42話:こっちはマシな名前
「そっちは任せた」
蛇型のモンスターを蒼に任せる。
そっちは任せたということは、こっちは任せてということ。今、伽代の目の前にいるのはゴブリン系モンスターのフレアデビル。
名前が実態に即していない気はするけれど、蒼が相手している相手よりはマシだ。
こいつの相手は伽代がする。
体に炎を纏い、殴りかかってくるモンスター。火属性のスキルを手に入れたゴブリンのようなものだろう。伽代にだって似たようなスキルがある。雷属性、相手に触れればちょっと弱めのスタンガンくらいの威力が出る。炎を纏った相手に触れようとは思わないけれど。
全身に黒い体毛を持つ小柄のゴブリン。ゴブリンよりもコボルトとかが近そう。手拍子のように手を鳴らすと、炎が腕を駆け上り、すぐに全身を包み込む。
パチパチと音を立てながら燃えているゴブリンは、すぐにでも焼死してしまいそうに思える。しかし動きはキレを増し、逆に生き生きとしているようにも見える。
呼吸はどうしているのか、熱くないのか、気になることはいくつもあるが今はそんなことを考える暇はない。燃え盛るゴブリンはすでに攻撃してきているのだから。
ゴブリンの掴み攻撃を薙刀で払う。続いて顎を狙ったカチ上げ攻撃。
ゴブリンがバク転のように避けて穂先は空振り。そのまま腕の力で飛び上がり体勢を整え、再び攻撃を仕掛けてくる。
フィジカルタイプの挙動、あまり考えてなさそうな直線的な攻撃。どこかで見覚えがあるような気がするが、一体どんなモンスターだったかは思い出せない。
薙刀を大振りで振り回し、石突で眉間を撃ち抜く。
両手の届く範囲までしかないリーチの短さという弱点、やはり見覚えがある。しかし思い出せはしない。
眉間を打たれてのけぞるところに追撃を行う。
二撃三撃と数を増すにつれて、薙刀の動きは早くなっていく。遠心力を利用して、恨みはないけれど消えてくれと、思いを込めて切りつける。
このままでは不味いと考えたのか、ゴブリンは一瞬の隙を突いて伽代から離れる。そのまま背を向けて逃げ出す。
今までに見たことのない挙動。モンスターは常に人間を殺そうとしてくるはずで、逃げ出すモンスターなんて聞いたこともなかった。
フレアデビルの特性を伽代があまり覚えていないせいで、なぜ逃げだしたのかが分からない。
とにかく逃がすわけにはいかない。移動中に襲い掛かられたら面倒だ。すぐに追いかける。
木々を避け、草を掻き分け、ゴブリンは急に跳躍する。伽代も負けじと踏み込む。
草木がなくなり開けた空間。空間は下にも広がっている。
伽代が踏み込んだそこは、崖だった。
空間の解放感よりも少し遅れてやってくる浮遊感。内臓が裏返りそうに感じながら、悲鳴を上げた。
鳴きながら落ちていった伽代を、近くの木の枝を掴んでいたゴブリンが眺めていた。
この高さから落ちれば多くの生物は致命傷、そうでなくとも大怪我をする。動けない人間にとどめを刺せばゴブリンの勝利だ。
スルスルと枝や崖のくぼみ、蔦を使って崖の下まで降りてくる。意気揚々と死にかけの人間を探す。
すぐに見つけた。大木の枝に引っかかっていた。
人間であればそこまで登ることもできず、降りることもできない位置。しかしフレアデビルは枝を使う移動が得意で、スルスルと登れてしまう。
炎を纏う以外の特性、それは猿のような身のこなし。
火を使う猿。それがフレアデビル。
さあ首でも絞めてやろうかと近づく。
枝の上は不安定だ。好き勝手には動けない。
だからこそ人間が逃げる心配はないのだが、だからこそ別の心配をするべきだったのだ。
§
近づく気配に即座に攻撃。
十中八九モンスターだから。それも先ほど落ちていく伽代を笑顔で眺めていたゴブリンである可能性が高い。
予想は見事的中して、薙刀を叩きつけられたフレアデビルは木から落ちていく。
落下死してくれるならありがたいのだけれど、やはりとどめは刺しておきたい。それはゴブリンも人間も同じ。
伽代も枝から飛び降りて薙刀を思いっきり突き刺す。燃えている相手に近づきたくはないので薙刀ごと蹴り飛ばす。
一人と一体がそれぞれ地面に落ちた時、すでにフレアデビルは光に変わり始めていた。




