62話:入場制限
「辞めるんじゃないかと思った」
姫羅の言葉に、なんでよと食って掛かる伽代。
隣同士に座ったりして、意外と仲良くなっている二人の前で、蒼は一人確かにと納得していた。
自分は冒険者を辞める一歩手前に立っていたのだと。
けれども口には出さない。「痛みに怯んで辞めるとこでした」なんてダサいから。
背筋を伸ばして顔を少し斜めに向ける。
ツンとしておけば二人が良いように解釈してくれるに違いない。
すでに見透かされているというのに、無意味にプライドを携える。
良かった良かったと言う姫羅と噛み付く伽代。カッコつける蒼。
そんな三人がいるのは、大型ショッピングモール。そのフードコート。
夏休みが終わるまであと一週間ほど。ようやく三人が集まった。
伽代の前で山積みになった食べ物。それよりも少ないが、これまた山積みになった食べ物が目の前にある姫羅。
食欲溢れる二人を前に、二人の食欲以上に気になることが一つ。
「なんでここ?」
伽代が辛抱強く続けていたダンジョンの誘い。
吹っ切れた蒼が「行く」と答えたら、少し時間を空けてショッピングモールが指定された。
追記されていた通りに私服で、武器も持たずにやって来た。着ているのは前に伽代が選んでくれた服。
一番の疑問は、なぜショッピングモールを指定したのかという点である。
まさか伽代がショッピングモールをダンジョンだと勘違いしてるわけではないだろう。武器は必要ないと言われたんだし。
「それはだね——」
姫羅が仕切り始める。
蒼にメッセージを送ってきていたのは伽代だったが、ここを指定したのは姫羅なのかもしれない。
だとしたら本当に勘違いして……?
「ショッピングモールはダンジョンじゃないよ?」
蒼の口からうっかり漏れる。
ついうっかりうっかり。姫羅が困惑してしまった。
「何を言ってるのか良く分からないけれど、今回ここに呼び出したのはゴブリンダンジョンに入れなくなったからだよ」
白いワンピースが夏を醸し出す蒼。うっかりの次はびっくり。そんなまさかと口を開いて驚く。
ダンジョンに入れないから驚いたのか、姫羅がショッピングモールをダンジョンだと思っていなかったから驚いたのか。言うまでもなく前者であり、「入れないのかぁ」という言葉を口から溢す。
「ゴブリンダンジョンっていうか、そこと繋がってるゴーレムダンジョンとドラゴンダンジョンも入れたゴブリンダンジョン群だな。そこは今、組合から要請を受けた冒険者しか入れない。飯島さんが言ってたよ」
姫羅ちゃんの言うところによると、ゴブリンダンジョン群の中で異変が起きているらしい。引き返さなきゃ。
上層にいるモンスターが最上層に現れたり、下層にいるモンスターが中層に現れたり、モンスターの生息地が荒れているとのこと。ほんとに引き返さなきゃヤバイじゃん。
ここ最近の行方不明者が増加傾向にあったらしくて、その理由が生息地の荒れと考えられてダンジョンが封鎖された。
最近と言っても私が冒険者になる少し前くらいかららしいから、実感はない。引き返せなかった人がモンスターにやられちゃったってことで納得。
ボスがいる中層上層間でも起きているため、モンスターが階層を跨いでいるというよりも、より強いモンスターが上の階層で発生しているという考えが主流みたい。
この前戦ったサメモグラも下層のモンスターらしい。通りで見たことないわけだ。
今後は、自分が潜る階層以外のモンスターについても調べておこうと心に決める。
「——とにかく、今後しばらくは少し遠くのスライムダンジョンに潜ることになりそう」
おっけーおっけーと完全に把握。
要するにゴブリンダンジョンあたりが危険だから遠くのダンジョン行こうぜってことね。完全理解。
「で、そのスライムダンジョンに行くのに結構時間がかかりそうだから、今日のところはここに呼んだってわけ」
あー、……うん。なんで?
