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ダンジョン時代と人見知り  作者: 酉名酉丁
第三章 冒険者の分かれ道

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55話:蒼シェフの気まぐれ一汁三菜

 拘束を抜け出して伸びをする。

 伽代を拘束していた姫羅はまだ寝ているらしい。まだ放置でいいだろう。


 もう姫羅の服装が乱れているどころではない点については気にならなくなってきた。


 これが慣れ……。恐ろしい。


 テントの中には大量のクッションと毛布。寝袋もあったけれど使っていない。姫羅が嫌がったからだ。せっかくだから大量にクッションを敷き詰めてモフモフにしようと言った蒼の意見で、今の惨状。

 今後は寝袋を使うべきだと確信する。寝相の悪い姫羅を縛っておくものが必要だ。


 そういえば蒼ちゃんも寝相が悪かったな。姫羅のように抱きついて来るほどではないが、起こしに行った時には寝た時と反対を向いていた。

 二人の寝相の悪さは自分がどうにかしないといけない。そう思いながらテントから出る。ひどい寝ぐせを携えて。



 伽代と姫羅は感心していた。

 目の前には蒼が作った朝食がある。よくできた一汁三菜。

 勿論ところどころはインスタントだろうけれど、味噌汁に白米、焼き魚と並べば朝食にはぴったりのメニュー。

 何という名前かは分からないが、野菜のくたっとしたのもあるし、蒼はどうやら二人が思う以上に器用らしい。しばらく付き合う内に、ポンコツなところが見え始めていたからこれは少し意外だった。


「「「いただきます」」」


「それにしても蒼ちゃんって料理できたんだね」

「——家だと禁止されてるんだけど、これはそこそこ自身ある。インスタントの料理にも隠し味も追加してるから、普通とは違う味になってると思うよ」


 米と味噌汁はインスタントで、焼き魚と野菜の何かは自分で作ったと言う。そういえば魚と野菜は見覚えがある。魚屋のおっちゃんと八百屋のおばちゃんから、蒼の弟の翠が貰っていた。

 インスタントにも隠し味を入れるなんて、蒼はなんて料理できる系。二人はさっそく料理を口にする。

 伽代は焼き魚、姫羅は野菜の何か。


 口に含んだ瞬間、姫羅の脳はそれを拒絶した。吐くほどマズいという訳ではないが、壊滅的に美味しくない。

 小松菜の煮浸しみたいな物だと思うけれど、なんか——甘い。

 魂を抜かれたかのようにくたっとした小松菜と、やたら甘い汁。無色透明のこの汁は……これはなんだ?


 使い捨てのプラスチックスプーンで底に溜まっているのを掬って舐める。

 ペロッ、これは……炭酸の抜けた四葉サイダー!

 なんで? なんで小松菜に四葉サイダーを和えたの?

 集められたゴミの中にある、四葉サイダーの空きペットボトルに目を向ける。ペットボトルは答えない。ただ転がっているだけで、姫羅の質問の答えは蒼しか知らない。


 姫羅も大変だったが、伽代も伽代で大変だった。

 伽代が食べたのは焼き魚。見た目は普通の焼き魚。しかし食べたがすぐに気が付く。

 辛い。


 焼き魚の裏側に塗られたワサビ。箸で切り分けて持ち上げると一目瞭然。

 裏面はオリーブ褐色ほぼ単色。苦さと青臭さが支配して、ほとんど辛みは感じない。

 魚とワサビの組み合わせは分かる。けどこれはワサビが多すぎる。それに焼いてあるからワサビの辛さはなくなって、風味も何もない。


 蒼の様子を伺って横に目を向ける。伽代と姫羅の目が合った。


 満面の笑みで二人を眺めている蒼には悪意は無さそう。

 二人は今の一瞬でこれを確信した。そして、互いの目を見たことにより、この認識を共通のものとした。


 蒼に悪意は一切ない。

 あるのは『朝食を用意してあげよう』という純粋な親切心と『今まで二人が食べたことのないような、インパクトのあるものを出したい』という向上心のみ。

 問題なのは、奇を衒いすぎたことと、味見をしなかったこと。

 昨日片付けたバーベキューコンロの鉄板パーツなどをわざわざ引っ張り出したりしたのに、蒼の余計な手によって料理の味は台無しである。インスタントにも隠し味をたっぷりと入れているので、しっかり台無しになっている。


 100%の善意をその目に宿して、キラキラとした視線で二人を見つめる蒼。そんな彼女を前にして、伽代と姫羅は「マズイ」と切って捨てることができなかった。


「な、なかなかいけるよ……ねえ」


 姫羅が伽代に同意を求めるように口を開く。伽代は、姫羅のこの発言に乗るしかないと考えた。


「そうそう。苦いけど、それが癖になるっていうかぁ?」

「うんうん、こっちは甘いのが癖になるね。……うん、なる」


 なんとか捻り出した感想を前に、互いに『苦いの!?』『甘いの!?』と心の中で衝撃を受ける。


「そう? 美味しいならよかった」


 そう言って、蒼も料理に手をつけた。

 蒼が箸を持って食べ物を口に運ぶまで、伽代と姫羅は米に味噌汁にと口に入れて「オイシイオイシイ」と連呼する。それは蒼ではなく、自分自身に言い聞かせているよう。


 ワサビと魚の相性の良さから生み出された『ワサビ過多の鮭の塩焼き』。

 料理の上手い人はソーダとかコーラとかを料理に使うよなという思考から生み出された『オイオイオイ、炭酸抜きソーダと小松菜の煮浸し』。

 おはぎから米のスイーツとしてのポテンシャルを、塩おにぎりから米の塩との相性の良さを知り、それを元にご飯に砂糖をふりかけた『砂糖 on ご飯』。

 同じ豆なのだから一緒に食べても美味しいだろうの精神で小豆with大豆の『あんこ入り味噌汁』。

 どれも蒼の真心と余計な一手間がこもっている。


「うわ。マッズ」


 青臭くて苦い焼き魚と甘い小松菜、じゃりじゃりする甘い米に甘い味噌汁。食べてみたら思っていた以上にマズい。そして甘い。酢豚とパイナップルみたくなればいいなと思っていたけれど、ただただ甘い。


 でも伽代ちゃんと姫羅ちゃんは美味しいって言ってるんだよな。甘いのが好きなのかな。


 蒼は二人との味覚の違いを感じつつ、これからも二人に料理を作るぞと決意した。

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