17話:所詮はゴブリン
先週の試験の後は家に帰ってゆっくりと過ごした蒼。ここ一週間はダンジョンに潜りたいということばかりを考えていた。
試験で高評価を得た蒼は、堂々と胸を張って上層に潜ることができる。まあ必須の試験ではないので受けないで潜ったところでなんら罰則はないが。
本日はダンジョンの上層に潜る。
どのダンジョンでも最上層は1層から2層。チュートリアルと言われるほど比較的安全な場所。これは全てのダンジョンに共通している。
3層から、ボスと呼ばれる一際強いモンスターのいる場所までが上層と呼ばれる。上層の広さはダンジョンの大きさによって変わり、平均的には7,8層まで続いている。ゴブリンダンジョンは規模の小さいダンジョンなので、ボスは6層にいる。ゴブリンキングである。
その下が中層。さらにその下が下層。そのまたさらに下が最下層。全部人間が決めた定義だ。
重要なのは、上層は最上層よりも、中層は上層よりも、下層は中層よりも危険であるということ。
そしてわざわざこんな情報を調べてくるほどに蒼は本気であるということ。蒼はこの1週間弱、ダンジョンについて念入りに調べてきた。ダンジョンの上層に関する情報、ゴブリンダンジョンの上層に発生するモンスターの種類に対処法。
今まで未知を楽しむためにダンジョンに関する情報を制限していたのに今回こんなに調べたのは、父親にできるだけ危ないことは避けてほしいと泣きつかれたからだ。決してダンジョンに入れない鬱憤を発散するためにモンスターの映像を眺めたり、学校でぼっちなせいで休み時間が暇だったからとかではない。断じて。ほんまに。私はぼっちじゃない。
心の内でなぜか否定を繰り返した蒼は、一度深く息をついて思考を止めた。そして自動ドアをくぐり、だいぶ慣れてきた受付嬢の元に歩いていく。
もとより優秀な受付嬢である飯島は、慣れる慣れないに関わらず手際よく処理を進める。
いつも通りねと思いつつ話を聞いていると、蒼が上層に行くと言ったので遮る。
「ソロで行くの? パーティ組んでみない?」
飯島はパーティメンバーを探している冒険者の資料を見せる。
冒険者組合は冒険者版のマッチングサイトのようなこともやってくれる。もちろん探すのは恋人ではなく仲間だ。
蒼としては今パーティを組むつもりはない。まだ人見知りを克服できていないから。それに、以前パーティに誘ってくれた少女に申し訳ないという感情もある。
いえ大丈夫です、と口の中で小さく呟いた蒼を飯島は心配そうに見る。
「でも上層って思っている以上に危険だから」
ソロよりもパーティの方が何かあった時に安心なのは事実。それは生死に関わることにもなる。なあなあで折れるつもりはない。
蒼の為を思って説得しようとしている飯島と、人見知りゆえソロを希望しつつも自分の為を思って言ってくれている相手にNOを突きつけられない蒼。その二人の間に割って入る男がひとり。カッコつけおじさん杉野である。
「まあまあ、落ち着いて」
心配そうな飯島vs人見知り蒼vsカッコつけおじさん。ゴングの鐘は鳴ってないし今後鳴ることもない。
右腕で壁にもたれかかりつつ左手で顎を撫でる動作は、自宅の鏡の前で何十分もかけて導き出した計算されしカッコいいポーズ。
飯島は彼を横目で見た後、再び蒼の説得を開始する。説得する彼女を説得するべく彼は話し始める。
「大丈夫。彼女は上層をひとりで探索できるだけの戦闘能力を持ってる。それを見るための試験だろ? それに、合わない人間と一緒にダンジョンに潜る方が危険なときもある。パーティ探しってのはじっくり時間をかけた方がいいものなのさ」
今の言葉は彼女に効いたようだと確信した杉野は、ポケットからタバコの箱を取り出す。
「ここは禁煙です」
「わかったよ」
飯島に咎められたため箱をポケットにしまう。そして歩いてどこかへ行った。
杉野は喫煙者ではない。カッコいいから吸おうとしたことはあるが、煙にむせてしまって駄目だった。
さっき持っていたタバコの箱は、彼の奥さんのお下がりである。喫煙者である彼女が使い切って空になった箱を杉野は使っている。助言をした後にタバコを吸う場所を探して立ち去るという仕草が映画っぽくてカッコいいからだ。
タバコを取り出そうとしても周囲の人間に止められなかった時用に、中にはタバコとよく似たお菓子が入っている。そしてライターを忘れたフリで立ち去る。これぞ計算されし立ち去り方。カッコつけおじさんは伊達じゃない。
§
師匠の援護を受けた蒼。微笑を浮かべてやり過ごそうとしたのをやめて、頑張って説得を試みる。
