64話:空間を切り裂く魔法の剣
伽代はヤドカリの中に手を突っ込む。
これはなにも、伽代がイカれた訳ではない。
元からこうなる予定だったし、絵面以外は順調だ。
最悪な絵面を無視して伽代が発動したるは、雷属性のスキル。簡単に言えば人間スタンガン。
流れた電流はスライムボディを痙攣させる。
ここで効いてくるのがスライムの性質。
ゼリー状の中身を膜が覆うことによって形を保っているスライム。電流により中身が激しく動くことによって、膜が破れる。
一箇所の傷であれば、先ほど伽代が一部を切り落とした時のように修復する。しかし、全身に負荷がかかっているこの状況では、膜の修復力の方が押され気味。
やがて、力尽きて表面を覆う膜の修復ができなくなる。
これがスライムの倒し方、その一例である。
スライムの再生能力はゼリーよりも膜の部分に強く作用するので膜の破壊よりもゼリー部分を細かくしていく方が効率的と思われがちだが、やり方によっては膜を破壊した方が早い場合もある。
スライムの再生能力が尽きるまで攻撃すれば良く、さらに膜の強度は知れたものなので、頑張れば爪楊枝でも討伐できる。
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伽代の持つスライム特効なスキルによって、殻の内側でゼリーをぶち撒けたヤドカリ。
一度ボスを倒した人間は、他のダンジョンでもボスをスキップできるのに。
ガンガン行こうぜの標語と、流石に初見のダンジョンで一気に中層に進むのはやめとこうかの考えの折衷案が、ボスの討伐だったのである。
哀れヤドカリ。必要性と致し方のない犠牲であった。
囮役の姫羅とトドメを刺した伽代。そして無意味にナイフを失った蒼。
哀れナイフ。殻が硬いことは元から分かっていたのだから、本当に必要のない犠牲だった。
§
折れたナイフを拾って嘆く。
だがしかし、嘆くだけでは始まらない。
何が始まるのかは知らないが。始まらないかもしれないが。ここは涙を飲んで、相棒に黙祷。
「逝ったか……。クンマーシュペック……」
クンマーシュペック。蒼がナイフに付けようとしていた名前。
名付ける前にナイフは逝った。
生前葬があるのだから、死後命名があってもいいだろうとの判断による命名クンマーシュペック。
AIさんに『武器に付けたらカッコいい名前wお教えてください』と聞いたら、ものの数秒で山ほど出してくれた。その中から蒼が直感で選んだものだ。
名前wお教えて——そう誤字ったものの、頭脳明晰なAIさんはそんなことで困らない。こちらの失敗を汲み取ってカッコいい名前を羅列してくれた。なんと優秀なことか。
そんなクンマーシュペックも、今では折れてしまった。
蒼も心が折れてしまった。
三人がボス部屋を後にしようとしたところ、ごろりと転がる音がする。
元々地面に転がっていたヤドカリの殻が出す音ではない。何か固いものが、空中から落下した音。地面とぶつかった音だ。
そういえば、ヤドカリの殻が消えるの遅いな。
そういえば、破裂したスライムゼリーの一部がまだ伽代ちゃんの手についているな。
そういえば、今朝の星座占いで一位だったな。
イエス! イエス!
ウッキウキで振り返った蒼の目に入ったのは地面に転がっているショートソード。
水色の装飾を持つ白い剣。
明らかにダンジョン産の武器。きっと不思議な能力を持っているに違いない。
姫羅の鉈のような効果を持っていればいいな、そう考えながら蒼が拾う。
本日二度目のレアドロップだった。
§
「空・間・斬!」
蒼がそう言って剣を振るう。
目の前のスライムとは2メートル以上離れていて、当然空振りである。
空間斬などと名付けられた攻撃がただの空振りで終わるはずもなく、標的とされたスライムの体は見えない何かに切り裂かれた。
切り裂かれたスライム。すぐに膜が傷口を覆ってぷるりん、無害を主張する。
蒼が振るったのはヤドカリからドロップした剣。蒼はこれを『|空間を切り裂く魔法の剣』と名付けた。
空間を切り裂く魔法の剣と書いて、マタサノスと読む。
名付ける前に折れてしまったクンマーシュペックの轍を踏まない素早さ。
伽代と姫羅の二人にから了承は取ったが、その際名前の由来を聞かれた。意味なんて覚えていないし、そもそも元の意味と剣の特徴が一致しているとは思えない。AIさんは『スペイン語』と言っていたから何かしら元からある単語なのだとは思うが、意味に関しては聞いていないので分からない。
仕方がないと絞り出した蒼の一言。
「スペイン語だよ」
この一言で二人は完全に誤解した。
スペイン語には『空間を切り裂く魔法の剣』を意味する単語があるのだと。マタサノスがその単語なのだと。
ちなみにクンマーシュペックはドイツ語。
調べた単語群を使ってもらえて、AIさんも喜び笑顔になってくれることだろう。
嘲笑かもしれないが。




