表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン時代と人見知り  作者: 酉名酉丁
第三章 冒険者の分かれ道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/42

閑話:脳筋ゴリラとレッドドラゴン退治

「ひさしぶり」


 活気のある組合。

 声のした方を向いても誰もいない。そんなわけはなく、少し視線を下げると見飽きた面があった。

 前回会った時よりも0.5mmほど縮んだであろう身長と、深く被った白い猫耳パーカー。猫耳パーカーは布と耳の質感がやけにリアルで本来であれば違和感があるものの、背負っている大きな鞄の方が目立っている。

 パーカーの中から、ピンクの髪に青紫のメッシュが、そして性格の悪そうな瞳が覗く。


「よお和倉、さっさとダンジョン入ろうぜ」


 自然な態度で背負っている鞄を手渡してくるので、つい受け取ってしまう。

 女子校時代の先輩後輩にあたる立場だが、和倉は正直この女の性格は好かない。それでも一緒にパーティを組むのは、彼女の冒険者としての能力に疑いようがないからだろう。自身と一緒に潜ったとて、勝手に死んでしまうことはないし、殺してしまうこともない。



 冒険者として活動している傍ら、指導官としても活動する面も持つ和倉。

 指導官の仕事の中に、冒険者として活動している学生がいる高校に特別技能教員として派遣されるというものがある。一番忙しいのは四月で、あちらこちらの学校で体力測定を担当する。四月以外は少し顔を出すだけの、暇な役職でもある。

 本来は教員免許を持った組合職員と指導官がセットで派遣されるのだが、和倉は教員免許を持っているので単独で派遣されていた。


 冒険者として活動している学生はそこまで多くないものの、複数の県をまたいで派遣されていたので非常に忙しかった。

 自身が仕事をしている間、目の前のこの女は何をしていたのかと思ったが、どうせロクなことではないので思考はここで打ち切る。


「お前が忙殺されてる間、私は悩殺されてたわ」


 目の前の女は谷部 鵬奈(やべ ほうな)

 和倉とパーティを組んでいる。今日ダンジョンに潜ることになったのは、彼女が理由だ。


「お前が休んでるせいで暇だからさあ、遊んでたら金なくなっちゃって」


 仕事がひと段落付いたので少し休もうと思っていたところ、彼女が金の無心にやってきたので仕方なくダンジョンに潜ることにしたのだ。にもかかわらず、谷部は「金さえ貸してくれればいいのに」とかのたまうので、殴りたくなってしまう。


 谷部の方が和倉よりも圧倒的に金回りは良いはずなのにずっと金欠なのは、彼女の趣味が理由だ。


「行きつけの店のツケがそろそろ8桁超えそうでさあ、頼むよ金貸してくれよ。新しく見つけた良い店紹介するからさあ。可愛い子多いんだよ」


 趣味のキャバクラ巡りが理由の金欠だ。同情心すら湧かない。

 見た目は可愛らしい少女だが、中身はセクハラおやじとなんら変わらない。プロの女性とデレデレと会話する谷部の姿、女性を触る手つきを思い出し、咄嗟に自分の体を抱きかかえる。


「それ以上近寄らないで」

「お前みたいなゴリラに興味はないんだわ」



 §



 最寄駅から徒歩13分。少し山が近くなってきた、都会でもなく田舎でもない場所にダンジョンがある。

 このアクセスの悪さとは反対に、このダンジョンへとやってくる冒険者は多い。

 ここはドラゴンダンジョン。ドラゴンという生物を見るためにやって来る冒険者もいれば、儲けを期待してやって来る冒険者もいる。

 ドラゴンのアイテムドロップやレアドロップは儲けが非常に期待できる。今日ここにやって来たのも儲けを期待してのものだ。


 基本的にモンスターが素材や物品を落とすのは中層以降からで、このドラゴンダンジョンはゴブリン、ゴーレムのダンジョンと繋がっている。本来はアクセスの良い方のダンジョンに人が集まるはずなのだが、それでも3つの内ドラゴンダンジョンが人気なのには理由がある。


 1つ目の理由が、モンスターとしての人気である。

 ゴブリンなんかは嫌われていることが多い。ゴブリンさんが何をしたって言うんだ。

 対してドラゴンは人気が高い。何もしてないのに。


 こちらが本命、二つ目の理由。中層に辿り着くまでの環境である。ゴブリンダンジョンは洞窟とお城。ゴーレムダンジョンは基本的に森で、ドラゴンダンジョンは基本的に山岳だ。

 ゴブリンダンジョンのように最上層と上層で見た目が大きく異なる場合が多い。まあ厳密にはゴーレムとドラゴンの方も最上層と上層で環境自体は変化しているのだが、それは学者とかが気にすることであって和倉たちの知ったことではない。見た目はほぼ変わらないし。

