63話:進めばきっといいことが
久しぶりの蒼を気遣ってのダンジョン上層。
そんな気遣いは無用とばかりに暴れる。蹴って殴っての大立ち回り。
相手がスライムなせいでカッコつかないが、それでも久しぶりのダンジョンとは思えないほどに八面六臂の活躍。
なんだかんだ、ダンジョンに潜っていなかったせいで溜まっていたものがあるのかもしれない。
伽代と姫羅は後ろで頷く。
夏休みも終わりが近づく。
一週間前にして、三人はスライムダンジョンにいた。
ゴブリンダンジョンにも似た風景。洞窟の中という景色は見飽きるほど見たものだが、スライムダンジョンはゴブリン程度とは一味違う。所々に微光を放つクリスタルがある。
異世界モノ雑魚モンスター御三家の中でも、やはり個性の弱いゴブリン。生息地の洞窟もスライムに引けを取る。
なんだこのファンタジーなクリスタルはと蒼は興味津々。
姫羅も興味津々。
伽代もなんだかんだ興味アリ。
三人揃ってクリスタルを眺める。触れてみる。軽く叩いてみる。
破片を持ち帰れないかと本気で蹴り始めた蒼を止める。
ダンジョン内の物をどうにかして持ち出しても、モンスターの死体と同じように光になって消えてしまう。
結構な常識。蒼は知らなかったけど。
§
蒼が殴ったスライム。
肉片というかゼリー片というか、体の一部をまき散らしながら壁の染みとなる。
ゼリー片が壁に散らばっている。
「レアドロップだッ!」
他の二人は死に体のスライムに興味を無くしていたから、最初に気付いたのは姫羅。
壁に散らばった中で一番大きなゼリー片、そこにポーションが現れる。
ドロップしたのは四本。
蒼に使ったのを引いても十分黒字。
そんなことを言った姫羅に、嚙み付く伽代。蒼は申し訳なさそうにちょこんとする。
「ごめんごめん」
姫羅が慌てて謝れば場は丸く収まる。
取り合うこともなく仲良くポーションを山分け。とはいえ、パーティ共用にするから姫羅と伽代のマジックバッグに入れる。
蒼が持つポーションは、元から持っていた非常用の一本だけ。
そこそこ重いし嵩張るから、マジックバッグに入れるのは合理的なのである。
「じゃあ、ポーションも手に入ったし今日はここら辺で戻ろうか」
レアドロップでポーションが手に入り、さらに時間もいい頃合い。
なにより蒼は病み上がり。病んだのは心だが、それでも初っ端から飛ばし過ぎるのは体に悪い。どれだけ大立ち回りをしていても。
しかし忘れちゃいけない前の約束。
三人の標語、ガンガン行こうぜ。
夏休みに終わりが見えても、夏はまだ終わっていない。
いやぁ、もうちょっと潜ろう。
そんな蒼の一言が場の空気を変えた。
そうだそうだと盛り上がる姫羅。いやいやと収めようとする伽代。
多数決で進むことが決定。
蒼はナイフを掲げ、姫羅は鉈を掲げ、いざ行かんと踏み出す。伽代は仕方ないから、後ろから付いていく。
§
スライムダンジョンのボス、その名をヤドカリと言う。
巻貝のような殻を纏った、ぱっと見ではスライムと分からないモンスターである。
殻から一部を出し、外の様子を伺うスライム。
殻と同じ、乳白色のゼリー体。細かく震えて狙いを定める。
ヤドカリの特性を予め知っていた蒼たちはすぐさま散開。
震えていたスライムは、一瞬止まって、すぐさま勢いよく体の一部を伸ばした。
カメレオンの舌かのような動作で伸びたスライムボディ。その狙いは姫羅。
跳躍で姫羅が避ける。
スライムの攻撃は、その背後にあったクリスタルへと向かう。
クリスタルと接触して——へし折った。
その破壊力の秘密は、伸びきったスライムボディ、その先の小さな殻である。
やたらと殺意の高い形状で、クリスタルとぶつかったのに傷一つないほど頑丈さ。
体の表面に殻を生成する。それがヤドカリというボスの特性。
殻は硬く頑丈で、攻撃に用いればクリスタルを易々と砕く。
散開した三人は、それぞれヤドカリを囲むように動く。
今のところ攻撃が向いているのは姫羅であり、伽代は横から、蒼は後ろから囲む形。
ヤドカリの二回目の攻撃。先ほどと同じように体の一部を伸ばす。
一回目の攻撃では外した後にすぐに戻されたから間に合わなかったが、今回は伽代がすぐ近くまで迫っている。伸びきっている部分を切り落とした。
スライムの体が分裂した際、最も体積の大きいものが本体となる。例外はあるが。
少なくとも目の前のスライムはそういったルールの適用範囲内であり、切り落とされた部分は地面に力なく転がる。
体が小さくなりすぎるとスライムは死ぬ。だからスライムの体をどんどんと削り、体積を減らしていくのだ。
一番手っ取り早いのは、上層で蒼がやっていたようにスライムを弾け飛ばす方法。パンチによって破裂したスライムは本体が生まれない程に小さくなって死んでいった。
残念ながら、殻に覆われているヤドカリにはその方法は使えない。しかし心配する必要はない。パンチ以外にも破裂させる方法はあるのだから。なんならそっちのやり方が楽なのだから。
攻撃を避ける姫羅と、体の一部を薙刀で切り落とした伽代。ボス戦然とした二人と比べると、蒼は一人、観客だった。
戦闘に入る前、すでに作戦は聞いていた。蒼と姫羅が気を引いて、伽代がトドメを刺す。
ヤドカリは姫羅にばかり攻撃を仕掛けて、後ろの蒼には気付く気配なし。蒼自身の気配もなし。
頑張って攻撃しているヤドカリ君と、その後ろにぬっと立つ蒼。まるでホラー映画のワンシーン。
ホラー映画の撮影ではないが、だからといってヤドカリ君が助かるという訳ではない。ホラー映画の女優でなけれど、蒼は冒険者。バイオレンスさでは負けていない。
手に持ったナイフを殻に突き立てる。
少しでも気を引こうというか、あわよくばそのままぶっ殺そうというか、とにかく殺意が十分に乗ったその攻撃。勢いも乗って叩きつけられる。
結果、ナイフが折れる。
折れた相棒を呆然と眺める蒼を横目に、伽代がスライムボディに手を突っ込んだ。




