36話:直径20cm
蒼たちが中層にも慣れてきた頃、蒼本人は伽代に慣れ始めていた。
「伽代ちゃん! 向こうに何か落ちてる。また宝箱かも」
その言葉を聞いて流石にないと思いつつも、とりあえず行ってみようと伽代。
まだ中層に潜るのは4度目だというのに二つ目の宝箱を見つけたら大変だ。もしかしたら本当に二つ目かもしれないし、蒼の見間違いで別の何かかもしれない。
しばらく歩いて。
蒼と伽代では、体のスペックに大きな差がある。だから蒼が見つけた何かは伽代にはまだ見えないし、坂道を上り下りしていると先にバテるのは伽代だ。
「後どのくらいでつきそう?」
ダンジョン内ではただ歩くだけではない。モンスターに警戒しながら進まなければならないので、体力と精神の両方を消費する。特にここは中層。油断は大怪我に繋がりかねない。
「向こうに少し大きな木があるじゃん? そのちょっと奥くらいにある石造りの階段付近にあるよ」
「大きな木? ちょっと分からないかも」
「ほら、あの幹が傷ついている木」
「ごめん、やっぱ分かんない」
蒼は必死に指差しているが、伽代には乱立する木の中から件の木を見つけることができなかった。
蒼がどんなに頑張っても伽代には分かる気がしない。ただ、「んーっ! んーっ!」と指を差しているのを見ているのが楽しいのでしばらくそのままにしていた。
「にしても蒼ちゃんって目が良いんだね」
「最近体の調子が良いんだ。この前お風呂で潜水してたとき、7分12秒の新記録だったんだよ」
「蒼ちゃんお風呂でそんなことしてるんだね」
しばらく歩いて。
「そろそろ着く?」
「もうすぐ近くだよ。ほらあの腕の長いゴブリンみたいなのがいるところ」
だいぶと歩いたおかげで、蒼の指差す方に何かあるのが伽代にも見えるようになった。
「蒼ちゃん、アレ人間じゃない?」
木と草と岩に大部分が隠されていて分かりにくいが、どうやら人の体に見える。少なくとも宝箱ではない。そこまでの大きさはない。
「言われるとそう見えるかも。全然気づかなかった!」
いや、金属系のキラキラしたのが一部にあったし、全然場所が変わっていなかったし、移動するときは木を目印にしてたし、言い訳が次から次へと蒼の口から出てくる。しかし伽代はそれらのほとんどを聞き流して、別のことを考えていた。
まったく場所が変わっていないということは、怪我で動けないのかもしれない。となれば近くにモンスターがいる現状は危険だ。
「蒼ちゃん! 怪我をして動けないのかもしれないし、助けに行こう。転移を使ってなるべく早く」
伽代の早口についていけず、あまり理解できていない蒼は「え、あー……うん」とだけ反応し、とりあえず伽代を抱き寄せ転移を発動。
数度の休憩をはさみつつ、あっという間に目的地の少し大きな木までたどり着いた。
伽代はその場でうずくまり口元を押さえている。蒼は優しい少女なのでそっと遠くを眺めた。
そっと遠くを眺めていると、腕が異様に長いゴブリンがふらりと木の陰から現れた。先ほど遠くから見つけた個体だろう。
襲い掛かってくるゴブリン。
蒼は手を広げて迎え撃つ。
ゴブリンダンジョン中層に出現するモンスター、テナガゴブリン。
命名者のセンスを疑うほどのシンプルな名前。同じ身長の通常のゴブリンの倍以上ある長い腕。そしてその腕の先の握力。ゴブリンダンジョンには多めのフィジカル系モンスター。
バランスの悪そうな体と純粋なフィジカルタイプであるということ、それらは一見してテナガゴブリンを弱者に見せる。しかし実際は中層の中でも上の方に分類されるモンスターである。剣を超えるリーチの長さ、腕にのみ集中した力と頑丈さ。それらがテナガゴブリンの強さの主な要因である。
テナガゴブリンはそのリーチを生かして人間の足を掴もうとする。足首を掴んだら、そのまま握り潰すか足を起点に振り回した後地面に叩きつける。そして動きの鈍くなった相手の首をへし折るのだ。
蒼はあらかじめ知っていたテナガゴブリンの動きを脳内で思い出しながら、よく観察する。
関節の数が二個三個では済まないような動きで足首を狙ってくる。ステップステップで避けて観察継続。
ゴブリンの右腕が蒼の足を掴もうとして空振った瞬間、今だと一気に距離を詰める。
右腕は伸びきっていてすぐには蒼に届かない。近づく蒼を阻むのは左腕だけで、一本であれば苦無く避けて進める。
