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17.呪いと魔法と恋心

 なぜこの人はこんなにも真剣なのだろう。なぜこの鱗が気持ち悪くないのだろう。なぜそんなにも竜を愛しているのだろう。


 アンディアナは、間近にあるオリービア伯爵の顔をまじまじと眺めた。アイスブルーの理知的な瞳は、ただただ研究対象として自分を、否、自分の鱗を見つめているようだ。

 本日は伯爵の要望でアンディアナの鱗の枚数や範囲を記録していた。

 室内には侍女のデイジーと、研究者と研究対象だけ。静かだった。ユラやサブリナがいれば気が紛れるのに。

「呪いだとしたら」

 アンディアナは沈黙に耐えかねて口を開いた。

「私の呪いとクレイ殿下の呪いは、違うものではないですか?」

 かねてより考えていたことだ。オリービア伯爵は目線を合わせて首を傾げた。少し幼なげな仕草が、なんだか可笑しかった。

「鱗が広がることと竜になることでは症状が違う、と?」

 アンディアナは頷いた。自分の鱗が全身に及んだとして、体そのものは変わらないはずだ。一方で、クレイは竜の体と人の体を行ったり来たりする。

 オリービア伯爵はゆるりと姿勢を正した。顔の距離が離れて、アンディアナは少しホッとする。

「私も詳しくないですが、カークによると、同じ魔法でも当人の魔力量によって効果が異なるらしいのです。クレイ殿下は高い魔力ゆえに竜化することができる。コントロールも可能だ。しかし貴女の魔力量は少ないので、鱗が顕現するくらいの効果で止まっているのでしょう」

 なるほど、とデイジーが感心したように呟いた。

 アンディアナはもうひとつの疑問を口にした。

「では、呪いと魔法の違いは何ですか?」

 今度も伯爵は淀みなく答えた。

「明確な違いはありません。悪意の有無とでも言いましょうか。貴方と殿下に予想されるのは、悪意を持った何者かが、未知の魔法をかけてきた、ということです。それを呪いと呼ぶ」

 アンディアナは生徒のように素直に相槌を打った。

「未知の魔法なら証拠を見つけることすら難しい。犯人を絞ることはできないでしょうね」

 なにせ、王族に近しい自分も王族であるクレイも、狙われる理由がありすぎた。容疑者は国内外問わず無数にいることになる。次期国王のコンラッド殿下が無事であることこそ喜ばしいかもしれない。

 オリービア伯爵は、控えめに首を横に振った。

「これもカークに聞きましたが、魔法の遠隔操作ができるのは伝説級の魔法使いくらいで、基本的には当人に接触しなければ魔法をかけられないそうです。

……そうか。であれば、クレイ殿下が発症前に王子として接触した者が怪しいでしょうね。

ユーグラスでの歓迎を兼ねた夜会。あの時の参加者たちを探ればいい。国外からのゲストもいたので、絞りきれるかは分かりませんが……」

 話しながら情報を整理するように、伯爵は顎に手を当てている。

 アンディアナは、す、と自分の頭が芯から冷えて回転し始めたのが分かる。呪いがかけられてから、はじめて解決の糸口が掴めたのだ。この上ない手がかりだ。

 すぐに侍女を振り返った。

「デイジー、サリーに伝えて、その夜会の参加者リストを入手してください。私も発症した頃に接触した人物を洗い出します」

 デイジーは、生真面目な顔で了承する。代わりの侍女を手配すると、すぐさま部屋を飛び出して行った。

 再び訪れた沈黙に、アンディアナは視線を落とした。

 伯爵と目を合わせるには、なぜか勇気が必要だった。彼はまた、何も言わない。

 ややあって、アンディアナが顔を上げると、伯爵は静かに書類を見ていた。彼の研究の成果がそこにあるのだろう。竜と向き合う彼は、全てを賭けたように真剣でもあるし、子どものように無邪気にも見える。

 アンディアナは、その横顔に問いかけた。

「オリービア伯爵、貴方はなぜそんなにも竜が好きなのですか?」



「ウィルさん」

 午後、書庫にひょっこりと顔を出したユラに、オリービア伯爵は軽く手を上げて応えた。

「やぁ、ユラ。お茶会はもういいのかい?」

 恒例の女性陣のお茶会は、本日は中庭で行われたらしい。

 カークとチカーシュはサリーに呼び出されていて、書庫にいるのはオリービア伯だけだった。

「うん、だからもうすぐアンディアナ様もこっちに来ると思うよ」

 ユラは頷いて、オリービア伯の座るソファに近づいた。

「ねえ、ウィルさんは何でそんなに竜が好きなの?」

 伯爵がユラを見上げると、目が合った彼女は困ったように笑った。屈託のない彼女の、そんな笑顔は初めて見た。

 少し心配になったが、それよりも彼女の問いに心が引っ張られていた。今日はなぜか、それを聞かれるのが二度目だったからだ。

 一度目を思い出して、同じように答えた。

「理由なんてないな。ただ好きだから、好きなだけだよ」

 彼女たちの求める答えかどうかは分からない。しかし、オリービア伯にとっては何よりの本心だった。

 幼い頃からずっと竜が好きで、竜人に憧れた。

 好きが長じてウォールート国との外交に関わることができて、クレイ殿下に出会って、ウォールートに来れた。

 そしてアンディアナ嬢に出会った。

 彼女を初めて見たとき、自分はこの人に出会うために竜を愛してきたのではないかと、思った。

 疲労と興奮で混乱した頭のせいで、そんな血迷ったことを考えたのだろう。そう思っていたが、彼女と顔を合わせるたび、否定しきれない自分がいる。

「……ところでユラ、私も聞きたいことがある。相談してもいいだろうか」

 ユラは黙って頷いた。オリービア伯は、困惑したように口を開いた。

「私は、どうしてしまったのか、アンディアナ嬢を前にすると、うまく話せない。いつもなら言葉が止まらないはずなのに、彼女に問われるまで口を開けない。どうすればいいのだろうか」

 ユラは目を丸くしたあと、眉を下げて笑った。

「あはは。ウィルさんの場合、うまく話せないくらいがちょうどいいかもしれないけど。それ、正直に本人に伝えてみたら?アンディアナ様は、笑ってくれると思うよ」

 ユラは、少なくとも自分よりは彼女の人となりに触れている。ユラが言うなら信じられる気がした。

「きっと大丈夫だよ」

 優しく微笑むユラに勇気付けられる。オリービア伯はそっと息を吐いた。

「ありがとう」

「うん。よし、じゃあ私、行くね。今日から騎士団の鍛錬に混ぜてもらうんだ。頑張らなきゃ」

 張り切るように腕を回した彼女は、今日も元気だ。しかしその目の縁が赤くなっているように見えて、伯爵は首を傾げた。

「ユラ?」

「……何?」

「大丈夫か?」

 ユラは口を開きかけて、言葉になる前に飲み込むかのように閉じた。

 そっと控えめに笑って、先ほどと同じ言葉を繰り返した。

「大丈夫だよ」

 オリービア伯が返事をする前に、ユラは踵を返した。

「ありがとう、ウィルさん。じゃあね」

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