45話:半裸の王子様
テスト終わりの世の学生は、友達と一緒にデパートに行ったりするのだろう。
しかしこの二人は違う。蒼と伽代はダンジョンにやって来ていた。
テスト終わりの土曜日。いつも通りにやって来て、いつも通りに降りて来て、いつも通りにモンスターと戦う。
モンスターが光となって消えていく。
そんな最中。叫び声と喚き声、そして少しの楽しそうな声、それらを混ぜて固めた音がする。
段々と、音は高くなっていく。
滑り落ち肉の擦れる音、先ほどの声が一塊となって、二人の横を通過する。
どこかで見た顔。覚えのある顔。
ドラゴンでロデオしている姫羅の登場。いつも以上に露出の多い彼女は、そのままドップラー効果とともに過ぎ去る。
姫羅の瞳は二人を捉えた。何か口を開きかけたけれど、今となってはもういない。
「あの人何やってんの」
伽代の口から出たのは困惑だった。
蒼はちょっと楽しそうだと思った。
§
ドラゴンダンジョンではスノーボードのように滑り降りることにより、圧倒的な速度で中層に辿り着ける。
やってみたい。姫羅はそう思った。
つい先ほど受付嬢に危険なことをするなと怒られたが、今の姫羅の脳内からは完全に抜け落ちていた。
その移動は、簡単に真似できるようなものではない。
氷属性でスノーボードのように滑ったり、モンスターの素材を利用した盾をソリ代わりにしたり、と工夫がいるのだ。
普通のボードでやろうものなら滑っている最中に壊れる。生身で滑り降りようものなら大怪我待ったなし。
姫羅は自身の持つスキルを確認する。
剛力、ヒール、触覚強化。今回役に立ちそうなものはない。
仕方がないと手持ちの道具を確認する。
いつもの防具といつもの武器。武器は二振りの鉈。左腰のが『DXニクケズリ』で、右腰のが『DXホネクダキ』。
マジックバッグであるポーチの中身を取り出してみる。ポーションや非常食、キャンプ道具一式などの必須なもの。他にはタオルやカップ麵のかやく、半分使ってある赤い油絵具などの冒険の相棒しか入っていない。
ボードにできそうなものは見つからなかった。
どうしてもやってみたかった姫羅は、材料を現地調達してソリでも作ろうかと考えた。しかし作ったところで、途中で分解して大怪我するのが目に見えている。
ようやく受付嬢の『危険なことはしないで』という言葉を思い出したのもあり、今回は諦めようかと考えた。
空を駆けるドラゴンが、そんな姫羅の目に入る。
ドラゴンって結構頑丈そうじゃんね。
ドラゴンを追いかけ中層目前までやって来た。
姫羅の考えとしてはシンプル。生きたドラゴンの手足と翼をもぎ取り、その背に乗って滑り降りる。
鉈の投擲で翼をボロボロにしたドラゴン。落ちてきたところを丁寧に手足を取り除き、不格好だがドラゴンソリの完成。
姫羅はさてと困った。ドラゴンソリが完成したはいいものの、ここは既に中層手前。滑り降りる先はない。
上層までドラゴンソリを持ち上げるか、中層にドラゴンソリを連れていくか。
ドラゴンの体を押して中層に通じる門の前まで来たものの、ドラゴンが門に入らない。
ちょっとサイズが大きいみたい。
鉈で左右のサイズを削っていく。
ようやく押し込めたという時、中層の魔法陣の上でドラゴンは息絶えてしまった。
鳴き声と共に絶命し、光になっていくドラゴンを眺めながら溜息をつく。
今までの苦労が全部水の泡。姫羅のやる気は萎びてしまった。
負けない逃げない、挫けない。
姫羅は何があろうと目的を達成する。
今までの頑張りが水の泡となったなら、もう一度繰り返すだけ。ドラゴンの手足を落とすコツは掴んだ。
最初に翼を切り落として飛行能力をなくす。
その後に手足を切り落として抵抗できなくする。
上手い感じに背中を抉って、今度は座席も作っちゃう。自身に血肉がつかないよう、たくさんの葉っぱを詰め込んで、ついに完成ドラゴンソリ改。
素体となったのは中層のモンスターである、レッドドラゴン改。
下層モンスターの代名詞であるレッドドラゴン、そいつに見た目が似ていることから名付けられた。改の方が弱いので、『レッドドラゴン下位』なんて呼ばれている可哀そうな奴である。
坂道まで押していき、下方向への力がかかると同時に飛び乗る。
