60話:治癒に至る
折れた骨は繋がり、肉は満ちて傷は塞がる。
傍目から見ていればその様子は奇跡そのもの。ちょっとグロいけど。
傷が治っただけでもそう感じるのだから、一度死んで復活なんてした日には信仰心を持ってもおかしくない。三日で復活したキリストさんが崇められるわけだ。まあそのうち死者蘇生の道具が見つかるかもしれないけれど。そしたら神の子量産できそう。
伽代はのんきに考え事。
ポーションによって怪我が癒えていく。怪我をする前の姿に近づいていく。
当の本人は激痛によってそんなことを気にしている余裕はない。
以前ポーションを使用したときはすぐに痛みが引いたけれど、今回のはそうはいかない。怪我の種類か深さか、以前の怪我よりも深刻だということだろう。
奥歯が割れんばかりに噛み締めて、拳を握り締めて。とにかく全身に力を入れて痛みに耐える。
木に背中を預けて痛みに耐えている蒼と、そんな彼女にチビチビとポーションを飲ませている伽代。姫羅は二人を見ながら周囲の警戒。
伽代よりもソロの経験が長い姫羅が、地上に戻るまで戦闘を担当する。伽代は蒼を背負う係だ。
ポーションを二本ほど飲み干したところで、ある程度の再生が終わった。とはいえ、おそらく体内では再生が続いているはずだ。痛みに耐えている蒼を見ればわかる。
ともあれ、見た目が普通に戻ったということは、多少乱暴に扱っても千切れたりすることはない。無理やりにでも地上に向かう。
蒼を大切にしたいのは山々だが、この近くにさっきのサメモグラがいないとも限らない。再び戦えば次こそ死人が出る。
傷のあったところは皮膚が薄い。他のところよりも感覚が敏感だろうからそこは持たないようにして、伽代は蒼を背負った。
姫羅を戦闘に、三人は進む。
§
中層の最も安全な場所。上層へ向かうための魔方陣のある部屋で一行は一息つく。
この頃には蒼は会話できるくらいに回復した。
蒼が自発的に口を開くのは、「二度と空中浮遊なんてやらない」という呟くときばかり。
自分のスキルで怪我をする。
見てくれはただの間抜けだが、別に珍しくはない。
姫羅が知っているデータでは、冒険者の死亡例の内五割はモンスター以外が死因である。
滑落とかの地形によるもの、スキルとかの冒険者自身のミスによるもの、色々あるけれど気を付けないと行けないのはモンスターだけではない。
ボクたちも気を付けようね。休憩中の小話として伽代にそう話すと、伽代の方が詳しく知っていたらしい。
「モンスターにぶっ殺された人間の大半は行方不明になりますからね」
モンスターに食べられた人間の死体が残らないのは勿論のこと、死体が残ったとしても一定時間でダンジョンに吸収される。
人の目の前で死ぬか死体を見つけられるか、もしくは地上に戻ってから怪我が悪化して死ぬか。それらが死亡例に換算されるわけだが、その数は行方不明者数に遠く及ばない。
パーティメンバーが地上に戻れば行方不明者ではなく死亡者判定を受けるわけだけれど、殆どの冒険者がパーティ単位で活動している昨今に行方不明者が死亡者よりも多い現状は、パーティ単位で殺されているということ。伽代は「油断しないようにしようね」とまとめた。
「へぇー」
知ってはいたけどね? ——そういう顔して腰を上げる。
これ以上この話が続けばネットニュース斜め読みのエアプ知識が剥がれそうだったので離脱することにしたのだ。
蒼の方を見てみると足も治っており、痛みもそう感じていなさそう。
上層へと戻る。
§
「おかえり」
受付の飯島に出迎えられて、一泊二日の冒険は終わった。
飯島は足を引き摺り気味な蒼を見てすぐに気づいた。
「怪我でもした? 大丈夫?」
「……。まあ」
「ポーション使ったから大丈夫ですよ。一応、医務室で診てもらおうと思ってますが」
借りてきた猫のようにおとなしい蒼に代わって、姫羅が答える。
蒼は痛みに負けてから、どのように振舞えばいいか分からなかった。
§
三週間が経過した。
一度も家を出ることはなく、人と会うこともない。
最近髪を切っていなかった蒼の髪はだいぶと伸びて、前髪は目元を隠すように垂れる。
いつも通りである。
いつも通りに、一人で過ごしている。
中学三年間の夏休みと同じ生活。漫画を読んで、アニメを見て、気が付けば一日が終わる。
家族はそれぞれ出かけて家にいない。一人だ。
リビングのテレビの前で蒼はアニメを見る。
前髪の間から覗く瞳が、テレビを眺めているようだった。