 中層までは報酬が期待できないから、より深い層に潜る冒険者はなるべく中層までの滞在時間を短くしたいのである。報酬という面でもダンジョンからの恩恵という面でも、雑魚狩りをしていては何も得られないのである。特に燃費の悪い冒険者にとっては致命的で、荷物の八割が食料ということもあるのに、無駄な時間をかけていられないのだ。


 ゴブリンダンジョンは迷路型のダンジョンで、冒険者がどんなに強くても次の層に進むまでそれなりの時間がかかってしまう。

 ゴーレムダンジョンとドラゴンダンジョンでは後者の面積の方が大きい。しかし面積での不利を覆すのが、森と山岳という違いである。

 森は平坦であり、山岳は斜面が多い。その上ドラゴンダンジョン内でのスタートは標高が高く、ゴールである次の階層への入り口は標高が低い位置にある。


 ドラゴンダンジョンで最短で中層に向かうには、滑り降りれば良いのだ。今二人がやっているように。


「筋肉女、ちゃんと私を抱いてろよ」


 和倉が谷部を抱きかかえ、まるでスキーでもするかのように斜面を滑り降りる。

 二人の動きに合わせて地面が凍り付いているのは谷部の水属性と氷属性によるもので、お陰でとんでもない速度が出ている。

 和倉の人間離れした動体視力がなければ、岩や木にぶつかっていたかもしれない。


 1時間もかからずに中層に到着。そこで少し歩みを止めて休憩。ゴーレムダンジョンではここまで早く中層に辿り着くことはできない。

 谷部は適当な岩に座る。和倉はそこら辺の木に背中を預けていた。

 ちょいちょいと谷部が手招きするので、仕方なく隣に腰かける。


「ちげーよ馬鹿。鞄よこせっつってんの」


 ひったくるように鞄を奪い、中から何かを取り出して食べ始める。

 無理やり渡して無理やり奪うとは。彼女のそういうとこが気に食わない。


 さっさと食べ終わってしまい、そしたらまた鞄を押し付けて「突っ立ってんなよさっさと行くぞ」と言ってくる。ほんとそういうとこ。



 再び潜り始め、やがて下層につく。

 ちょいちょいと手を動かすので、鞄を渡す。谷部は先ほどと同じものを取り出し食べる。

 くすんだ茶色のプロテインバーのようなそれは、お菓子みたいで美味しそう。一口くれないかなとしばらく見ていると、ようやく彼女は和倉の視線に気づく。


「これ食べたいのか?」


 和倉とて乙女。食い意地を見せたくはないが、味が気になる。


「プロテインバーは食べ慣れている。それの味を少し確かめたいだけさ」

「?」


 1トレーニーとして未知の商品の開拓であるというスタンスのまま、谷部の持つお菓子を要求する。


「コラボ商品として開発してるやつなんだ。今のところ名前は甲種行動食。冒険者向けの携帯スナックとして販売する予定」


 そう言って小指の先ほどの欠片を渡してくる。指に触れると薄く油分が滲む。

 こいつは本当にケチだなと、新しくプロテインバーを取り出し食べている谷部を眺める。

 いらないなら寄越せよと言ってくるので、さっさと口に放り込んだ。内心、どんな味なのだろうとウキウキである。


 欠片を掴んだ手に残る油。

 口に含むと、無味に近い冷えて固まった脂の存在感と仄かなココアの香りが広がる。

 広がった脂は油膜のようになり、口腔を支配した。後追いでやって来た甘みは微かに存在した後、すぐにフェードアウトしていく。

 見えそうで見えない味を追いかけているうちに、味ではない何かの存在感が濃くなってきた。何と言えばいいのか分からないが、おそらく近い言葉は脂っぽさ。


 飲み込んだ後も残る油膜に、水が欲しくなる一品。


「まずい」


 味はまあ、美味しくはないが不味いという程でもない。なぜならほぼ無味だから。しかし口の中に残り続ける脂が不愉快で、食べ物は味以外も大切なのだと知ることができた。和倉の総評は「まずい」。

 水をくれと言うと、スキルによって生成された水を顔に向かってぶつけられる。


 肉体の陰影をなぞるように水が滴り落ちる。

 水も滴る良い筋肉。カロリーを摂取したからだろうか、筋肉が輝いて見える。



 2本目を食べ終わって3本目を取り出した谷部に、さすがに和倉が待ったをかける。谷部も少し動きを止める。

 さっさとモンスターを倒しに行こうと言う和倉と、それを無視して食べようとする谷部。

 二人は影に覆われる。



 一瞬の暗闇の後、ドラゴンが二人の目の前に現れた。

 我こそは空と陸の覇者、そう言わんばかりの登場。被捕食者の動きを止める瞳と、銃弾も弾く赤い鱗、火の粉舞い散る咆哮。大型トラック程の巨体は、そのサイズに見合わず俊敏である。


