第5話 「水の街」
「着いたー!」
三人は水の街に到着した。
建物の間を縫うように川が流れ、陽の光を反射した水面がきらきらと輝いている。川沿いには船着き場があり、数隻の船が客を乗せて行き交っていた。
「ここでは船が交通手段になってるんだ!」
「はしゃぎすぎじゃないか」
「初めて来た街だから!二人はこの街に来たことあるの?」
「私は数回」
「わたしも昔来たことあるよ」
「そうなんだ。オレはこの旅をしなかったら来なかっただろうな」
「その旅でも、カイル一人では絶対に来れなかっただろうな」
「うっ…。本当に、リトにはお世話になってます。ありがとう…」
「ねぇ、早く市場の方に行こうよ!ここには魔導書があるかな。やっぱり水を使った魔法かな」
「シオンの手がかりが見つかるといいな」
カイルはそう呟き、街の中心部に向かった。
三人は中心部に向かう船に乗った。
「オレ、船に乗ったの初めて!」
「おや、お客さんたちはこの街が初めてかい」
船頭のおじさんがにこやかに話しかけてきた。
「オレが初めてなんです。この街すごく綺麗ですね!」
「そうだろう、そうだろう。この街の名物は焼いた川魚だ。食べてみてくれ」
おじさんはこの街の自慢や名物について饒舌に話してくれた。カイルは合いの手を入れたり、相槌を打った。
まもなく中心部に到着するという時に、街の自慢話も終わった。
「そうだ、おじさん。少し前に旅の魔法使いがこの街に来ませんでしたか?」
「魔法使い?……あぁ、あいつのことかな」
「知ってますか?」
「二ヶ月くらい前かな。ふらっとこの街にやって来てよ、すごいことやったんだよ!」
「どんなことですか?」
「なんと、ここら一帯の川の水を凍らせちまったんだよ!」
「なにそれ!?魔法!?」
ミアが身を乗り出し、船は左右に揺れた。
「どこからどこまで凍らせたの?」
ミアはそれを気にする様子もなく、船頭に詰め寄った。
「詳しくはよく分からないが、街のあっちの入り口辺りから中心部まで凍ってたって船乗り仲間は言っていたかな。俺も船を走らせていたんだが、急に動かなくなったと思ったら、一面が凍りついてびっくりしたぜ」
「そんな広範囲を一瞬で……。すごい…。どれだけの魔法の力を持ってるの……」
ミアが顎に手を当てて呟いていた。
「凍ってたのは数分間だけだったけどな」
「何でそんなことを?」
「そこまでは俺も知らないな。他の人にも聞いて回ったらどうだい?」
三人はお礼を言い、船を降りた。
「カイルの探し人ってすごい魔法使いなんだね!会ってみたいな」
「ミアとは話が合うと思うよ」
カイルはその後も、街の住民に聞き込みを続けた。市場に寄るつもりだったミアとリトも、川を凍らせた魔法使いに興味がわいたようで、聞き込みに同行した。
「あぁ、彼、すごいよね!」
「魔法ってあんなこともできるんだな」
「儂はこの川が凍ったところなんて初めて見たぞ」
魔法使いの話を出せば、「あいつか」とすぐに思い出してもらえるほどだった。シオンはこの街で有名人になっているようで、カイルは少し誇らしさを感じた。
「みんな、魔法が凄かったって言っているな」
「わたしから見てもすごいもん!そりゃ噂にもなるよ!」
「でも、ここに来たことは確かみたいだけど、その先が分からないね…」
その後も聞き込みをしながら歩き回ったが行き先を知る者はいなかった。日は傾き始め、涼しい風が頬を撫でた。
「疲れた!休憩にしようよ!」
ミアは道の途中で立ち止まった。都合のいいことにすぐ側から甘い匂いが漂ってくる。匂いの元をたどれば、小さなお菓子屋があった。
「ここでちょっと休憩にしようよ!」
三人は小さなお菓子屋に入った。ドアを開けた途端、甘い匂いに包まれた。クッキーをはじめ、可愛らしい焼き菓子が所狭しと並べられている。
「美味しそう」
「買いすぎるなよ」
目移りしているミアの横でリトは釘を刺した。
「いらっしゃいませ」
店主が出てきた。ミアが選び終わるのを待っている。カイルはお菓子を選ぶのをミアに任せて、魔法使いのことについて、店主に尋ねることにした。
「あの、すみません。二ヶ月くらい前にこの街にやって来た魔法使いについて尋ねているんですが…」
「二ヶ月前の魔法使い?…あぁ、あの変わった子か。彼がどうしたの?」
「彼を探していまして、この後、どこに向かったか、ご存知ありませんか?」
「聞いたよ」
「ホントですか!」
「うん。何て言ってたかな…。ちょっと待ってて、思い出すから…」
「ありがとうございます!」
やっと得られた手がかりにカイルの声は大きくなった。
「あの、彼が何でこの川を凍らせたかはご存知ですか?」
「それはよく覚えているよ」
すると、扉の隙間から白い子猫が入ってきた。
「あ、こら。勝手に入ってくるなよ」
子猫に優しく声をかけた。子猫は店主の足をよじ登り、肩まで登っていた。
「彼は、この子を助けるために、川を凍らせたんだ」
子猫はカイルを金色の瞳で見つめ、可愛らしい声で鳴いた。
「長くなるから、座って聞くかい?」
