41話:甘やかし
ズゾゾゾと音がなる。蒼が加えているストローからだ。
「蒼ちゃん、汚いからそんな音立てちゃダメだよ」
伽代がフライドチキンを食べながら注意を促す。蒼は素直に反省。
普段の蒼ちゃんであれば音を鳴らしたりはしない。緊張しているのかもしれない。
人見知りの蒼ちゃんが一度しか面識のない人物と会うのだから、緊張していても仕方ない。
伽代は蒼に甘かった。
だいぶ蒼と仲良くなってきた伽代だが、これが普段通りであることをまだ知らない。
少し早めに来たから、待ち合わせの時間まで少し余裕がある。
ドリンクを飲み終わってしまった蒼は、待ち合わせまでに口寂しくなるだろうと追加購入したかったが、このお店は有人レジだったので諦めた。
やることもないので隣に座っている伽代を眺める。
フライドチキンを食べ終え、次のフライドチキン攻略に移る。そのうちすべてのチキンを食べ終えてしまい、トレイを持って立ち上がった。
「私はチキン買って来るけど、蒼ちゃんは何かいる? 一緒に買ってくるよ」
「じゃあ、コーラをお願い」
ドリンクMサイズにちょうどの200円を手渡す。
荷物番としての役割を全うしようと鼻息荒く意気込む蒼。しかしすぐに伽代は戻ってくる。
両手で持ったトレイの上にはドリンクが2つと沢山のチキン。
ありがとうとお礼を言ってドリンクを受け取る。一応フタを開けて中身を見る。中に黒いシュワシュワを確認。フタはそのまま、ストローを差して飲む。
§
伽代がチキンを食べ終わったころ、目当ての相手が現れた。
「おまたせ。わざわざお礼なんていいのに。バック自体がお礼の品なんだから」
「そうはいきませんよ。あまりにも高価すぎますから。どうぞ」
伽代が立ち会がり、相手のために椅子を引く。蒼はそれを眺めつつストローを咥えている。
蒼と伽代が隣同士に座り、その正面に姫羅が座る。
ポーションのお礼としてマジックバックを贈りつけてきた姫羅だ。長ズボンにタンクトップのへそ出しファッション。
髪をかきあげる仕草に伽代はちょっとイラつきそう。
頭を振り、気を取り直して菓子折りを渡す。
「お礼のお茶菓子です。そこまで高価なものでもないですけど」
「ありがとう。ぜんぜん気にしなくていいのに」
「さすがにあんな高価なもの貰ったらお返ししないわけにはいきませんから」
自分の番は終わったと伽代ちゃんがこちらを見る。見られたのだから、こちらも見つめ返す。
なんだろう。何か伝えたいことでもあるのかな……?
ぱちくりとした蒼が伽代の方を見る。お見合い。伽代は理解。
そうだね。蒼ちゃんは最初から手ぶらだったね。
一拍遅れてようやく蒼も理解。
今日、姫羅と待ち合わせたのはマジックバックのお礼としてお菓子をプレゼントするからだった。そのために受付嬢を通じて連絡を取り、指定されたファストフード店に来たのだ。
完全に考えていなかった蒼はどうしようと困り果てる。
お茶菓子を渡して一件落着という様子の伽代が立ち上がった。
「ついでに何か買ってこようか?」
一体どうしたのだろうかと疑問に思ったが、すぐにチキンのおかわりだと理解した。蒼はチラッとカップを見てみると中身が空になりかけていたので、200円と追加で300円を渡す。
「じゃあコーラとミニパンケーキをお願い」
「私もコーラお願い」
姫羅も200円を渡す。
じゃあ行ってくるねと席から離れた伽代だが、ふと立ち止まる。人見知りの蒼を席に残してきたのは不味かったのではと思ったのだ。
振り返ってみるとなにやら楽しそうに会話をしているようだったので、安心してレジに向かう。
そういえば蒼は姫羅のことをアマゾネスと呼んで物語の登場人物かのように考えていたなと思いだした。
注文を終えて店員さんが忙しなく働いているのを眺めている時、ふと不安になった。『蒼が姫羅に影響されて露出狂になったらどうしよう』という人生で初めての心配である。レジからは二人のいる場所は見えない。すごい不安になってきた。
お待たせしましたされたので、急いでトレイを持って席に戻る。もちろんチキンが落ちないように気を付ける。
「おまたせッ」
「「おかえりー」」
立ったまままじまじと眺める。蒼が影響を受けて露出狂になる素振りはなさそうで一安心。
