3.神官と竜神
男が神に跪いたのは、実家の男爵家が没落したからだった。
神殿の厳しい規律の中で青春時代を過ごし、一生を神に捧げたために妻子を持つこともできず、清貧な暮らしを強要される。
神官セシル・バトラーは、三年前に辺境の村に派遣されたとき、このまま出奔してしまおうかとすら考えた。けれど還俗してあくせく働くのは性に合わないし、貢物で暮らせる聖職は気に入っていた。だから結局、地味な日々が続くのだと辟易していた。
そんな日々が、ひとりの少年を拾った日を境に変わる。
ルクス村に赴任したばかりの嵐の夜、教会の中庭に何かが落下する激しい音がした。雷か、風に飛ばされた木の枝だろうと気にしなかった。
しかし、翌朝目にしたのは、中庭に倒れた少年の姿だった。いや、ただの人ではない。鱗に覆われた翼が背に生え、銀髪が神々しく光っていた。
神官バトラーは歓喜した。もしや自分には秘めたる神通力があり、神の御霊を人の体に降ろして、天から呼び寄せてしまったのではないか。そうに違いない。
すぐに村の医者を呼んだ。少年の姿を恐れる医者を叱責し、治療をさせた。
一命をとりとめた十代半ばの少年は、「自分はリュウジンだ」と語った。
古くから竜神を信仰するルクス村だ。村人たちの騒ぎようはすごかった。娘や子どもが生贄として差し出され、貢物が教会に積まれた。
竜神は、それらを喜ばなかった。全て要らないと言う。となれば、神官である自分のものだ。ありがたく頂いた。同時に、この高潔そうなガキと利益を分け合うことは不可能だと知った。それではどうにも具合が悪い。
バトラーは、神の装束だと言って竜神の翼に鎖を巻いた。治療だと称して右脚の腱を切った。
竜神は、抵抗も非難もせず、粛々と受け止めていた。だから、やはり自分は正しいのだと自信を持った。
唯一、竜神がうるさいので生贄はやめさせた。村人たちは不安がったが、バトラーとしても働き手が減るのは困るので、うまく言いくるめた。
竜神はバトラーに礼を言った。神に感謝されるのだから、私は善良で敬虔な神官なのだろう。
そうして、五年に一度の竜神祭りの日が訪れた。竜神が人の姿で現れてから、初めての祭りだ。
村人たちは作物や酒を用意した。生贄はなしだと言われたので、人形や花が祭壇に並べられた。
バトラーは、祭りの日に竜神を村人たちの前に連れて行く予定だ。そこで竜神の片翼を落とす。彼が天に帰ってしまわないように。ずっと側にいて幸運をもたらしてくれるように。
バトラーは、輝かしい未来を想像して心を躍らせた。