丁寧に成形したボディは好調な滑り出し。ドラゴンの鳴き声が煩いが、それも一種の風情というもの。
姫羅はソリ成形中に受けたファイアブレス、それによって燃え落ちた装備のことなど忘れて、「やーっほー!」と叫ぶ。
むしろ装備が燃え落ちたことで、全身で風をダイレクトに感じられてイイ感じ。
燃えた装備と火傷を治すためのポーションで総額21万円、それに対する後悔はない。
首を動かしてドラゴンが自分から木や岩を避けるので、姫羅は乗っているだけで良い。なんと便利なのだろうか。
存分に楽しんで、さて降りようと思ったところ。
どうやって止めようか。
加速は止まらず、障害物はドラゴンが必死に避けてしまう。ブレーキはない。
無理やり飛び降りようものなら、即時戦闘不能に陥ってもおかしくない速度が出ている。とにかく一度、減速させなくては。
ドラゴンの首を掴んで障害物を避けれないようにする。そのまま障害物にぶつかり、ドラゴンは消滅、姫羅は助かる。完璧な計画。
予想外だったのは、首を掴んだことでソリが横に回転し始めたことだった。ドラゴンはバランスを取れず、姫羅はそもそも操縦できない。
遊園地のコーヒーカップのように回りだし、姫羅はもう悲鳴を上げるしかない。
§
「姫羅ちゃんさあ、あのまま下層まで行っちゃうんじゃない?」
蒼の呟き。
その言葉にハッとして慌てる伽代。対してあっけらかんとしている蒼。
「じゃあ助けなきゃ」
「楽しそうなところを邪魔しちゃ悪いんじゃないかな」
「今のはどう見ても自主的な状態じゃなかったでしょ。多分事故かなんかだよ」
「——なら助けないとね」
話し合っているうちに、すでに姫羅は小さくなっている。
急いで追いかける二人。蒼は伽代を抱える。
「蒼ちゃん、それ嫌n——」
伽代は手足を暴れさせる。しかし抵抗むなしく蒼は連続転移を発動させた。
最近の蒼には気づいたことがある。
連続転移を発動させ続けるほど、着地したときに足に伝わる衝撃が強いのだ。発動している時間が関係しているように思えるのだが、原因は分からない。
定期的に連続転移を解除して、一瞬だけ地面を蹴る。そしてまた連続転移で距離を縮める。
滑っていく姫羅を追いかけるには、慣れてきた蒼でも少し気持ち悪くなるくらいの転移を繰り返す必要があった。しかしその甲斐あって、ようやく姫羅に追いつく。
「楽しそうなことしてるね」
「お前には、今のボクが楽しそうに見えているのか」
「うん」
「——その通りだ」
コーヒーカップ状態のドラゴンに蒼も搭乗。
ぐるぐると回っていて、遊園地にいるみたいで楽しい。
時折障害物にぶつかっているが、減速は期待できない。どんどんと回転が酷くなっている。
いざ乗ったはいいものの、蒼はどうやって降りればいいのか分からなかった。
伽代と姫羅を抱えて転移を使用したところで、斜面と平行な運動に引っ張られて地面に叩きつけられる。
困ってしまったので、伽代にどうにかしてと頼もうと思った。
伽代に目を向けると、目を回して口を押えている。
転移で三半規管をボロボロにされ、そこにトドメの回転。胃がひっくり返りそうだった。
我慢できなくなってドラゴンから顔を出し、リリースの準備。
「顔出すと危ないぞ」
姫羅の忠告は遅く、伽代の頭は岩に強くぶつかる。
普通であれば潰れたザクロになるところ。しかし冒険者は普通の人間ではないので、そうはならない。
伽代のスキルが発動して、物理運動が無効化される。
岩との衝突だけでなく、ドラゴンからの回転もなくなり、伽代は一瞬だけその場で静止する。
静止した伽代とぶつかる蒼。瞬きなんてしている間に、スルッと上空に放り出される。
蒼が飛んだら、次は姫羅の番。こちらもまた、滑るように放り出された。
伽代は口を押さえつつ、岩を掴んで飛び移る。
全員がドラゴンから脱出した形。
「気持ぢわ゙るうぃ」
グロッキー気味の彼女の頭上には、放り出されたバカ二人。
「伽代ぢゃぁーん、助けてえー」
蒼の悲鳴に、上を指差すジェスチャー。
それだけで伝わった。
蒼は空中で姫羅を捕まえ、転移で伽代の上まで移動。
落ちる二人にそっと、触れた。ドサリと落ちた。
落ちた二人に親指立てた。




