56話:砂利道の皿
伽代と姫羅にとっては一波乱の朝食。蒼は二人の様子に気付かず、いざ冒険と意気揚々。
冒険の続きを再開する前に、キャンプの片付け。ゴミは放置で、必要なものはマジックバッグへ。
ゴミを放置するのが少し後ろめたかったので、規則正しく並べてみる。なんか祭壇っぽくなったのでヨシ。
キャンプの片付けを終え、さあ出発しようとする伽代、姫羅。
片付けのおかげで、朝食のショックから回復。冒険を続けれるくらいの元気が戻った。
蒼が待ったをかける。大事な相棒を忘れていくわけにはいかないから。
そいつの名前はエダスカリバー。いい感じの木の枝。
どこにやったかなと、辺りを見渡す。
蒼が自分で集めてきた枝の山に目が惹きつけられる。嫌な予感がする。
記憶が正しければ、枝のお役が御免となった時、ガッカリしながら一ヶ所にまとめた。その時にエダスカリバーも一緒に置いたような気がする。
最悪だ。
この枝の山から、1本のエダスカリバーを探し当てる必要があるのか。
ため息をつきながら手をつける。持って振って、手に馴染むのを探す。
仲間が待ってくれているので、少し慌て気味で進める。
そうして見つけた幻の聖剣。名工が鍛えたと噂の、木の枝。
エダスカリバー。掲げる。
掲げると、その身に後光が降り注ぎ、空気は澄んで神聖さを帯びる——ような気がする。
木の枝を振り回して喜ぶ蒼に、伽代が言葉を投げかけた。
「やっぱり長物欲しかったんだね。ナイフじゃリーチが足りないもんね」
そんなことはないよとすぐに否定する。事実、ナイフだけでも今までやってこれた。
蒼が枝を剣のように振っているのは、剣を振るうのがカッコいいから。そして蒼がメインの武器として剣を使わないのは、苦手だからである。
蒼は、自分の体から重心が離れている状態がちょっとだけ苦手。
冒険者になる前のスポーツも似たようなものだった。
卓球は得意だけれど、テニスはちょびっと苦手。幅跳びはできるけど、棒高跳びはできない。やったこともないし。
冒険者になった今では、多少の苦手をフィジカルで塗り潰すことはできる。ただ、自分に向いてる物があるのだから、それを使えばいい。
だから剣は使わない。
エダスカリバーは蒼にとって剣だけど、軽くて取り回しやすいからセーフ。ダブルどころじゃない、星の数ほどのスタンダード。
蒼の判定をすり抜けた代わりに、失ったのは攻撃力。ダンジョン内の物とはいえただの枝。武器としては落第もいいところ。
「軽くて取り回しやすくてリーチのある武器……。今のところレイピアとかしか思いつかないけど……すぐモンスターにへし折られそう。使いやすさも微妙だし」
小声で早口で、誰に聞かせるともなく伽代は呟く。
中層で怪我をしないための心配か、下層最下層と更に潜るための心配か。伽代にだって分からない。
§
三人はダンジョンを進む。
先頭を歩くのは、エダスカリバーの正統な所有者である蒼。気まぐれにエダスカリバーで草を払い進む。
その姿は山で遊ぶ子供のようでもあり、ダンジョンに対する油断がありありと見て分かった。
油断した奴から死んでいく。
それが過酷な世界の常だが、油断しても今まで問題なかっただけの能力が、蒼にはある。
「なんか嫌な予感がする。一旦戻ろう」
直感。理由はなく、なんとなくそう思っただけ。
蒼の生まれついての特技。そんな蒼の直感は、この先に嫌な気配を強く感じていた。
周囲は開けた場所。前も横も、遠くの方には木や岩が見えるが、近くには何もないし何もいない。背の低い草が、青いカーペットとして広がる。
周囲にモンスターの影はないし、ダンジョン内で罠が出てくるのは下層より下だ。伽代には戻る理由が分からない。
「なんで? なんでなんで?」
急に戻ろうと言い出す蒼と、何も聞かずに戻ろうとする姫羅に対しての疑問だった。
よしんば、なんとなくで戻るのは良いとしても、何も聞かずに速攻で行動に移そうとしている姫羅が理解できない。
理由くらい聞かない?
そうは言っても、とりあえず来た道を引き返す。
歩きながら姫羅が自分の考えについて語る。
「直感を信じないで死ぬよりはマシだろ。冒険者は勘が鋭くなる傾向があるし。話なんて安全なところで聞けば良いよ。安全が第一」
これが一年以上冒険者をやっている人間のセリフ!