これでも伽代は本気である。だって蒼の前に座っている姫羅はへそを出しているのだから。
初めて会ったときは左腹部に虚空を携えていたが、今の服装はそのあたりまで肌が露出している。そんな服ばかり着ているから腹を抉られるのだ。
伽代がチキンと飲み物とを買いに行っている間、二人はライトノベルの話で盛り上がっていた。
唐突にラノベについて語り始める姫羅。その作品を知っていた蒼。
知っていると伝えると『そんな気がしたんだよなあ』と言って、急速に二人の距離が縮まっていったのだった。
伽代が買ってきてくれたミニパンケーキを少しだけ姫羅に渡す。これが蒼なりのお礼の品。お礼を舐めている。
自分だけお礼の品を用意していなかったということに慌てた結果がこの舐めたお礼の品。姫羅は『わーい、ありがとう』と喜んでいるので一件落着。
「じゃあお返しにこれどうぞ」
姫羅は先ほど伽代から受け取った茶菓子を開封、一つ取り出して蒼に渡した。もう一つ取り出して食べ始める。
伽代は再び理解した。自身は姫羅が苦手だと。
貰った菓子折りをその場で開封し、飲食店にて持ち込んだ食品を食べる精神、和菓子をコーラと共に食べる感性、すべてが気に入らない。
それを言ってやれば姫羅は言い訳をしてくる。
「蒼だって同じじゃん」
蒼はコーラ片手にお菓子を食べている。名指しされてビクつく。
似たような行動をして、話が合う。蒼が姫羅に対して人見知りしない理由は、感性が似ているからなのかもしれない。
それが何だというのか。蒼ちゃんはいいのだ。蒼ちゃんは。人見知りで中二病でカッコつけで不思議ちゃんの可愛い子だから。
「そんなに言ってやるなよ。ほら見て、固まっちゃってる」
唐突に飛んできた言葉のナイフに停止する蒼。その手からはお菓子がこぼれ落ちそう。
人見知りじゃないし。ちょっと苦手なだけだから。
言い訳にもならないような小さな声で呟いて、俯いてしまった。
ミステリアスなクール美少女という自認が、人見知り中二病カッコつけ不思議ちゃんと叩かれてしまったことに深い悲しみ。
二人は慌てて蒼を元気づけようとする。
「大丈夫だよ蒼ちゃん。人見知りで中二病でカッコつけで不思議ちゃんでもちゃんと似合ってるから」
「なんで塩塗りにいった? 顔真っ赤にして縮こまっちゃったんだけど」
伽代は役に立たないと判断し、姫羅は自分が蒼を直すと決意した。
「”男子三日会わざれば刮目して見よ”という言葉があってな——」
「私は女です……」
「ボクもだ」
作戦失敗。伽代からは蹴りを入れられた。
次は姫羅に当たりが強いこの少女のターン。
「チキンあげる」
伽代の餌付け作戦。手に持ったチキンを生贄に蒼を元気づける作戦だ。
生贄として差し出されたチキンは、伽代の手から蒼の口の中へ一瞬で消えた。
チラッと二人の方を見た蒼は再びふさぎ込む。
伽代は嬉しそう。というか楽しそう。
「私が手で与えたものを食べた!」
動物に餌付けする感覚で楽しんでいる。目的を見失っていそう。
「というか骨はどうした。明らかに骨付きだったけど」
「骨は噛み砕いちゃったよ。蒼ちゃんくらいの身体スペックなら余裕でしょ」
確かに私もできるけどさあ、骨は食うなよ。
骨を噛み砕く相手に素手で餌やりって怖。普通はそんなキャッキャできないだろ。
姫羅は何と言っていいか分からず、微妙な顔をするしかなかった。
伽代を見習って姫羅の次の作戦も餌付け。しかし生贄はチキンじゃない。和菓子だ。
箱から取り出し袋を開ける。伽代が小言を言ってくる。
目の前に置くと、蒼は手に取って食べた。ちょっと可愛いかも。
伽代はボクが開封した時は小言を言ってきたのに、蒼が食べた時は何も言わなかった。それどころか可愛いを連呼している。
「可愛いよ蒼ちゃん。可愛いから元気出して」
「おい、ちょっと蒼に甘すぎないか」
「そんなことはないです」
つんけんとした回答。蒼に甘いわけではなく、姫羅に厳しいのかもしれない。
§
実はそこまで落ち込んでいなかった蒼。後半はチラチラと様子を見ながら復活するタイミングを窺っていた。
「チヤホヤされるのが嬉しくて……」
正直に打ち明ける。姫羅は呆れた。伽代はというと——。
「正直に言えるなんて偉い! チヤホヤされて嬉しくなっちゃうところも可愛いし」
「おい、甘いって」
伽代は蒼に甘かった。




