2 予想しない辞退
食事のあと、リウノは紺色のスーツに着替えた。といっても、フォーマルなそれではなく仕事着であり、ボディスーツのようなものだ。
前史でたとえるならダイバースーツだが、超マイクロ合成繊維であるため、着脱でぎくしゃく苦戦することはない。体型の変化に苦慮することもない。
コタツは顔面と耳だけが露出した鈴つきの青色スーツ仕様に変化している。
リウノに悟られないうちにスーツを着ているのか、仕様で毛色や毛質が変容しているかどっちかだろうが、プライベートなので訊いたことはない。
リウノはMOGRA(Moor Gamut Record Alliance)という国家機関と連携している下請けラボMOLE(Motor Land Engineering)に配属されている。
東の果てであるだけでなく南北にも長いファーイーストシティの荒野全域を調査記録する技師だった。
単純にモグラのモグラともいわれる、いわゆる不人気職業である。陽のあたらないイメージそのままに。
リウノは広大な荒れ地や地底にて一人で過ごす心細さと解放感を味わうために、迷うことなく選択した。
もっとも、生まれながらにAIチップが埋めこまれ、ついでにAI搭載ロボットまでおまけでついているので完全に独りになることはないけれど。
宿舎は2Kのアパートだが、ヴァーチャルで内装を変えているし、コタツしか同居していないため生活に支障はない。
実際の間取りがどうとか、住む場所がどうとか、ましてや陽あたりがどうとか、そういうことにこだわる人はだいたいモグラには向かない。
リウノはコタツと連れだって部屋をでて、リノリウムの長い回廊を歩き、移動用ポットの駐車場まできて、黙々と乗りこむ。
半透明スクリーンにモグラたちの日別の勤務表を映すと疑問が湧いたが、直後に教授が先まわりしてきた。
「ハロー、リウノ。出動の順番がおかしいのは、ほかのモグラが辞退したからだよ」
教授はMOLEの所長のあだ名なのだ(名札にインディアナと書いてあったことがあるが、本名か通称かも確認したことはない)が、前述のとおり全身の9割が機械だ。
年齢不詳だが、かなり高齢だと思われる。古めかしいカウボーイハットをかぶっていて、ときどき不精髭になっている。そういうポリシーなのかもしれないが、リウノはプライベートには立ち入らないので詳しくない。
「辞退……?」
リウノが眉をひそめると、コタツが「みんな、こわいんだよ」と笑った。「ほらみて、ここ掘れ、わんわん」
横目でサイドシートのコタツをみると、うねうねひげアンテナを動かしている。
リウノは口をすぼめながら、そのデータを受信する。
リウノが担当することになる掘削地点や採掘物に関するデータが網膜レンズに表示される。
これはコタツがいうようにMOGRAで連携しているDOG(Dig Out Gleaner)という事前調査機関から通知された情報である。
社会である以上、あまり意味はなくとも役割分担というものがあるのだ。
緯度経度座標では、ファーイーストシティの東のはずれ。前史はみずうみだったところらしい。
雨降りのあとに水たまりか……リウノは目を細める。
しかし、そのあとが謎だった。
どれほど掘るのかも不明なら、採掘物に関してもまるで判然としていない。
地質時代も不詳であれば、目的物の大きさ、種類等も漠然としかわかっていないようで、数値にずいぶんと幅がある。
「へんだな、DOGの担当者がさぼったんじゃないの?」
「まさか、リウノじゃあるまいし……」
コタツが問題発言をするものの、それも自由なので放っておく。
「匂いがかぎづらかったんじゃないかな、深すぎるか、遮断されていて」
推測風に発言しているが、コタツのことだからDOGの担当者の報告書を盗み読んでいるのだろう。
匂いというのは、DOG用語で存在の気配のことである。