あと少しでゴブリンの顔に攻撃を叩き込めるというとこ。しかし、空振って伸びきっていた右腕が、蛇のような動きで蒼の足首に襲い掛かった。
すでに脳内から右腕の存在感が抜けていた蒼、これに反応しきれず掴まれる。
ぶん投げられないように、足首を潰されないように、持ち上げられて上下反転した状態でナイフをゴブリンの右腕に突き刺す。ゴブリンの手の甲を貫通し、自身の足首まで傷つけているのにゴブリンは手を離さない。
振り回されながらも何度も何度もナイフで突き刺す。地面は血濡れ。
いよいよ地面に叩きつけられるとなったとき、蒼のナイフによる抵抗は効果を発揮した。地面に叩きつけるよりも前にゴブリンの右手に限界が来て、手から足首がすっぽ抜けたのだ。
計画通り――と、したり顔で次の行動を考える蒼。
叩きつける途中で地面と水平に投げ出された体は、それほど時間が経たずに地へと降り立つことになる。悠長に考えている暇もないかと、次の行動を考えるのを中断して着地に意識を向けておく。
空中で体を捻り綺麗に着地。それなりの速さで地面と平行に飛んでいるという、猫や体操選手が顔を真っ青にしそうな状況でも蒼は綺麗に着地できる。ダンジョンによる恩恵がそれを可能にする。
そう、向上した身体能力さえあればなんでもできる! いや、ステータスさえあれば!
蒼は伽代の使っていたステータスという言葉がスタイリッシュでカッコ良かったので使うようにしている。
蒼のこのステータス賛美、しかし本心ではない。伽代の見せてくれたスキルがずっと脳内でヌルヌルGIFで再生されていて、自身ももっとスキルが欲しいと思っている。だからこそのステータス賛美。嫉妬なんて醜い真似はしたくないのだ。自己暗示に近い。
ステータスさえあればなんでもできる。難なく空中で体を捻り綺麗に着地――しようとする。
姿勢の制御は問題かったが、飛ばされた方向に問題はあった。
爆速連続転移でグロッキーだった伽代。ようやく立ち直りかけたという様子で、蒼が飛ばされた方向に立っていた。
それなりの速度で飛ばされていて、距離も離れていない。一瞬で二人は衝突する。
咄嗟に「危ない!」と声は出たものの、伽代は避けきれないし空中にいる蒼も避けることはできない。
飛んできた蒼を、伽代は片手で受け止める。
撫でるような動きで蒼の運動は止まり、蒼はそのまま垂直落下して尻餅をつく。
「ごめん待たせた。次から転移で移動するのは緊急時だけにしとこうね」
ヒーローは遅れてやってくる。薙刀を振りかぶっていてカッコいい。
いつか真似しようと思う蒼。しかし今重要なのは目の前にいるテナガゴブリン、その討伐。師匠の杉野も「カッコつけるのは敵を倒した後だ」と言っていた。何よりも倒すことは優先しなければならない。自身の安全のために。
蒼が駆けだして伽代が続く。
俺たちの戦いはこれからだ!
§
所詮奴はゴブリン。モンスターの中でも最弱よ。
消えていくテナガゴブリンを眺めながら心の中でゴブリンをディスる蒼。
気分は事件を解決した後の熟練刑事。煙草をくわえながらポケットに手を入れているイメージなのだが、蒼は煙草を吸える年齢ではないので紫煙の代わりにゴブリンだった光で我慢。今蒼が履いているズボンにはポケットが無いので、ポケットに手を入れる代わりに腰に手を当てる。
「そんなことより蒼ちゃん、さっき見つけた人を探さないと」
そういえばそうだった。正直宝箱じゃないなら興味がないのだけれど、怪我をしてたら助けないといけないか。
もし怪我人だったら、ポーションをぶっかければすぐ動けるようになるだろう。寝ているだけだったら、水をぶっかければ起きるだろう。蒼はレスキュー隊員になったつもりで、やる気に満ち溢れてきた。
救助者が私を待っている!
やる気を出した蒼は、宝探しのようなノリで件の人物を探し始める。
「居たッ! 見つけた!」
せっかくやる気が出ていたのに、宝探しは即座に終了してしまった。
まあ見つかったならいいかと伽代を追って茂みに入る。
茂みを進むと、口を押さえた伽代がこちらを振り返っていた。
まだ転移酔いしているのかと思い「大丈夫?」と近づくと、ようやくそれが見えてきて、蒼も驚く。つい声を出す。
「し、死んでる……」
女性がひとり、ダンジョンの中で倒れている。
彼女の左腹部。そこには大きな穴がぽっかりとあいていた。




