5 なしくずしのめざめ
「いやァ、まいったまいった――」
MOLE本部の食堂で、ガラスの器のチョコレートアイスを銀のスプーンで慎重に舐めつづけていたコタツが、ОWLの格納ラボでの騒動の通知を受け、「え? 食べ終わるまで待てない!? ただでさえ溶けちゃいそうなのに……」とかショックを受けてひげアンテナをぴんと伸ばし、リウノも予想しなかった流れだったため、移動用ポットの最高速でОWLの医務室に駆けつけたところ、教授は案外無事だった。
「……なにがあったんですか?」
リウノが訊ねると、教授はベッドのうえであたまをかく。
「例の琥珀には想像以上のものが詰まっていたって感じかな」
なんのことかわからない。
「じつは私もよくわからないんだ。いずれ解析結果がでると思うけど、要するにきれいな水が条件だったってことかな――ホロビノクニノヒメの覚醒のね」
「……眠気をとるために顔を洗うみたいなこと?」
コタツが前足で顔を洗う。
呆然とするリウノに教授が説明した。
10日間つづいた雨で地底に埋没した目的物まできれいな水が到達したことでDOGが発見可能になるぐらいのかすかな生体反応がでた。
そして、掘りだした目的物の外殻にANTの技術者が高水圧カッターでメスを入れたことで、一気に目的物に水分が吸収された。
それによって、ホロビノクニノヒメが一気にめざめた――ということらしい。
「具体的になにが起きたのかはよくわからなかったけど、とりあえずとてもこわかったよ」
教授はにこにこする。
「機械の身体じゃなきゃ死んでたかもしれない」
格納ラボ内にいた全員が昏倒し、ANTの若い技術者数名はわりと重症だったらしいが、いまはもう意識ももどり、となりの部屋で安静にしている。
教授もベッドに横になっているけれど、9割が機械の身体なので、じつはこれといって損傷はないからもう起きてもいいのだ。
「いずれ、お姫さまはまだ超脱水のカラカラでミイラみたいなものだから、ОWLとANTが総力をあげて治癒に当たっているところだね。でも、もちろん格納ラボの外から機械器具を駆使しているのだけれど。私も含め、みんな気が逸ってたから自分でしようと思ったものの、そもそもじっさいに人の手がする必要はなかったんだ……」
教授は「好奇心は猫をどうするんだっけ?」と微笑する。
「ふぅんだ、古式ゆかしいお姫さまは、猫にも劣る不躾な文明人にご立腹だったんだよ」
コタツは微笑しかえす。
リウノは窓からそとをみる。青い空が澄んでいた。
「いやァ、でも昨今稀に見ぬレベルの身も凍る恐怖を味わって、脳が委縮したね。連動している合金の歯が意図せずガチガチふるえていた。いまもあのノイズを思いだすだけで、ちびりそう……機械だから大丈夫だけど。そうそう、機械と骨ってなんか似ているなって思った」
教授が鼻の下を伸ばすと、「どっちも奇怪だね」と返したコタツがピンとひげアンテナを伸ばす。
「あ、お姫さまがほんとうに目を醒ましそうだって!」
コタツが受信した通知について叫ぶ。リウノも教授ももちろん着信していた。
「二人で行っておいで。私はもう少し、養生するよ。機械もときどき錆とりしないとね」
教授を構成する金属は10数世代まえに開発された永久に錆びない合金なので、機械の身体ジョークみたいなものだが、リウノは「お大事に」とうなずいて、コタツと格納ラボに向かった。
格納ラボの密閉扉まできても、だれとも遭遇しなかった。
どうやら、採掘作業のときと同様にだれもがおそれをなしているということらしい。
リウノは緊張することさえ忘れて無心で廊下を歩いていた。
しかし、無心だったことはある意味で緊張を顕しているのかもしれない。
「早く行こうよ!」コタツがせかせかうながすので、リウノはID認証して扉を開けた――すると、もわもわとドライアイスのような前史的な白いけむりがでてきて、二人は面食らう。
「わぁ! おばけ屋敷みたい!」とコタツがどこでそんな知識を得たのかわからないことを叫んだ。
「お姫さまの体内水分量はぎりぎり45%といったところだから、背格好から考えるとかなりの脱水状態ではあるよ。気をつけてね」と教授から着信があった。
どう気をつけるのかはわからないが、ふきげんかもよ、ということかもしれない。
教授から連絡がくるあたり、遠まわしにリウノたちをフォローする動きがありそうだ。
そして、白いけむりが引けていくと、どろどろに溶けた樹脂やらなにやらの中央に、色白の女性――しかもリウノと同年代ぐらい、が横たわっていた。
ひらひらの多い間色のドレスを着て、きらびやかな宝飾を身につけている。
リウノは失礼な気がしたので網膜レンズの分析機能を切った。