このまま冒険者を続けるのであれば将来的にパーティを組むこと、ソロで中層に潜らないことの2つを約束し、ダンジョンに入ることを許可された。
蒼はダンジョンへ入る。
ダンジョンを進んでいると、先週ゴブリンを倒した場所までやってきた。
真っ赤な絨毯、シャンデリア付きの天井。壁や天井には所々装飾がされている。ゴブリンには勿体無いほど豪華だと思うとともに、よく見ると壁が剥がれていたり絨毯に解れがあったりと所詮はゴブリンか、なんていう感想も頭に浮かぶ。
通路としての幅は洞窟のときと変わらなかったりと、小鬼規格の場所であることは変わらない。
せっかくのお城なのに狭い通路。ゴーレムダンジョンを見習えよと思わなくもない。ゴーレムダンジョンは前後左右に広がる森だった。あの感じでお城の内装だったらどれだけ良い景色になるのか。
2層と3層の間の安全地帯、そこからずーっと一本道を歩いてようやく曲がり角にぶつかった。
分かれ道もない一本道が続いていたので、帰り道に迷う心配はなさそう。そう思って右に曲がった瞬間、目の前に十字路が現れる。
「ええぇ」
今右に曲がったばっかりじゃん。なぜ目の前に十字路があるのか。曲がり角から十字路まで、人ふたり分くらいの間隔しかないよ。
蒼はまだ馴染めていない、何でもありのダンジョンという場所。ここでは本当に何でもあり。例えば――真上にモンスターが現れたり。
嫌な音がして上を見上げた蒼は、ゴブリンが発生する過程を目撃する。
モンスターはダンジョンの壁から生まれる。その様はもはや生まれるといった表現は似つかわしくない。
壁から徐々に生えてくるゴブリン。体と壁の間ではミチミチと嫌な音を立てて肉が形成されている。ゴブリンの瞳はただひたすらに殺意を込めて、蒼をじっと見つめる。
天井ギリギリの位置の壁から発生していたゴブリン。完全に発生を終え、重力に捉えられる。
壁を蹴り、少し遠くにあったシャンデリアを掴む。そのまま器用にシャンデリアをよじ登った。
発生地点の真下で落ちてきたところを攻撃しようと待っていた蒼の魔の手から逃れたゴブリン。せっかく取った高所有利は手放さない。
上で攻撃のタイミングを伺うゴブリンと、見上げるしかない蒼。
しかし、ゴブリンに有利を取られてそのままにしている蒼ではない。
ゴブリン風情に見下された恨みを込めて、右手でナイフを投げつけた。投げナイフ22,000円税込み、初めての本領発揮。
シャンデリアに当たらないよう投げられたナイフは、見事にゴブリンの左肩に突き刺さった。何も考えずに唯一の武器を手放した蒼は、上から落ちてこなかったらどうしようと慌てる。
蒼が心配したようなことは起こらず、ナイフの刺さった衝撃でゴブリンは高所を手放した。地面に降りてきてすかさず距離を取る。元から何も持っていなかったゴブリン、これ幸いと左肩のナイフを引き抜き、構える。
私の武器を奪いやがって。
これには蒼も怒り心頭。
自ら武器を手放したことなど忘れて、ゴブリンへのヘイトを高めていく。
睨み合うゴブリンと蒼。ナイフ持ちのゴブリンが優勢か。
怒りはあるが、素手で武器持ち相手に飛びかかるほど冷静さを失っているわけではない。先に動いたのはゴブリンだった。
ナイフで突き刺そうと駆けてくる。
手の届く距離に来た瞬間、ナイフを奪い返す。そう考えながらゴブリンを睨んでいた蒼の脳内にひらめきが走る。
ひらめきに従い、即座に転移。
たった1mmの転移でもバランスを崩す。かつて蒼自身が経験したことである。練習で克服したことでもある。
初めてやってみたが、自分以外の生物を含めた転移は無事発動。蒼から見て1mm右に、一人と一匹は移動した。
生まれて初めての転移を体験したゴブリンは、未知の感覚にバランスを崩す。
サッカーやろうぜ、お前がボールな。
バランスを崩し地面に手をついたゴブリン、その頭部をきれいなフォームで蹴り飛ばす。
派手な音を立てて十字路の先に飛んでいくゴブリン。先行する頭部と引っ張られるようにしてその後を追う胴体。二度三度バウンドしてやがて止まった。
ボロボロなゴブリンにとどめを刺すべく頭部を踏み潰し、光になって消えていくのを見届ける。蒼は何気に、このモンスターが光になって消えていく光景が好きだ。風情がある、と思う。
上層だろうと所詮はゴブリン。同じ雑魚だったけれど、消えていく様子はより風情を感じる気がする。当社比20倍。
命の最後の輝きをしっかりと楽しんだ蒼は、飛んでいく最中にゴブリンが落としていたナイフを拾ってダンジョンの奥へと足を進めた。




