4 存在しない恐怖
コタツが全力で推進したため、MOLE本部の食堂に寄ることになった。
「やっぱ、これだねぇ」とかうれしそうにフォークに突き刺しながらおさかなハンバーグに舌鼓をうつコタツをよそに、リウノは月見うどんをすすった。
じつはリウノはリウノでMOLE本部の食堂といえば月見うどんが定番だと思っていることはコタツも知らないかもしれない。想像以上に出汁が効いていて、うどんをすするという情感もたまらない。
コタツが皿に残ったおさかなハンバーグのソース(海の名残り)をこっそりべろべろしはじめる頃、教授から着信があった。
もうすぐОWLの格納ラボに到着するところ。公開してもいい事前調査情報がまわってきたから、そっちに送っておくよ――というメッセージとともに、10秒ほどの動画が添付されていた。閲覧自由の公開にしないで関係者に順繰りに送信させるまだるっこしさに驚く。
格納ラボ内で固定された目的物を下から上に撮影しているものだが、にわかに信じがたいぐらい荒い映像だった。
ぶつりぶつりとノイズが入りこんだり、映像がゆれたり、ふるえたりしている。
「カメラが年代ものなのかな?」
コタツがげっぷをする。
「古いものの測定器が古くてどうするんだ」
リウノが真顔でいうと、コタツはにこにこする。
「カメラがこわがってるのかなぁ?」
目的物そのものは、大きさでいえば4メートル四方ほどの濁った半透明の物体だった。
映像がブレている(信じられない!)ため物体の質感や色合いもいまいちわからないが、橙色をしていて固そうな印象を受ける。
「なんだろう、これは……」
リウノのつぶやきに、教授が反応した。
「ОWLの所長に聞いたところでは、外殻は樹脂らしい。中身はいろいろな有機物が混ざっていると推測されるそうで、化石のような鉱物――つまり琥珀に近いってこと。棒のようなものがみえるかい?」
リウノは目を細めたが、いまいちわからない。視力ではなく、画質等の問題だ。
「ひずみとかひどくないですか?」
「え、そうかな……? オリジナルの映像にはとくにそういうのはなかったけど」
「虫かなぁ?」
コタツが目を光らせている。なにか特殊な機能を使っているのかもしれない。
「うん、どうやら人らしい。水分がゼロに近い状態なので、げっそりしてカゲロウのような様相なんだけど。ОWLの所長はANTに連絡して、アリさんたちも私と同時刻ぐらいに到着しそうだ」
ANT(Accurate Navigate Thrive)は遺跡などに治癒を必要とする目的物が発見されたときに派遣される専門対策チームで、大勢でくるのでアリの行列とかいわれたりする。死んでも生き返す、がコンセプトだ。
「なんだか、盛りあがってきちゃったね」
教授がわりと楽しそうにいう。
90%が機械になるまで生きて、まだ楽しめることがあるのはリウノからすると驚きである。一瞬驚くだけだけれど。
「古代の眠り姫のおめざめだけど……無視しなきゃいけないかも」
コタツが前足をぺろっと舐めた。ハンバーグのソースでもついていたのだろう。
「虫だけにね?」
そして、キャキャキャっと笑ったが、リウノはその発言を無視することにした。
うどんを食べ終えてから、「デザートでも食べよう」とリウノが提案したので、コタツは喜んだ。
「なんで、めずらしいね。すぐにお姫さまのところにいかないの?」
リウノは抹茶小豆を選び、コタツはチョコレートアイスにした。猫らしからぬチョイスだが、いつものことだ。
小豆をひと粒ずつ食べながら、リウノは時間差で返事をする。
「長いあいだぐっすり眠っていたお姫さまの寝起きに大挙して押しかけるなんて、文明人のやることじゃないよ」
銀のスプーンを片手にチョコアイスをちびちび味わっていたコタツが目をまるくして笑った。
「面白い……今日のリウノはなにかちがうね!」
べつに笑わそうとひねりだしたわけではなく、本音だったんだけど――リウノは思ったが目を伏せて小豆を掬いつづけた。
しかし、偶然とはいえ、その選択は正解だった。
リウノとコタツがデザートを頂いている頃、教授をはじめとする連携機関の代表たちとANTのチームはホロビノクニノヒメの安置された格納ラボ内に入った。
全員、完全防備スーツ(前史でいうところの宇宙服っぽい)すがたで、準備にぬかりなく、教授にいたっては(機械にもかかわらず)若干胸が高鳴っていた。
それは考古学的探究心とお姫さまの寝起き直撃というドキドキとわくわくで。だいたいにおいて、固い殻のなかにはやわらかくなめらかなものがある。
だが、全員が格納ラボに入り、無菌状態であることを確認し、ANTの技術者が高水圧カッターで目的物の外殻を切り分けようとしたとたんに、それは起こった。
突然、ラボの灯りが消え、教授の網膜レンズの分析機能がジュンという音をたてて停止した。まるで、ろうそくの火が消えるかのように。
そして、影が差したかのように暗くなった室内に、生あたたかい風が漂った。
空調は消えており、風はフゥーッと目的物のほうから噴いてきた。まるで、ろうそくを吹き消す吐息のように。
暗がりのなかに身をひそめているかのように心細くなる。あるいは暗がりの向こうになにかがひそんでいるみたいに。
どうやら全員のAIが原因不明の機能不全を起こしたらしく、数名のANTの技術者がパニックを起こしてなにか叫んだが、厚手のスーツにマスクをしているので明瞭には聞きとれない。
教授のこめかみに汗がじっとり流れた。10%しか残っていない生体(主に脳)の奥深くが、生理的な恐怖を感じた。
原始の本能のようなものとして、生存の危機を覚えたのである。
直後――遠くから近寄ってくるたくさんの足音のようなものが聞こえ、吐き気を催すような悪寒が湧いてきた。存在しない胃がキリキリする。
そして、ゴウゴウという爆炎が燃えあがりうず巻いているかのような異常な熱が頬をひりひりと焼き、いままで抱いたことがないような怒りや憎しみが交互に込みあげてきて目頭が熱くなる。気が遠のきそうだった――。
ふと、それらが止むと、教授以外の人は全員がその場に倒れこんでいた。
それでも周囲を気遣う余裕はなかった。がちがちという金属がすれ合う音が聞こえたと思ったら、特殊合金のみずからの歯が痙攣するようにふるえていただけだった。
ようやく息を継いだところで、ふいに老若男女のけたたましい笑い声のような雑音が耳もとでひびき、教授は瞠目し、口を大開きにしたまま、失神したのである――。




