59話:1mの落下
弾ける。
何が起きたか分からない。
感じたのは鈍い音。そして衝撃。
眩暈、頭痛、吐き気。
それらをどうにか耐えて、痛みに苦しむ。
したたる血液が、転移から外れて地面で潰れる。
真っ赤な花弁を塗りたくるように広がるが、すぐに黒く乾いて死んでいく。
§
「じゃあ降りようかな」
その言葉通りに地面についた蒼の足は、あっさりとひしゃげた。
砂利に足を取られたどころではない。足首に膝にと、関節が本来とは違う方向へ曲がってしまった。
膝は地面について、それでも勢いは殺せなくて、骨が折れて突き出す。白い肌から突き出す様は、白い蕾がぱっと開くようでもあり、赤い花だと思ったら再び中から白い蕾が現れる。
あまりにも生々しくて、美しくはない。少なくとも見ている伽代はそう思った。
驚いた伽代と姫羅が反応するよりも先に、蒼は無意識で行動した。
転移を発動して再び空中に出る。
無意識下で砂利によって凹凸した地面をなぞり、転移を発動する。肉を裂いて入り込んだ石を除けば、空中に浮かぶのは蒼だけ。
転移という現象は運動を消さない。保持したままに位置を入れ替える。
転移によって空中に留まり続けた蒼の体には、重力による加速が溜まり続けた。そうして地面に強く落下した。
落下の衝撃は背骨や首、脳にダメージを与えた。直接地面に触れた足は言わずもがな。すぐに地面から離れたから致命的なダメージにはならなかった。しかしもう一度宙に出た以上、降りなくてはならない。下手をすれば落下死。上手くいっても大怪我だろう。
痛みと気持ち悪さに耐えながら、考える。しっかりと考えた事で、転移による空中浮遊の問題点を理解する。
原因に辿り着いたところで、どうすることもできない。空中に留まり続けなければ落下死し、留まり続ければやがて落下死する。
痛みで鈍る頭で考えても、浮かぶのは額の脂汗のみである。
§
答えがでないまま、時間が過ぎた。多分サメモグラを倒すのと同じくらい。きっと転移を止めた時の落ちる勢いも同じくらい。
失った血液のせいか、思考がまとまらない。
伽代と姫羅は必死に声をかけていた。蒼は痛みと苦しみで気付かなかったが。
二人は転移についての知識があるわけではなかった。しかし原理が分からなくても結果だけ見て解決策に辿り着くことはできて、蒼が二人の声に耳を傾けていればさっさと転移の檻から抜け出せていただろう。
「こりゃダメかもしれんな」
「なんてこと言うんですか。私がしっかり受け止めれば万事解決ですよ!」
姫羅は今までソロでダンジョンに潜り続けてきたが、冒険者の知り合いはそこそこいた。元より狭い業界でもあるので、一年くらいでも自然と付き合いが広がっていく。そこで何度も冒険者を辞める人間を見てきた。辞めそこなった人間も見てきた。
冒険者を辞める原因はだいたい三つ。
一つ目は生き物を殺すことへの躊躇い、二つ目は死への恐怖。
蒼はこの二つは大丈夫そうだ。伽代に至ってはもっと大丈夫。姫羅の見立てでは、伽代が一番ぶっ飛んでる。
問題は三つ目の、痛み。見たところ蒼は痛みに弱い。
寝て起きた時、ダンジョンに入るという判断をするかは怪しい。
痛みのせいか荒くなる息。喘鳴のような音をBGMとして、痛みに蒼の心が折れたかもしれないという話をする。
「蒼ちゃんは大丈夫。絶対大丈夫」
根拠のない伽代の言葉に、この話は今しなくてもいいかと思いなおす。とにかく蒼を降ろさないといけない。
今問題になっているのは蒼の姿勢。
転移で浮かんでいる蒼が怪我をしないで降りるには、地面と蒼の間に伽代を挟めばいい。伽代に触れた瞬間に衝撃吸収のスキルが発動して、勢いが消える。もちろん二人は無傷。
しかし、今のところ蒼は直立に近い体勢で浮いている。足は折れ曲がり、蒼が転移を辞めた後にどのような動きをするかが分からない。伽代が触れる前に地面に当たれば、その衝撃は蒼の体に走る。
伽代がキャッチしやすいように体を丸めて欲しいところだけれども、姫羅たちの声は蒼に届いていない。
「いいか? 足と頭を抱え込むようにキャッチしろよ」
このままここで右往左往していてモンスターが来ても大変なので、無理やりにでも蒼を助けてしまうことにする。
最初に足を掴み、その次に頭を抱いて、蒼の体が地面に触れるよりも先に伽代が捕まえる。最初に掴まれることになる足は痛いだろうけれど、我慢してもらうしかない。
足に触れて、頭に触れる。ステップは二つだけ。言うのは簡単だけれど、実際にやるのは少し難しい。
転移している範囲をうっかり遮ってしまえば、伽代が近づく前に転移が発動しなくなって地面にぐしゃりである。
まずは蒼の転移範囲を知るため、姫羅が砂利を投げる。
何回か投げることで、大体の転移範囲を知ることができた。範囲は上下に広く、幸いなことに横方向へは広がっていない。
1mほどある蒼の下に潜り込み、足、頭に触れる。
蒼が転移の範囲を広げたり集中切れで墜落したりする前に助けなくてはならない。
一呼吸つく。
3、2、1で近づく。
ヒュッと喉から音が漏れた。笛が鳴るみたいに、空気が通る音。
突然の落下に驚き、死を予感する。
恐怖を感じたのは一瞬で、目を開けば伽代の腕の中。尻もちをついた伽代の上。
猫のように丸くなった蒼は、自分よりも一回り小さい体の伽代に抱かれて落ち着く。
地面に優しく降ろして、汗で濡れた髪を手櫛で梳かす。
未だ痛みに苦しんではいるが、おかげで蒼の呼吸は少し楽になった。
「ポーションかける前に骨の位置戻そう」
ポーション片手の姫羅の言葉は、蒼には届かず、心の平穏を乱すことはなかった。
悲鳴が響く。




