できれば私も」


先ほどお茶を入れてくれたメイドさん……マリアさんもいつの間にかお嬢様のそばに立ち、俺たちに向き合っていた。


「マリアはさほど遠くない場所---例えば、あなたたちのいた村などに預けたいと思います。そして私は、できれば他の国へ行きたいと思っています」

「ちょ、ちょっと待ってよ。逃げるって、何から逃げるの?それに他の国って、家族はどうするの?」


口からナッツ入り焼き菓子の破片をぽろぽろこぼしながら興奮気味に質問する真帆。


「……私たちに家族などいません」


そう答えるお嬢様の声は、びっくりするほど冷たかった。

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