40話:ちょっと足らない子
「登……録……?」
冒険者が武器を持ち歩くのに登録する必要があるの?
一般人が持ち歩くのには登録と資格が必要だという話は聞いたことがあったが、冒険者にも適用されるとは初耳。
「登録してない武器の携帯と使用は一応、特例法違反か何かになるのかな。もしかして蒼ちゃん……」
抜け落ちる血色。蒼白。
「私ってもしかして犯罪者!?」
「大丈夫だよ。登録し忘れはそこまで重い罪にはならないと思うし」
そんなに慌てないでと両手で制する。
「今まで問題になってないんだからすぐにはバレないって。新しく買った武器を登録して、こっそり今のとすり替えよう」
遵法精神に欠ける発言。
少し甘言である。『確かに今まで怒られてなかったし』と釣られそうになりつつも、しかし踏みとどまる。
悪いことをしたのなら怒られるべき。ドストエフスキーの罪と罰もそんな感じの話だった気がする。難しくてよく分からなかったけれど。
「罪と罰だってそんな感じのこと言ってたでしょ」
「……? そんな話だったっけ……」
伽代は思考にリソースを割いてしまう。
その隙に蒼は受付の方へと歩み始める。慌ててその背を追う。
§
今日も暇だと、飯島はコーヒーを淹れる。
ついさっき蒼と伽代の二人を送り出して、それ以降に誰かがやってくる様子はない。
熱々のコーヒーを持って受付に座る。誰も来ないとはいえ、受付がいないのは問題だから。
脳内では2つの事柄について考える。
一つ目はこの過疎っぷり。冒険者の母数がそこまで多くないという点と、ゴブリンというモンスターの人気の無さを考慮したとしても過疎過ぎる。もうちょっと冒険者がいてもいいはずなのに。
もしかしたら、亜人系モンスターへの苦手意識とゴブリンから手に入る物品の儲けの少なさが理由かもしれない。だとすれば飯島にできることはない。他所の忙しい受付嬢たちには悪いが、暇を謳歌するとしよう。
二つ目は先ほど二人に送られたお礼の品。さすがに高価すぎる。怪我をしていたところを助けられた程度でそこまでするだろうか。さすがにないとは思うが、あの年でマジックバックなんて物を手に入れてしまった二人が変なことに巻き込まれないか心配になる。
飯島は先ほど淹れたばかりのコーヒーに口を付ける。
思いのほか美味しくて自画自賛。上手く淹れれたので気分も良い。鼻歌なんて歌ったりして——。
「……あの」
「——ッ!? ——ッ~」
気が付いた時には目の前に蒼がいてビビる。
カップから離れる指、宙を泳ぐコーヒー。
コーヒーが制服を黒く濡らす。熱々の黒い染みに悶絶する飯島。
「私って犯罪者ですか?」
さっぱり訳が分からない。
今だけは熱さを忘れていた。
ドキドキしながら待つ。閻魔大王の前で判決を聞き届ける亡者の気分。『大丈夫だと思うけど』と言って奥に引っ込んでいった飯島を待ちつつ、乱れる息を整えつつ。マヨネーズ奏法の出番。
「やっぱり大丈夫だったよ。すでにそのナイフは登録されてる」
飯島はなぜそこまで蒼が慌てていたのか分からず、あっけらかんと告げた。
武器の登録忘れは冒険者が時々やらかす。そこまで重大視するようなことではない。
「蒼ちゃんが登録申請してないんだったら購入時にお店の方から申請だしてたんじゃないかな? そういうオプションは普通にあると思うし」
というか前に確認したよね。冒険者登録の時に。試験に合格するかどうか分からないのに、登録済みの武器持ってるんだぁって思ったもん。
「大丈夫だったね蒼ちゃん」
「うん」
悪いことをしたのではないかと不安になって、その不安から解放された。
いざ行かんダンジョン。ゴブリンをボコボコにしてしんぜよう。
一度地に落ちた蒼のテンションが上がってきた。
これがシャバの空気!
§
サイドステップで攻撃を避けて、すかさずナイフで突き刺す。
空振り。
逃すものかとナイフを投げる。
空振り。
なんとなく左に裏拳。
ヒット。
当たった感触はあったが、すぐに離れていった。
今戦っているのは、おそらくキャノンボールというモンスター。接敵と戦闘開始からしばらくたつが、いまだに姿を捉えられていないので確定ではない。
キャノンボールは強化ゴムのような質感のゴーレム。一頭身で跳ねて動き回る。とんでもない速度でぶつかってくるだけのモンスターで、攻撃力もそこまで高くない。ぶつかられてもバランスを崩す程度。一度攻撃を受けると雨霰のように体当たりされ続けるから大丈夫という訳でもないが。
特徴的には一致しているので、敵は暫定キャノンボール。
蒼ですら残像を追うのがやっと。ステータスが低めな伽代では反応するのも難しいだろうという事で今は蒼が戦っている。
最初に攻撃されたのも蒼だから、伽代はずっと後ろで待機中。
最初から今までずっと攻撃を避け続ける蒼から標的を変えるのは自然な事で、キャノンボールは標的を伽代に変更。
ダンダンダンと跳ねて、蒼をすり抜ける。モンスターの狙いに気が付くが、時すでに遅し。キャノンボールは完全に伽代をロックオン、両者の距離は縮まりつつある。彼女は気付いていない。
蒼が手を伸ばし、それを見た伽代がようやく気付く。着弾。
触れた瞬間勢いは無くなり、地面に落下しそうになったところを蒼が捕まえる。
両手で抱えたそれは、一頭身のゴムボール。短い手足がバタバタと暴れているが、その短さゆえに手から逃れることは叶わない。やはりこいつはキャノンボール。
強化ゴムのような感触の黒い球体。目と口を表すのか、3つの凹み。短い手足と相まって可愛い。
伽代は小突いて遊ぶ。短い手足でわちゃわちゃと慌てるモンスターが可愛くて、彼女はコロコロと笑う。
蒼は圧殺しようと力を加える。左右から万力のように締め付けられ、ムンクの叫びっぽくなっても死ぬ気配はない。押しつぶされた顔が煽っているように見えて、蒼は少しイラついてきた。
さてどうしようかと溜め息。
こいつを逃がさないように両手で捕まえていないといけないが、両手がふさがっている状態は少々都合が悪い。蒼はトドメを刺したい。遊んでいた伽代も同じだ。
先ほど投げたナイフ、それを伽代が拾ってきてくれた。ついでにそのナイフで囚われのキャノンボールを突き刺してもらう。押しつぶした感じでは、中は空洞のように思える。穴が空けば空気が抜けてしぼんだ風船のようになるだろう。
両手で持ったボールにナイフが当たる感触。少しの弾力と抵抗、表面に傷はつくが中までは到達しない。
せーので息を合わせてもう一度押し込む。大きく抵抗、その後弱まる。空洞にぶつかり動かしやすくなったナイフと、くたりと動かなくなったモンスター。
ナイフを引き抜くと細く空気が漏れ出す。下手な口笛のような音を立てながら、蒼の両手に包まれ光と消えていった。
討伐完了。得物は蒼に返却される。
新しいバックも手に入れて、二人はやる気満々といったところ。ダンジョン探索は始まったばかり。