 鱗の色から名付けられた、レッドドラゴン。

 炎のブレスを吐く、存在そのものがファンタジーなモンスター。


 そんな存在の浴びた二人はというと、自然体。いや、よく見ると谷部は震えている。

 これは恐怖による震えか? いや違う。

 咆哮による衝撃で手から離れたプロテインバーとその包装、そして次の谷部の一言がすべてを表している。


「私の900キロカロリー!」


 とりあえず数字は聞き流すことにして、その一言から分かるのは谷部が怒りに震えているということである。

 付き合いは長い。慣れている。和倉はすかさず聞く。


「補助は?」

「いらん。私がぶっ殺す」

「カメラは」

「それもいい」


 投げてきた鞄を受け取り、岩に腰かけ谷部の戦闘を観戦する。


 谷部が五寸釘を投げる。3本ともがダンダンダンと等間隔で翼を貫く。

 やけに綺麗に突き刺さっているから、何かしらのスキルかもしれない。


 水が軌跡を描き、凍り付いて足場になる。その上を駆けることで、谷部は空中を立体的に動き回る。

 水属性と氷属性の合わせ技で、立体的な機動力を手に入れているのだ。

 敵が狙いを定められないというメリットもあるし、何よりも見栄えが良い。


 その後も火に雷と、多彩なスキルでドラゴンを圧倒していく。そろそろ見飽きて和倉はうつらうつらと……。


「おい!」

「ッ――寝てないよ!」


 ドラゴンと戦いながらも声をかけてくる谷部。だいぶ余裕があるらしい。


「ラストアタックは撮影しといて」


 そろそろ死にかけ赤トカゲ。

 トドメは録画しとけとのこと。谷部の人気稼ぎのために、死ぬ瞬間をインターネットの海に晒されるのだ。可哀想な赤トカゲ。


 谷部は動画投稿サイトで活動していて、それなりに有名。人気商売の彼女にとってインターネットで公開するネタは直接生活費と繋がっていると言っていい。谷部の生活費稼ぎのために、死ぬ瞬間をインターネットの海で晒される可哀想な赤トカゲ。

 谷部に金が入ればそれだけ金の無心が減るので、「可哀想な赤トカゲ君には強く生きて欲しい」と思いながらも、赤トカゲ君最後の瞬間を録画する和倉。

 スマホのカメラで録画開始。きっと後で「ちゃんとしたカメラで撮れよ」と文句を言われるのだろうけど、その普段使っているカメラは今レッドドラゴンと戦っている谷部のアイテムボックスに入っているのだから和倉にはどうしようもない。


 弱ってきたドラゴンに対し、いよいよ勝負を決めようとする谷部。

 ラストアタックは彼女の十八番である腕力強化の重ね掛けだ。シンプルに腕力を強化してシンプルに殴るという、バカみたいな脳筋戦法。そのシンプルに高い破壊力故に、彼女はこの戦法を好んで使う。正直、正気とは思えない。


 ドラゴンの頭上まで駆け、腕力強化を重ねた左腕で地面に向かって叩きつける。

 轟音と共に地面に叩きつけられるレッドドラゴン。直接殴られた部分は酷いミンチ状態で、破壊力の高さが伺える。

 ドラゴンはそのまま光となって消えていく。


 谷部が戻ってくる。こちらも酷いミンチ状態になった左腕から僅かな光を流しつつ、ひらひらと手を振っている。


「スマホで撮影してたの? まあショート動画にはいいか」

「こんなんネットに上げたらR18Gで垢バンされるわ」

「モンスターは光になって消えてくからグロじゃないだろ」

「お前の腕が現在進行形でR18Gなんだわ」


 強力なインパクトで腕のミンチと混ざっていたドラゴンのミンチ、それがすべて光となって消えたのか、谷部の左腕から流れる光が終わる。


 千切れかけの手首にぺしゃんこの拳、その段階を経たであろうものたち。もはや肩から先はただの肉塊で、そこだけ切り取っても元が何だったかは分からない。肉と脂肪、骨片の塊。

 近くで見れば見るほどグロい。力は強化されるが耐久力は強化はされない腕力強化、その重ね掛けの結果だ。

 回復効果のあるヒーリングというスキルを彼女が持っていなければ、後遺症の残ってもおかしくない重症である。


「毎回思うんだけどさ、それ痛くないの?」

「感覚遮断のスキルで何にも感じてないから大丈夫」

「R18だ……」



 悲しいかな、空と陸の覇者。ドラゴンもダンジョンではリポップする存在。

 所詮ただのモンスターでしかないのだ。

 赤トカゲ君のことは死後数秒で忘れられた。


「あのドラゴン何にも落とさなかったんだけど」

「まあ雑魚モンスだし。数こなさないと」


 赤トカゲ君は死後数秒で貶された。

 忘れられていなかっただけマシか、それとも忘れられていた方がマシだったのか。


「食いもん無駄にするやつは地獄で死んでろ」

「食べ物というより、油絵の原液みたいな味だったけどな」

「そこまで酷くないわぁ!」


 谷部が水をぶつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