伽代は感心した。しかし同時に、『でもこの人、バカやって組合から怒られてるんだよな』と呆れもする。
安全第一とか言ってる奴が、ノリで下層に挑むなよ。腹に穴あけられてるし。
「いやいや、違うから。嫌な予感がしたら引き返そうと思ってたから。勘が働く前に腹食いちぎられただけで」
慌てて言い訳をする姫羅。
しかし、一度上昇し、直後に下落した伽代からの評価は動く気配を見せない。
二人がこうしていられるのも、最初に嫌な予感がすると言い出した蒼が立ち止まっているから。
問題の解決か霧散。何が原因だったかは今となっては分からないが、距離を置いたことによって解決したと考えるべきだろう。
今までに無かった展開に、伽代は疲れたか座り込む。姫羅は木に背を預ける。蒼は、一人真剣な顔で悩んでいる。
「どうする? もう嫌な予感はなくなったと思うけど、念の為に地上に戻るか?」
先ほど、取って付けたような安全第一をもう一度振りかざす姫羅。
仲間が二人もいるから、ソロの時のような無茶はしないように気を付けている。安全第一の言葉は、本心からのものである。
「予感っていうか気配っていうか、説明は難しいんだけど。なんかずっと感じる」
「モンスターが追いかけてきたってこと? 近くにはいなそうだけど。遠くから観察してるのかな」
蒼が『何かを感じる』と言うと、すぐに二人は辺りを見渡す。
三人して見えない何かを警戒している。この状態で自分のこの直感が間違っていれば、傍目から見ておかしいだろうな。
そう考えて、蒼はクスリと笑う。
蒼は、なにか地面が気になった。笑ったついでにでも地面を見つめる。
地面は、大小さまざまな石が転がる砂利道のようになっている。そういえば珍しい。キャンプ地からしばらくは、ずっと背の低い植物による草原のような地面だった。
嫌な気配を感じたところも砂利道。ここも砂利道。
ダンジョン内の物がダンジョンに吸収されることはない。そんな話を聞いたことがあるから、誰かが砂利を集めて敷いているのかもしれない。そのうち砂利道として完成して、歩きやすくなったり道に迷いにくくなったり。
ダンジョン内を整備している、まだ見ぬ人に感謝を念を送る。そしてさらに考えを広げてみる。
いつかはダンジョン内の物で家が建ったりして……。木が生えているから、ログハウスくらいなら本当にできそう。
ダンジョンに住んで毎日が冒険! いいなあ。
ダンジョン内にある冒険者御用達の宿とか! それもいいなあ。
蒼が地面を気にしている時、全く異なる理由から伽代も地面を気にしていた。
直感よりももっと実動的なもの。もちろん、蒼の直感を信用していないわけではない。伽代にとっては、自分のスキルが反応している今の方が分かりやすいというだけ。
気配察知が伝えている。何かがいると伝えている。けど、そこは地面だ。虫とか小動物とかの小さい存在が考えられるが、少なくともこのダンジョンの中層に出てくるモンスターの中にそんな奴はいなかったはず。
気配の根源が分からなくて、じっと地面を見つめるしかない。
姫羅も姫羅で、何かを感じ取る。
蒼の直感や伽代の気配察知とは違う。もっと物理的なもの。触覚強化というスキルによって皮膚が感じ取る僅かな地面の揺れ。
ほんとうに小さな揺れだが、ここはダンジョン。揺れていること自体がおかしい。大きなモンスターが遠くで歩いているのかもしれないと、周囲を見渡してみるがそれらしい存在は見当たらない。
最初に反応したのは蒼だった。
気配の正体に気付いた訳でも、位置に気付いた訳でもない。直感に従ったまで。
近くにいた伽代は肩を抱いて、少し遠かった姫羅は腕を引っ張った後に担ぐ。
同い年の少女二人を抱えたまま、力の限りジャンプ。
蒼の足に喰らいつくように、地面から何かが現れた。
口の裂けたサメ。それが地面を泳いで飛び出した。空振り、そのまま地面に潜る。
モグラと土よりも、イルカと水の関係が近い。
もう完全に地面に潜水——いや潜地している。きっと地面の下を泳いでいるのだろう。どこから攻撃してくるのか分かったものではない。蒼はとりあえず適当な木に登ることにする。
二人を抱えたままでは木に登るのは難しい。とりあえず二人を開放して、伽代をおんぶして木に登る。姫羅の身体能力は蒼に次いで高いので、自分で登った。
三人は木の上で、敵が現れるのを待つ。
両手で抱えられるかどうかといったサイズ感。しかし口が裂けているので、最悪下半身をバクりといかれてしまうかも。噛みつかれるだけならまだいいのだけれど、鋭い牙と空ぶったときの様子からして、食いちぎられると考えておいた方が良いかもしれない。
細かい鱗と小さい手足。このダンジョンでサメのモンスターが出てくるのはおかしいから、多分ドラゴン系統なんだろう。
見たこともないモンスター。
下層最下層ではないのだから流石に未発見のモンスターということはないだろうし、出てくるモンスターをもっと勉強しておくべきだった。
今持っている武器は、ナイフとエダスカリバーだけ。地中に攻撃を加えることは難しそう。伽代と姫羅もそう。
サメがもう一度地上に飛び出してくるまで、待つしかない。
次に飛び出したとき、それがサメの最後。
蒼は奇策を思い付いた。




