43話:最悪のタイミング
蒼と伽代の二人は、それぞれが別のモンスターを担当し、手分けして戦った。
その結果、二人ははぐれてしまう。
蒼はナイフを無くして、伽代は崖から落ちた。
蒼は草木の中でナイフを探し、伽代は崖の下で帰り道を探す。
ナイフが見つかっても帰り道は見つからず、伽代は大声で蒼を呼ぶしかなかった。
伽代の声は蒼には届かず。
仕方なく遠回りしてでも崖の上に戻ろうと考えた時だった。
「どうしました?」
ジャンパーを着てリュックを背負い、トレッキングポールを持っている男性が現れた。
ダンジョン探索というよりも山登りといった格好で伽代の言葉を待っている。
「崖の上に行きたいのですが、どうやって行けばいいのか分からなくて」
「それでしたらあっちの方に進んで、川沿いに登っていくと丁度この上に出れると思います」
男性は親切に教えてくれて、伽代はお礼を言って別れた。
教わった道を進む。
しばらく歩くと件の川が現れたので、右手沿いに進む。
歩いている途中で見覚えのある場所に出たので、崖の上には到達できていないがここで男性の案内から離脱。記憶を頼りに蒼の元に向かう。
§
ナイフを探している蒼の元に、一人の女性が現れた。
その女性は露出度の高い服装で、短髪をかきあげる仕草が似合う。
「蒼じゃん。何か探してるの? ボクも手伝うよ」
現れたのは姫羅だった。相も変わらぬ露出度の高さと演技がかった動き。
二人で探したからかナイフはすぐに見つかった。お礼をしっかり言っておく。
姫羅はどてっぱらに穴事件の後、いつも通っているドラゴンダンジョンの受付嬢にだいぶ怒られたらしい。だから今はゴーレムダンジョンから潜っているのだと言う。
楽し気に話す姫羅を見ていると、何故怒られたのか分かっていなさそう。しかしそういうのは価値観が人それぞれだから蒼は触れない。
伽代を探しに行こうと蒼、姫羅に腕を捕まれ止められる。
一体なんだと振り——返ろうとした蒼のすぐ目の前を何かが落下していく。地面にぶつかり弾けて消えた。
後に残った水たまり。濁った嫌な刺激臭。それらもすぐに消えていく。
モンスターによる毒物の攻撃。姫羅に止められていなければ頭から被っていたかもしれない。
すぐに本体を探そうと見上げる。枝葉の中に隠れたのは見えたが、どこに行ったのかまでは分からなかった。
「多分ドクハキトカゲってモンスターですよね」
「知っているのか蒼」
「名前と毒を吐くってことくらいは……」
「ならボクの方が知っているな」
名前がシンプルにドクハキトカゲ。名前の通りに毒を吐く。
粘性の膜に守られた毒液は、ぶつかった瞬間水風船のように割れる。空気に触れた毒液はすぐに揮発して刺激臭を発するが、膜に覆われている間は無臭なのでぶつかるまでは匂いでは気付けない。
小さい体と大きな頭、そして口から吐く毒。毒を上から落としてくるので頭上注意。ドラゴン系にしては珍しく嫌われているモンスター。
「頭から被ると、目とか口とかが燃えるように痛くなるから気を付けてな。ボクの場合は、数時間は涙と涎が止まらなかったから」
姫羅のお陰で、蒼の涙と涎は無駄遣いされずに済んだ。
感謝の言葉を伝えておく。姫羅は『ん』と一言、上から目を逸らさずに答えた。
蒼は姿勢を低く保ち、首を上に向ける。
木の葉の揺れから大体の位置は分かるが、姿は見えない。
姫羅の眼球は木の葉に隠されているトカゲを追い続ける。
腰の左右に下げた二本の鉈。ダンジョン由来の特別な効果を持つ、姫羅のメイン武器。
鞘からしゃらんしゃらんと抜き去る。抜き身となった二本は淡く輝く。木漏れ日の光を反射しているのに加えて、刃自体が光源となっている。
姫羅の武器を見た蒼は、トカゲの存在を忘れて目を輝かせる。視線は鉈に釘付け。
そんな獲物を攻撃しようとしたトカゲ、姫羅の鉈投擲をその身に受ける。
「外した!」
首を狙った投擲は、結果として腹を切り裂いた。
ぱっくりと開いた傷は、致命傷には違いない。しかし最後の時まで少しの延長、最後の抵抗として毒を投下した。
姫羅に遅れてナイフを投げた蒼は、すぐに転がって避ける。毒は弾けて、地面に広がる。
ツンとした匂い、蒼のすぐ近くに落ちてくるトカゲの死体。死体には鉈とナイフが刺さっていて、すぐに光に変わり始める。
二人は互いにサムズアップ。
樹上で死んで鉈とナイフが落ちてこなかったらヤバかったなと思いつつ、蒼は拾おうとする。
姫羅の『避けろ』と言う声と、恐らく投げられた鉈のしゃらんしゃらんという音。
急にロビンフッドごっこを始めたのかと思ったが、避けろとはおかしい。一瞬マトリックスごっこかと納得しかけたが、後ろから飛んでくる鉈は剣士の恥状態、どうやってマトリックスすればいいのか。
腑に落ちない蒼は咄嗟に体を丸め、低くする。どう飛んできているか分からない鉈に、当たらないための行動だった。
次の瞬間、腑に落ちた。鉈が何かを切り裂く音、背中に感じるべちゃッとした水気。
ドクハキトカゲがもう一匹いたのだろう。そいつを倒すための鉈投擲と、その攻撃を避けろという意味の声だったのだ。ヒリヒリとした痛み。
避けろの一言が言葉足らずだったと蒼は思う。熱、刺激臭、痛み。
「ぜんぜんマトリックスじゃないヂャンッ!」
「え!? マト……え?」
顔をくしゃくしゃにして倒れ伏す蒼と、困惑する姫羅。すぐ近くに落ちてきてそのまま消えていくトカゲ。三者三様の様相を呈する。
レザーアーマーを着ていたため毒のダメージは軽く、触れた部分も粘膜などではなく背中。何よりも、蒼は身体スペックが高い。
軽症だと姫羅は判断したが、だからと言って放置していいものではない。
「とりあえず革の鎧を脱がすぞ」
毒を被った場所に触れないようにして、レザーアーマーを外していく。
弾けた毒は鎧の隙間から入り、背中を攻撃していた。鎧を着ていただけマシだが、鎧の下の服も濡れている。姫羅は服も脱がせる必要があると判断した。
「イタイヨォ、イタイヨォ」
「服も脱がせるからな」
肌は赤くかぶれている。
姫羅は、自身が頭に被った時よりも軽く見えたので、数時間もすれば跡も残らず消えるだろうと予想した。
とりあえず毒液の付いた衣服を脱がせて、患部を流水で洗い流す。その方が回復までの時間が短く、跡が残りにくいはずだからだ。
ブツブツと泣き言を言いながら倒れている蒼。服を脱がせるよりも服を切ってしまった方が楽だとも考えたが、上裸で帰還させるわけにもいかないので無理やりにでも服を脱がす。
毒の付いた服が患部に触れることのないよう慎重に、しかしさっさと洗わないといけないので素早く。この際、姫羅自身の手が毒液に触れてしまうのは仕方ないと割り切る。
そこに出くわす者が一人。
はぐれていた伽代である。
倒れ伏す蒼、蒼の服を脱がせようとしている姫羅。そして戦闘の形跡。
「————蒼ちゃんから離れろッ! この変態!」




