4.祭りと村人
村に旅人が来るのは珍しかった。村の子どもたちは、見慣れない旅の少年を遠目に見ていた。男のくせに可憐な顔をしていて、歳の割に落ち着いて見えた。
しかし彼は、教会に一泊して次の日には村を出たらしい。
「なんだか、もう一目会いたかったな」
村の少女は、ポツリと呟いた。聞いていた彼女の兄は、からかうようにおさげ髪をひっぱった。
「なんだ、一目惚れか?」
「違うわよ!」
少女は、顔を真っ赤にして否定した。違うのだ。確かに、村にはいない綺麗な男の子で、ドキドキしたけれど。何よりも、旅人の美しい瞳が脳裏に焼き付いていた。
あんなふうに何でもない景色を愛おしそうに眺めて、キラキラと目を輝かせる人なんて、村にも他のどこにもいないだろう。
「あの人が見ている景色は、どんなに美しいのかなって、思っただけよ…」
呟いた声は、兄には聞こえなかったらしい。落ち込んでいる妹を慰めるため、兄は明るい声を出した。
「元気を出せよ。せっかくの祭りの日だぞ。今夜は竜神様が姿を見せてくれるらしい」
村の大人たちが話していたことだ。妹は手に口を当てて驚いた。
「え?そうなの?私、怖いわ。恐ろしい姿をしているって、お医者様が言っていたでしょう?」
兄は気丈に応えた。
「あれは脅しているだけだよ。大丈夫、見に行こう!」
兄は妹の手を引いて走り出した。教会へ向かう道には祭り用の灯りが飾られて、ほんのりと明るい。村人たちも続々と集まっていた。
「あれ?あの人……」
常にはない雑踏の中、あの旅人のローブが見えた気がした。
「どうした?」
振り返った兄に心配そうに問われて、少女は首を横に振った。きっと見間違いだ。もう村を出たと聞いたのだから。
「ううん、何でもないの」
そのとき、わあっと歓声があがった。
「竜神様だ!」
「竜神様がいらっしゃったぞ!」
にわかに盛り上がるが、人の壁に塞がれて、少女には竜神様の姿が見えなかった。兄も同じようで、ぴょこぴょこと背伸びをしている。
何とか人の隙間から覗き見た青年の姿は、一目で竜神様だと分かった。確かに恐ろしいほど美しく、不気味な翼を携えている。
竜神の表情を見て、少女はぞっと血の気が引いた。昏い瞳はどこか虚ろで、感情が読み取れない。とても人には見えないので、なるほどこれが神様なのだと納得した。
しかし、突然、竜神様は目を見開いた。何かを見つけたように焦点が合い、鈍い鼠色の目が、白銀のように輝いた。
あの旅人のまっすぐな目と重なって見えた。多分、何か美しいものを見つけたときの目。
視線を追うと、小柄な人影が動いた。少女が、あれ?と思う間に、竜神の前に人が躍り出ていた。
騒ぐ村人たちは異変に気づいているのか、いないのか、よく分からない。ただ、人垣の向こうに、神官様の焦った顔が見えた。
次の瞬間、辺りが暗闇に包まれた。村人の群衆に、不安のざわめきが広がる。風もないのに、灯りが全て消えてしまったのだ。
何かが羽ばたく音がした。
大きな、鳥?
「待ってくれ!置いていかないでくれ!」
暗闇の中で、神官様の憔悴した声が響いた。