三人は店の奥にあるテーブルに案内された。
―――――
店主が散歩しているとどこからか弱々しげに鳴く、猫の声が聞こえてきた。声を頼りにそちらに向かうと子猫が流されていた。
店主は川岸に駆け寄った。近くに落ちていた長い枝を掴み、腹這いになって必死に腕を伸ばした。子猫はどうにか枝にしがみついたが、激しい流れに今にも枝から引き離されそうだった。
そこに魔法使いが通りかかった。
子猫に気づいた魔法使いは杖を掲げ、呪文を唱えた。次の瞬間、流れていた水が白く染まった。
店主は目を丸くした。川面を這うように氷がどんどん広がり、瞬く間に水路の先まで凍りついていく。少し先で、氷に驚く叫びが店主の耳にまで届いた。
魔法使いはためらいなく、凍った川に下りた。弱々しく鳴き声をあげる子猫を優しくつまみ上げ、抱きかかえた。子猫は震えていた。魔法使いは再び呪文を唱えると、杖の先から温かな風が出てきて、子猫の濡れた体を乾かした。
魔法使いは川から上がると、木の枝を持って、呆然と座り込んでいる店主と目が合った。
「……この子、どうしたらいいと思う?」
魔法使いは尋ねた。
「えっと、ご飯をあげるとか?」
「ご飯…」
魔法使いはカバンからパンを取り出し、子猫の口元に持っていった。
「まだ小さいからミルクにしないと」
「ミルク…」
カバンをゴソゴソ探っていたがなかったようで肩を落とした。
「…私の店に来る?この子と一緒に」
その様子に店主は思わず微笑みを浮かべて尋ねた。魔法使いは頷いた。
川の氷はいつの間にかきれいに溶けて、なくなっていた。
―――――
「――それから、自分は旅してて、猫は飼えないからって私がこの子のお世話することになったわけ」
三人はお店のテーブルに座らせてもらい、お菓子をつまんだり、コーヒーを飲みながら話を聞いていた。
子猫は店主の膝の上で丸くなって眠っていた。店主はその体を優しく撫でた。
「…シオン、そんなことしてたんだ」
カイルが小さく呟くと、隣でお菓子を頬張っていたミアは突然むせ返った。子猫が飛び起きて隣の部屋に行ってしまった。
「だ、大丈夫?お水飲みな」
ミアは店主に差し出された水を一気飲みした。
「カイル、今、シオンって言った!?」
落ち着きを取り戻したミアはカイルを睨みつけた。
「え?うん、言ったよ」
「カイルの探し人って、天才魔法使いのシオン!?」
場所も忘れて声を張り上げた。
「うん、シオンは天才魔法使いって言われてる。オレの双子の兄弟だよ」
「双子!?…どうりで見覚えあると思った…。何で言ってくれなかったの!」
「ミアが知ってるとは思わなくて…」
「魔法使いの間では超有名人なんだよ!わたしは学校で雑誌に写真が載ってたのを見たから、顔は知ってたの!」
喚いているミアの横でリトは冷静な態度を崩さなかった。
「そんなに有名人だったのか、お前の双子。何か魔法見せてもらったりはしなかったのか?」
「見せてもらったけど、当時は周りに魔法使いがいなくて、どんなにすごいか分からなかったんだ…」
「もったいない!わたしなら色々聞いたのに!」
ミアはしばらく喚いていた。
「どんな魔法をみせてもらったの?」
「炎を出したり、物を動かしたり、かな。…あ、シオンはいろんな所に花を咲かせる魔法が好きだったよ!」
「魔法学校に行かずにそれなんだよね。すごい」
ミアは口元に手をやった。やっと静かになったな、とリトは思い、コーヒーをすすった。
「やっぱり彼、有名な魔法使いだったんだ」
「あ、お店でうるさくしちゃってごめんなさい!」
店主の声にミアは慌てて頭を下げた。
「気にしなくていいよ。この店、あまり人が来ないから。久しぶりに賑やかになって楽しいし。あ、お菓子とコーヒーのおかわりいる?」
それからしばらく、シオンについての雑談が始まった。静かになったからか、いつの間にか子猫が店主の膝に戻っていた。
「遅くまでお話聞かせてもらって、ありがとうございました!」
三人は席を立った。外はすっかり暗くなっていた。ミアの手にはこの店で購入したお菓子の袋が握られていた。
「こちらこそありがとう。楽しかったよ。…彼の行き先のこと、思い出せないですまないね」
「いえ。お気になさらず!この街に確かに来てたってことが分かっただけでも収穫ですから」
「君たちはこれからどこに向かうの?」
「……どうしよう、リト?」
「私に聞くな」
「わたし、この街を観光したい!」
三人が行き先を話し合っていると、店主の足元に、白い子猫がすり寄ってきた。一声鳴いて、金色の瞳で店主を見つめた。
「…あ!」
店主は子猫を見て声を上げた。
「どうしました?」
「思い出した!彼、北に行くって言ってたよ!」
「ほんとですか!」
「うん!間違いないよ!」
―――――
店に着くと、店主は子猫にミルクを与えた。小さな口で一生懸命に飲んでいた。魔法使いはその様子をしゃがみ込んで眺めていた。店主は一人と一匹を見て微笑んだ。
「真っ白。雪。北に行こう…」
魔法使いは呟いた。
―――――