匂いがしないと存在そのものを探知できないが、なんらかの理由でうっすら匂いがしてきたので犬の鼻がかぎとれたということだ。
これはだいぶめずらしい現象なので、ここまでの条件でなら、モグラとしてはむしろ好奇心が湧くほうであり、リウノの知る同僚たちの気質を思えば、だいたいが立候補してでも現場に向かうだろう。
リウノにお鉢がまわってくるということはどういうことか――表示をスクロールしていると、採掘物の名称がでてくる。「ホロビノクニノヒメ」。
「滅びの国――の姫?」
思わず声にしてしまった。寡黙なリウノにはめずらしいことに。
「すごい、ファンタジックだね」
コタツがにっこりする。
リウノはコタツをにらむ。
「なにも特定されていないにひとしいのに、なんでこんな名まえだけついてるんだろう?」
「――私がイーストシティの中央トショカンにDOGの調査内容をもとに照会をかけた結果、名称だけ返ってきたんだよ」
急に教授が会話に入ってきた。
「でも、残念ながら名称の詳細な意味は制限がかかっていて、どうも直接赴いても資料の閲覧はできないらしい」
リウノは考えこむ。教授の意見とは思えないぐらい信憑性がない。
むくむくと入道雲のように疑念が湧いていることを察して、コタツが鼻をもにょもにょ動かす。
「つまり、目的物が埋没されていることは公然の事実なんだけど、目的物そのものが秘匿のあつかいってことだね」
「……どうやってるんだろう?」
リウノには本気でわからない。
「情報に鍵をかけてるんだとしても、なかなかの技術だよね。いまでもかんたんに解錠できないんだとしたら」
コタツにもわかってなさそうだが、コタツのことはコタツにしかわからない。
「でも、それでそんな名まえだから、みんなこわがって辞退したってこと?」
リウノは鼻をこする。コタツの鼻をみていたらもぞもぞしてきたのだ。
「でも、滅びの国の姫って、そんなにこわいかな。もう滅んだ国のお姫さまってことだろう?」
代々モグラたちのあいだにも、なにかしら尾ひれ背ひれのついた怪奇譚のようなものはある。
いずれ、掘削した遺跡の呪いで精神に異常をきたして採掘用ポットで自爆してしまった人がいるとか、本部からの制御を無視して穴を掘りつづけて行方不明になりなぜか水星に到達して太陽光で焼死した人がいるとか、ミイラ獲りがミイラになったみたいな他愛もないものばかりである。
モグラがトレジャーハンターだったのは前史の匂いが大地に残っていた十数世代まえまでなのだ。
「ふふ、まァ、リウノは無精だから気づかないだろうけど、滅びの国の姫で検索をかけるとね……真偽は不明だけど、いろいろ結果がでてきて、なかには〈世界を滅ぼすちからをもっている古代王国の魔女〉ってのもあるんだよ」
コタツがさらっといって、前足でひげアンテナをなでる。
しかし冷静に考えてみても、その信憑性もあまりないのではないか。
それこそファンタジックすぎる。
みんな、そいつを掘りだして世界を滅ぼしてしまう当事者になりたくないってこと……?
リウノがだんまりを決めていると、コタツがにやりとする。
「トショカンで制限がかかってるっていうのが、みんなの辞退の決め手だろうね。そうでなくても、病原体みたいなものだったりしたら、近くにいたくないとかあるでしょう。まァ、何事にもあんまりこだわりとかなく、物事に動じもしないリウノみたいな人なら、適役じゃないかっていうのが教授の判断なんだよ」
聞き耳をたてているだろう教授が返事をしない。
リウノは少しばかにされた気がしたので、目を細める。
「ふむ。おっしゃるとおり、こだわりはないね。たとえば仮にコタツのなかにいるAIがファンタスティック・ドーターだとしても、気にしないし」
すると、コタツは両目を大きくして、動きをとめた。しっぽがふにゃんとシートに横たわる。
「へ、へぇ……なんで、そう思うの?」
コタツが動揺しているのがふしぎだが、リウノはすぐにどうでもよくなって首をふる。