わざわざ集合しなくても、SNS使えば良かったように感じる。しかも現地集合。一人でフードコートに来るのすごい緊張したんですけど。
姫羅は人見知りの事を分かっていない!
蒼はそう憤慨する。しかし、すぐに「まあ私は人見知りではないんですけど」と誰にともなく言い訳をする。
打てば響く、疑問を投げかければ回答が帰ってくる。
「元々ここで、伽代と今後について話してたから。丁度いいかなと思って。一人だけオンライン参加よりも楽しいでしょ」
悪びれもせず姫羅は答える。まあ悪いことはしてないから当たり前だが。
これが本当の陽キャ! 恐ろしい!
外出に対するハードルの低さに驚く蒼は気付かない。それは陽キャ陰キャではなく、引きこもりか否かの話であると。
「それで伽代に呼んでもらった。ボクじゃ蒼に連絡つかないし」
「じゃあ今連絡先交換しとこう。グループチャットみたいなのも使えるし」
自分から連絡先の交換を言い出して思う。今友達多い人のムーブが出来ていた、と。
調子に乗って連絡先を催促する。
「ほらほら、交換しよう」
アプリを開いてスマホを差し出す。
現在登録されている連絡先は四つ。両親と弟、そして伽代である。
そのどれもが相手が主導してのお友達登録だった。そのため、蒼はやり方を知らない。だからこそのスマホを差し出しての待ち。
待っている間の蒼は、こうやって連絡先を交換すればよかったのかと、心が晴れ渡るようだった。
だってアプリを開いて差し出すだけでいいのだもの。
簡単に友達を作る方法を見つけた蒼は有頂天。伽代の時は内心でパニクっていたから気付かなかったが、こんなにも簡単なことだったのだ。
世界の真理を覗いてしまった。
蒼は、今後増えていくお友達アカウントのことを想像してムフフと笑う。
さあ、来れ五人目のお友達登録!
家族が三人だから実質的に二人目のお友達登録!
「いや、ボクSNS全般やってないよ」
断られるのは予想外。
テンションは地に落ちて、晴れのち曇り。大曇天返し。
姫羅の言葉は、「だから連絡は電話でする」と続く。「というかした」とも続く。
どんなに姫羅が電話をしても蒼が出なかったと言うのだ。
思い返せば、最近頻繁に電話が掛かってきていた。
迷惑電話が多いと思っていたが、あれは姫羅だったのだ。知らない番号からの着信は出ないようにしている蒼と連絡が付かないわけである。
「パーティ組んだときに番号を聞かれたじゃん」
スムージー的ドリンクを飲みながらの伽代の指摘。
そういえばそうだった。あれは「電話するからね」の合図だったのか……。
蒼は新しい知見を得た!
それに、人生で初めて自主的に連絡先を交換しようとした。これは成長である。実際には姫羅がSNSをやっていなかったせいで失敗に終わったが、蒼にとっては大きな一歩なのである。
ポジティブガール蒼は、転んでもただは起きない。自身の成長に自己肯定感を高める。
§
——ファンの子たちがボクの連絡先を取り合ってしまうからね。
なぜSNSをやらないのか、という質問に対する姫羅の答えである。
「あんたのそういうところ本当に嫌い」
ロールケーキを口いっぱいに頬張った姫羅の呟き。
ほんのちょこっと同意した。
別に電話番号やメールアドレスでも同じようなものだと思うが、「SNSやってないんだ」と言えばファンの子たちとやらは散っていくらしい。
蒼のスマホには、二つの番号が記録される。
連絡を取るための姫羅と、せっかくだから私もと伽代。
デフォルトで入っている電話というアプリに記録したのだが、最初からこうすれば良かった。
二人と出会わなければ、こんな機能を知ることもできなかっただろう。運命というやつにでも感謝をしておく。




