第1話・演習場に吹き荒れた ~漸く見えた癒しの兆し~
第2章 終わりは始まり
第1話・演習場に吹き荒れた ~漸く見えた癒しの兆し~
郊外演習場は、文字通り郊外の広さがある広大な土地。
冬に入った今は乾燥して茶色くなった草が少しと、ポツリポツリと生えている葉の落ちた木々があるだけ。
ここでは、広範囲に影響を与える……集団殺戮用などと呼ばれる高位の攻撃魔法の訓練や、模擬戦など、大人数が参加する訓練の際に使われる。
今回、アインの授業がここで行われるのは傷口に残る濃密な魔力が『風の神剣』という、白魔法が物質の姿形を取った神話の武器によるものだから。
普通に精霊魔法で使われる風の魔力を大幅に超え、どんな影響を及ぼすかわからない。
「……ですので、使う魔法は初級の風の精霊魔法である『送風』です。魔力を消費しきることが目標なので、恐らくは暴風的な規模になるでしょう……」
まず、今日の授業に関する説明を始めたインスの言葉を聞きながら、アインは緊張気味に頷く。
周囲で同じように聞いている他の面々も緊張気味で、進行しているインスだけが普段通りに見える。
実際には、誰よりも緊張しているのだが、それをアインに悟られると不安に思って失敗してしまう可能性が高い。
だから、何の心配もいらないのだというように、意識して普段通りを心掛けていた。
本来、初級風魔法の『送風』は、意図せず使えば弱い風が少し吹くだけ。
一瞬風が吹いたかな? という程度のものなのだが、同時にこの魔法は魔力量や使い方次第で効果を大きく変える基礎中の基礎。
神官呪師が使う呼吸補助の魔法もこれだし、皇宮呪師が使う敵を足止めしたり、吹き飛ばしたりするのもこの魔法。
もちろん、それぞれに最適化された別の『合図の言葉』はあるのだが、最悪この魔法でも現象を引き起こせる。
今回はあえてアインに『送風』を使わせる。
下手に効果が高い別の使い方をさせて、コントロールが効かなくなったら大惨事では済まないからだ。
「魔法を放つ方向は空です。正面に打って、最悪城壁を突き破ってしまったら目も当てられないですからね……」
更に重ねられた注意点にもアインはしっかりと頷く。
そう、ここは『郊外』演習場と言われてはいるが、本当に『皇都の郊外』ではない。
だから、万が一を考えて、被害が一番少なくて済みそうな空に向かって放つ。
「……大丈夫ですよ。もしもの場合は、私がちゃんと、補助します……だから、アイン君は、怪我に残る魔力を全部引き出して、思いっきり打ち上げて下さい……」
緊張でガチガチになっているアインにふわりと微笑みかけて、インスはアインの後ろに回り込む。
「……インス様……?」
ちょっと戸惑って首を傾げるアインを支えるように膝を着き、そっと、その小さな両肩に触れる。
「……大丈夫……ちゃんと、支えますから……さあ、アイン君。頑張ってください……」
もう一度そう繰り返して、インスは魔法を使うように命じた。
「っ……。はい……」
一度息を飲みこんで、こくりと頷いたアインはゆっくりと深呼吸すると右手を前に突き出す。
掌を広げて、呪文を唱えながら空へと向けた。
「……送風……」
合図の言葉を口にする。
その瞬間、左腕の、怪我をしているところがカッと熱くなり、アインを中心にして強い風が渦を巻く。
「……っ!?」
ハッと、息を飲んだアインの掌から、とてつもない勢いで風が吹き上がった。
「…………っ!!」
「……大丈夫です……」
勢いに押され、ふらついたアインを支えて、インスが落ち着いた声で囁きかける。
どんどん消費される魔力と、周辺に広がる圧と、開いた傷口からの出血と……呑まれそうな勢いに混乱しかかったアインは、暴走させないように必死で維持を続けた。
左の袖に薄く朱色が滲むのを目にして、微かに唇を噛みしめたインスは、弾かれそうなアインの右手を支えるように、自身の手を添え、魔力を添える。
しばらく続いた暴風は空を割り、雲を散らし、周囲の草木を少し倒して……何事もなく収まった。
「……っ……」
「っ。アイン君っ」
魔法が完全に収束し、魔力が自然に還元されていくのを、見者の目で見届けて、ふらついたアインを、インスは咄嗟に抱き止める。
少し焦ったように呼び掛けるが、アインは意識を失ってしまっていた。
「っ!? ウスニーさんっ!!」
「分かっている。動かすな!」
悲鳴のような声で呼んだインスに返事をしながら、少し離れた場所から授業を見守っていたウスニーがすぐに駆け付け、その場でアインの容体を診る。
左腕の傷から、濃厚な魔力の気配が消えているのを確かめて、まずは止血を試す。
それから、瞳孔や呼吸、脈拍などを確認し、魔力切れの症状を確かめた。
「気力も体力も使い切ってるな……しばらく休めば気が付くだろうが……」
言いながら、最初に施した止血の結果を見る。
これまでは、一切治る様子のない、止血という概念さえもが意味をなさなかった怪我は、漸く処置を受け入れ、出血が収まってきていた。
「……成功だ……これで、魔法による治療もできるだろう……」
「……っ!! ……よかった……」
様子を確かめたウスニーの言葉に、ホッとして体の力を抜いたインスは、その腕の中で眠るアインを静かに見つめる。
止血さえできなかったために、これまでは無理やり縫合することで出血を押さえていた左腕は、何度も縫い直した結果、縫合による傷までできてしまっていて、これ以上の縫合の繰り返しも難しくなってきていたところ。
アインが意識を取り戻し、体力の回復具合を見ながらにもなるだろうが、漸く治療が進む。
その結果に、インスだけではなく、この授業に居合わせた全員がほっと一安心していた。
第2章第1話をお読みいただきありがとうございます。
いよいよ郊外演習場にて、アインの授業が始まりました。
目的は、腕の傷に残留する神剣の魔力を消費しきること。
不安と緊張でガチガチになっているアインを、インスは普段通りの声色で励まし、しっかりと身を挺して支えます。
初級魔法とは思えない凄まじい暴風が吹き荒れるという危険な試みでしたが、インスの完璧なサポートのもと、無事に魔力を消費しきることができました。
これまで止血すらできなかった厄介な傷が、ようやく治療できる状態になり、その場にいた全員がホッと胸を撫で下ろします。
アインをずっと苦しめていた怪我にようやく見えた「癒しの兆し」は、大きな一歩になってくれるのか?
次回もお楽しみに!
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