すると、お姫さまは「う、う……」とうなったあと、頭痛もちの人のように額をおさえながら身体を起こした。
「うわぁ、きれいな人だね!」
コタツがするすると駆けていって、驚くお姫さまのひざに手をかけるようにして顔を近づけてほほえんだ。
「こんにちは、おめざめの気分はいかがですか? ぼくの名まえはコタツ」
そして、一瞬だけリウノをふりかえってにやりとして「あっちはリウノ。ぼくの無口な飼い主だよ」と自己紹介した。
「ぼくたちがあなたをみつけました!」
お姫さまはうながされるようにリウノをみて、そして目が合うと……とてもふしぎそうな、それでいてなつかしいような顔を一瞬した。
しかし、リウノがみるかぎりまだ脱水症状がひどく、血色もわるく、体調はよくなさそうだ。寝不足か悪酔いのようにもみえる。
お姫さまが吸気で治癒されるよう、ANTの医療用ナノ粒子がふくまれた酸素がダクトから送られてきていることがなんとなくわかった。
とても美しい顔立ちだが、手放しで慕えそうもないのは、目つきや顔つきの真にせまった感じに受ける重い印象のせいだろう。
それこそ死にぎわのカゲロウのような……それが滅びの国の姫たるゆえんだろうか。
すると、「お姫さまは滅びの国の人なの?」とコタツが訊ねた。
リウノは単刀直入に質問できるタイプではないので、こういうときはコタツの独壇場になる。
「ええ……私は……夢をみていました。とてもつらく、長い夢です――」
お姫さまは目頭を押さえて、身体をふるわせる。
「眠りにつくまえ、私はいまにも滅びようとしている国におりました……」
「だいじょうぶ……?」
コタツが覗きこむと、お姫さまは痙攣するように目を開け、コタツをみつめる。
「あなたは猫……どうして話せるのかしら? よろしければ、あなたたちのことや、あなたたちの国――この世界のことを聞かせてくれませんか……?」
姿勢をくずし、お嬢さま坐りをしたお姫さまのひざにのるようにして、コタツは「いまは西暦4025年でね――」と説明をはじめた。
こういうとき、リウノは押し黙ってしまう。おそらく相手が謎のお姫さまでなくとも。
もともと人との交流が好きではないし、漠然としたことを話すのも苦手だった。
だから、ずけずけと感情をさらけだしたり、ふがぶがと諧謔を弄したり、相手の心のなかに靴をぬいでそっとお邪魔する(さすがに土足ではない)のは、いつもコタツが代わりにしてくれる。
ふとリウノは、コタツのちいさなうしろ姿と、それと向き合うお姫さまの蒼白い顔をみながら、コタツが現れたときのことを思いだした――。
リウノがエメラルドシティでの義務キョーイクを経て、ファーイーストシティでモグラになることが決まった直後、母親から通信があった。
「パパとママはキキューに乗ることにしたから、よろしくね! もう成人だし、ヴァーチャルで逢えるから心配しないで」
もともと両親とも長らく連絡はとっていなかったし、とりたてて反対する理由もなければ、みずからもキキューに乗りそうなランキング一位の存在だったので、リウノはなんの不安ももたなかった。
「それじゃ、暇ができたらでいいから、お手数だけど、おうちの片づけをお願いね!」
そういって母親は通信を終えた。
リウノはどうして業者に頼まないのかと不満をもったが、しぶしぶ休暇の折にイーストシティの実家に向かった。
そして、まとめられた家具一式のなかの「こたつ」と書かれた段ボールのなかにコタツを発見したのである。
こたつがじっさいに横に置かれていたので、猫型ロボットの名称がこたつなのか、入れる箱をまちがえたのかはわからなかったが、どっちでもいいやと思い、名まえをコタツにした。
唖然とするリウノをよそにコタツは目を醒ます(起動する)と、初対面のときから馴れなれしく、結局ずっと生活をともにすることになった。
最初は面倒だなと思ったし、いまもたまに思うけれど、それほど気にならない距離を保っている――。
「――どうもありがとう。あなたたちの国やその成り立ち、情勢について、ある程度理解できたように思います。まるで夢のようですが……」
ふと、お姫さまが立ちあがってリウノをみた。
まだこめかみに血管が浮き、きれいな黒髪にもほつれがある。
「この猫が無邪気であるように、あなたがたはそれを退屈だと思うぐらい平穏な世界ということですね……」
コタツはつねに寄り添っていて、まるでお姫さまのペットのようだ。
「私はまだ、あなたたちの国について半信半疑ですが、私の……眠るまえの私の国について話しても、あなたたちはおなじように感じるのではないかと思います――」
そういって、お姫さまは眠りにつくまえのことを教えてくれた。




