第4話 「魔法使い」
カイルとリトは小鳥のさえずりが響く穏やかな森を歩いていた。
すると突然、轟音が響き、地面が揺れた。驚いた鳥たちが一斉に木々から飛び立った。
「何だ?」
二人はそれぞれの武器に手をかけ、周囲を警戒した。しばらく耳を澄ませたが、それ以上何かが起こる気配はなかった。
「今の、何だったんだろう」
カイルは剣の柄から手を離した。リトは近くの木に登り、周囲を見渡した。
「何かある?」
「………」
リトは木から飛び降り、軽やかに着地した。
「あちらから土煙が上がっていた」
「それって、これから向かう方だよね」
「注意しながら進むか」
静かになった森をしばらく歩いていると、カイルは足を止めた。
「どうした?」
先を行くリトが振り返った。
「…何か、聞こえない?」
カイルは周囲を見回した。耳を澄ますと微かに人の声のようなものが聞こえてくる。
次の瞬間、カイルは声のする方へ駆け出した。
「待て!」
「助けを求めてる!」
「勝手に動くな!」
リトはカイルの後を追った。
先へ進むほど、声がはっきりと聞こえてきた。
「助けて〜」
「……やっぱり誰かいる!」
カイルはさらに足を速めた。
木々の間を抜けると、視界が開けた。そこには土と岩がむき出しになった崖がそびえていた。
先ほどの轟音のせいなのか、崖の一部は大きく崩れ、大小さまざまな岩が地面に転がっていた。
「助けて〜」
声は崩れた崖の方から聞こえてきた。
「……どこから?」
耳を澄ませ、声のする方へ歩を進めた。崩れた崖の一部から、何かが突き出していた。それに近づいてみると、二人は足を止めた。
「……これはどういう状況だ?」
それは腕だった。まるで崖から、人の腕が生えているようだった。
「ヒェ。あれ、魔物じゃないよね?」
「助けて、と言っているから違うと思うが…」
「と、取り敢えず、声をかけてみようか」
カイルは恐る恐る腕に近づいた。
「だ、大丈夫ですか?」
問いかけると腕は一瞬動きを止めた。
「誰かいるの?助けて〜」
返ってきたのは、この状況に似合わないほど呑気な声だった。
「…何で、こうなったんだ?」
リトは警戒心をにじませながら尋ねた。
「先に助けて」
「原因を聞いてからだ」
有無を言わせぬ口調だった。
「…この森には薬草を探して入ってきたの。そしたら洞窟を見つけて、お宝がないかなって入ってみたら宝箱があったんだよ!宝箱開けてみたら何があったと思う?魔導書が入ってたんだ!」
腕は己の現状を忘れたかのように饒舌に語っていた。語り口に熱も入ってきた。
「これは魔法使いとして読むしかないよね!そこに書いてあった魔法を試してみたら、こうなっちゃった」
「……じゃあ、さっきの地響きは」
「わたしの使った魔法かな?びっくりしたよ、あんなに強い魔法だったんだね!おかげで逃げ遅れちゃった」
どこか興奮したような声だった。リトは呆れてため息をついた。カイルはすごい魔法だなと感心していた。
「説明終わり。早くここから出して〜」
「わかった!」
カイルは力強く返事をすると、崖から生えた腕を引っ張った。
「痛い!痛い!」
「やっぱりだめか…」
「女の子に乱暴はだめなんだよ!」
「ご、ごめんなさい」
横で様子を見ていたリトは腕に近寄った。
「お前は魔法使いなんだよな」
「うん、そうだよ」
「魔法が使えたらここから出られるか?」
「うん。でも杖がどこかに飛んでいっちゃったから、魔法使えない」
リトは辺りを見渡した。岩と岩の間に杖が挟まっていた。それを拾い、崖から突き出た手に握らせた。
「あ、これわたしの杖だ。ありがとう!これで魔法が使える。ちょっと離れててね」
魔法使いは呪文を唱えた。すると、腕の周りの岩が一つ一つ、ゆっくりと浮かび始めた。
最後の岩が持ち上がると、人一人が通れそうな空洞ができた。そこから目を引く赤みがかった茶色の髪をした、泥だらけの少女が現れた。
「杖、ありがとう!やっと出られた。それにしても泥だらけになっちゃった」
旅装に付いた土をポンポンとはらった。
「怪我してない?」
カイルが尋ねると少女は顔を上げた。
「大丈夫だよ。……あれ?」
泥だらけの顔を近付け、カイルをじっと見つめた。
「ど、どうしたの?」
「……ねぇ、きみ、どこかで会ったことある?」
「オレ?……ないと思うよ」
「そっか」
少女は顎に手をやり、空に目を向けた。
「気のせいかな…」
そう呟くと、二人に目を向けた。
「ねぇ、きみたちは、こんな所通って、これからどこに行くの?」
「水の街だよ」
「水の街!わたしも行きたいと思ってたの!連れてって!」
「いいよ!」
リトはため息をついた。
「わたしはミア!よろしくね!」
三人は並んで森の中を歩いていた。
「ミアは一人旅してるの?」
カイルは隣を歩くミアに声をかけた。
「そうだよ」
「オレより年下なのにすごいね。どこに行く予定?」
「目的地は特に決めてないんだ」
「じゃあ、何で旅してるの?」
「いろんな魔導書を読んだり、魔法を見るため!」
カイルとリトは思わず顔を見合わせた。
「…それだけ?」
「わたしにとっては学校で机に座って学ぶより、こっちのほうが楽しいの!」
「ミア、学生?学校は?」
「休学中」
「よく許可してもらえたな」
「学校にある魔導書は全部読んじゃったし、成績もいいから特別に許可してくれたの!」
「…それで一人で旅か」
「うん」
「そして、崖に埋まったのか」
「あれは事故」
三人は並んで話していたが、しばらくするとミアの歩みが遅れ始め、前を行くカイルとリトとの距離が徐々に開いていった。
「二人とも歩くの速いよ!疲れたから休憩しよう!」
ミアは声を上げた。二人は振り向き、立ち止まった。
リトは辺りを見渡した。さわやかな風が通り抜け、鳥の声が聞こえてくる。近くに危険はなさそうだ。
「ここで休憩にしよう。ミア、ここまでは来い」
「うぇー、鬼…」
ミアは杖を支えにしながら、やっとのことで二人の待つ場所までたどり着いた。着いたとたんに、その場に座り込んだ。
「疲れた……」
杖を抱えたまま、ぐったりとうなだれた。
「そんなにきつかった?オレとリトだと、この倍くらいの距離は休まず歩いたけど」
「体力オバケの人と一緒にしないでよ!…女の子がいるから、連れてってってお願いしたのに……」
「女の子?ミアの他に?」
カイルはミアとリトの顔を見回した。
「……ってことは、リトって女の子!?」
カイルの大声が森に響いた。
「え?カイルってリトのこと男の子だと思ってたの?」
「…うん。でもこの前、宿で一緒の部屋に泊まったじゃん!言ってくれたらよかったのに!」
カイルは慌ててリトに詰め寄った。
「私は雨風凌げる部屋ならどこでもよかったしな。結果的に、節約にもなったし。だが、お前、私のこと男だと思っていたのか」
「ごめん…。でも、言ってくれてもよかったのに…。宿の時に」
「わざわざ言うことじゃないだろう」
「それはそうだけど…」
「別にいいじゃん。何もなかったんでしょ?」
「それもそうだけど…」
カイルは頭を抱えた。




