26話:ボス部屋
蒼としては、伽代と来たかった土曜日のダンジョン。伽代との予定が合わなかったせいで一人。
今まで蒼は一人でダンジョンに潜ってきた。一度も寂しいと感じたことは無い。
しかしどうだろう、この前伽代と二人でダンジョンに潜ったからか、今日はゴブリンダンジョンの通路が不思議と広く感じてしまう。
会話のキャッチボールをしながらのダンジョン探索はとても楽しかった。
いつもより広く感じるゴブリンダンジョンは、しかし狭い。地図を片手に進めば、すぐに上層に突入だ。
上層を適当に歩こうと地図を鞄に仕舞う。
歩いて、曲がって、戦って。
上層のゴブリンはステゴロで倒そうとするとまだ手間取るが、ナイフがあれば苦戦なんてしない。
ナイフを投げて遠距離攻撃に使うのはいいアイデアかもしれない――という思考のもと、蒼は投げナイフを投げナイフとして使うようになった。本人の頭の中では『一つしかない武器をあえて手放す』という常識から外れた奇手である。
自分の足音が反響する音。その音がいつもより大きいように感じる。
自分の足音に不安感というか、心に影が差すような感覚を感じて動きが鈍るが、目の前にゴブリンが現れれば瞬殺する。
不安を感じているとしても、それはゴブリンに対してではない。光になっていくゴブリンを見ながら蒼は思った。
「うわー、わたしって強すぎ?」
原因不明の不安からか、独り言をこぼす。少しカタコトなそれは、誰にも拾われない。
――「石造りとはいえお城っぽいし、ゴブリンにしてはって感じだよね」
――「あのゴブリン変な武器持ってる。どうやって使うんだろう」
――「そういえば最近アイテムドロップしてないなあ」
――「またすぐに階段見つけちゃったよ。才能かも」
独り言が多いのは何が理由なのか……。まだ蒼には分からない。
気づけば荘厳な鉄の扉の前までやってきていた。城風の内装、突然現れる開けた空間。そこにそびえ立つ武骨で重厚な扉。微妙にマッチしていない。
自身の三倍はあるだろうその扉、その迫力により、さっきまで感じていた不安などはすべて消し飛んでいた。
「無駄に立派だぁ」
§
桜元町のゴブリンダンジョン五層、その奥にある重厚な鉄の扉。それはボス部屋への入り口。
出現するのはゴブリンキング。2mを超える筋骨隆々の身体、深緑の体表、鋼鉄の金棒。
主な攻撃手段は金棒を振り回しての物理攻撃。
蒼は翌日、ゴブリンダンジョンに来ていた。
今日の蒼は本気だ。扉を見つけたその日のうちに、ボスについて調べて倒す計画を立てた。そして今日、ボスを倒そうとやって来たのだ。
ダンジョンの受付では飯島と杉野に「怪我するかもしれないよ」と言われたが、折れない。
ボスは上層の最後にいるモンスターで、蒼は『上層を探索しても全然大丈夫だよ』という意味を含んだ試験をパスしたのだ。ボス相手にだって勝てる可能性は高いということだろう。その証拠に二人の心配は『負けるかもしれない』ではなく『怪我をするかもしれない』だった。
怪我をするのは怖いけれども、それは冒険者として活動する上で付いて回る問題だ。ここらで克服しておくべきかもしれない。
先日蒼と伽代は一緒にダンジョンに入り、蒼は服装を完全にミスった。そのせいで伽代に迷惑をかけてしまったことを今でも悔んでいる。
迷惑をかけてしまったのに、伽代はもう一度ダンジョンに行こうと言ってくれたのだ。次に潜る時、絶対に足を引っ張るわけにはいかないと考えていた。
今日の蒼の目つきは真剣だ。伽代の足を引っ張りたくないという考えが、かつてないほどの真剣さを蒼に与えていた。
伽代に迷惑をかけた分だけ、モンスターを倒す。蒼の持つ引け目や、うしろめたさをゴブリンを倒すことで祓おうというのだ。多くの人はそれを八つ当たりと言う。
また、真剣ではあったが、しかし蒼は自分に酔っていた。自身の過去の行いの清算を行うべくダンジョンに一人踏み出す主人公、そんなイメージの自分に酔っていた。
八つ当たりのような自己陶酔のような、不明瞭だが明確に目的を持って、ダンジョンを進む。
昨日のように、いや地図を使うことで昨日よりも短い時間で扉の前までやって来た。
ひとつ深呼吸して手をかける。
ゴゴゴと重そうな音を立てて、重いという程ではない扉が開く。
警戒しつつ部屋に入る。
ボス部屋の広い空間には大きな玉座があった。そこに座るゴブリンは、普通のゴブリンよりも大きく筋肉質で強そう。
手元には桃太郎に倒されるタイプの鬼が持っているとげとげとした金棒。
蒼の気分は最高潮。悪を挫く主人公の気分。
気分である。




