閑話:勉強を教えて
冒険者の本分は冒険だろうけれど、蒼たちは学生である。学生の本分も果たさなければならない。
期末テストを間近に控えた蒼と伽代は、学校の図書室に来ていた。
もちろん目的は勉強。いつの日か約束した、伽代に英語を教えるという話の続きである。
今日の蒼は本気だ。本気で勉強してきた。
文武両道クール美少女のイメージを崩すわけにはいかないのだ。
半裸で走り回る姿を見せておいて、今更なんだという話だが、蒼は本気だ。本気でクール美少女だと思っている。
授業ノートを熱心にとって、英和辞典も軽く読んだ。テスト範囲の文法と単語は完璧。
発音が少し心配だが、そこはねっとりィングリッシュで乗り切る所存。
リスニングは諦め。まあ図書館なのでリスニングはしないだろう。
フライング気味に今回のテスト範囲の説明を開始。
伽代を放って、勉強会が始まった。
テスト範囲の内容を最初から最後まで丁寧に——それはもう丁寧に、まるで授業の流れをなぞるかのように解説する。
見事な説明に、伽代はいたく感心した。
まるで授業で先生が話しているかのような蒼の説明。伽代は『この前はあんなだったけれど、やっぱり蒼ちゃんは凄いんだ』と頷く。
しかし質問への返答は歯切れが悪い。
これはこうでね、あれはああでね。
蒼は一所懸命に教えていく。
いつも以上に回転している脳みそは、摩擦で熱を帯びてきた。
互いに見せる授業ノート。
蒼よりも伽代の方が丁寧だし見やすい。
このままでは教わる方に回ってしまうと考えた蒼は、ノートから目線を外して必死に口を回転させる。
もはや勉強云々ではなく、伽代よりも大きな情報量を与えるという目的になった蒼。
テストに出ない珍しい単語、信憑性の怪しい語源、とにかく知っていることを口に出す。
なんなら、『ちょっと知ったかかも』と思っても口に出す。もはや蒼は止まらない。
§
稲村きな子は人見知りである。
とはいえ、蒼のような奇人タイプの人見知りではない。
人に話しかけるのが苦手で、取り繕うのも苦手。店員さんとは話せる、どこにでもいる普通の人見知り。
憧れの、クールでいつも冷静で、勉強ができて運動もできる、高嶺の花の女の子。
彼女とお近づきになりたいという気持ちもありつつ、勉強を教えてもらおうとした。
せっかく声をかけようと勇気を出したのに、彼女の側にはすでに一人の少女がいて、勇気はたちまち霧散してしまった。
少女は勉強を教えてもらっている。稲村にはできなかったこと。
そのことに少しの嫉妬と、憧れの人への尊敬を持つ。
憧れの人が口を開くたび、稲村は小さく頷く。
それだけではない。手元のノートに書き込んでいく。
憧れの人が喋って、自分はノートを取る。これは実質勉強会。
彼女の名前は稲村きな子。
潜伏タイプの人見知り。
影に隠れてこっそり覗く。
§
蒼に英語を教わっていた伽代。
気配察知のスキルが、こちらを観察する存在を伝える。ずっと見つめられ、小さい恐怖を覚える。
もしかして、何かやらかした蒼ちゃんが恨まれているのだろうか。
心配が湧き出す。
気配察知で動向を窺う。襲ってくる様子はなく、かといって立ち去る様子もない。
少しも集中できなかった。
蒼が後半に喋っていたことは、もはや覚えていない。




