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14.これから

 翌日からクレイの竜化現象の調査が始まった。しかし、本人不在の状態で、だ。

 コンラッド王子は「書庫の文献は好きに見ていい」と許可だけを置いて、クレイを連れて行ってしまった。数年ぶりの帰還のため挨拶回りに追われている、とサリーが教えてくれた。

 書庫に取り残された一行は、黙々と文献に目を通しているが、有力な情報は得られていない。そもそもウォールート国の文献は、ユーグラス出身者には読み解くことすら難しいものが多かった。

 頼みのオリービア伯爵は、窓際の席に佇んで不気味なくらい静かに外を眺めている。気を失って目覚めて以来、この調子だ。

 仕方なく、調査はほとんどカークに一任されていた。ノックス家は魔法使いの家系、と言っていたとおり、魔法の基礎知識をもち、古代文献も難なく読んでみせた。ただし、文句を言いながらだが。

 チカーシュとユラは彼のサポートとして、せっせと文献を整理している。

 サブリナは、金勘定以外はろくな教育を受けていない。役に立てないなりに、児童書や絵本などの簡単な資料を眺めて過ごしていた。呪い、という言葉だけが、重く頭の中心に残っている。


「というか、アンタら竜化について調べるために来たんだね。結婚の許しを得るためなのかと思ってた」

 軽食が運ばれてきて、休憩を挟んだときだ。ふとカークが言った。

「結婚って誰の?」

 呑気に聞き返したサブリナに、カークは不思議そうに応えた。

「アンタと殿下」

「……違うけど」

「あれ。じゃあこれからどうするの?殿下は国に残るとして、アンタは?」

 ユラとチカーシュは口を挟みかねて、少しだけ目を逸らした。騎士たちは立場上なのか、あまり深く踏み込んでこなかった話題だ。

 サブリナは微妙な空気を感じつつ、成り行きを反芻しながら口を開いた。

「もともと、竜化する前からウォールートを目指す旅だったよ。でも竜化したあと、これからもクレイと一緒に旅をする約束をして……。だけど、そうだね。国へ帰ってきた理由は聞いていないし、これからどうするかは、話し合っていないね」

「ふーん」

 容赦なく踏み込むカークと、まるで他人事のように話すサブリナに、騎士たちの方がドギマギしていた。彼らは貴族社会に生まれ育ち、そこから出て実力の世界で戦っている。それでも身分差によるさまざまな障壁は身に染みて知っていた。

「騎士のアニキは?殿下がウォールートに残るならどうするの?旅に出るなら着いて行くの?」

 カークは矛先を変えるように、チカーシュに訊ねた。

「さあ。少なくとも旅に出るなら俺は解雇されるんじゃないか」

「それでいいわけ?」

「この平和な世で忠誠を誓ったところで、活躍の機会は少ないだろうからな。いつどこにいても呼ばれれば応じて必ず助けになる。常に味方でいる。それくらいがアイツも気楽なんじゃないか」

 カークはもう一度、「ふーん」と言いながらも、内心では騎士の忠誠心に驚いていた。ほんの成り行きや冗談混じりで結ばれた主従関係だと聞いていたからだ。案外、チカーシュの中で大きな転機だったのかもしれない。

「伯爵は?」

 オリービア伯爵は、話しかけられても反応しなかった。黙って窓の外を眺めるだけで、軽食には口をつけていない。いよいよ心配になる。

「……廃人になったわけじゃないよね?」

「やめてよ。縁起でもない」

「もともと変なところはあるから、少し様子を見よう……」

「そうだね……」

 ユラはこっそり伯爵の視線の先を辿った。王宮の美しい庭が広がっている。咲き乱れる花は薔薇だろうか。こんなに上空でも花が育つのが不思議だ。眺めていると、ふと庭の隅にパラソルが出ていることに気づいた。パラソルの下には小ぶりのテーブルと椅子があり、人影が見える。あれは……。

「アンタは?」

 カークのぶっきらぼうな声で、意識が引き戻される。ユラは、ムッとして視線を窓の外から屋内に戻した。

「私は任務が終わったらユーグラスへ帰るよ。今までもこれからも、私は変わらずあの国の騎士だから」

 ユラもぶっきらぼうに言いつつ、反射的に出た言葉が自分の何よりの望みだと気づいて、少しだけ驚いた。

 自分はユーグラスの騎士であることが何よりの誇りで、大切なことで、揺らがない軸のようなものだ。だから、私は変わらない。恋をしようが、失恋しようが。

 ふと可笑しさが込み上げて、愉快な気持ちになった。人から言われれば否定してしまうが、結局のところ自分は脳筋バカなのかもしれない。こんなにも単純だ。オトメゴコロ?そんなもの、剣を振り回すのに邪魔で、仕舞い込んでしまった。

「ねえ、サブリナ。手紙を書いてよ。旅の途中で気が向いたら送ってほしいな」

 突然明るくなったユラの表情をきょとん、と見つめていたサブリナは、弾けるように笑った。

「もちろん!ユラもたまに送ってね。私がどこにいても届くように、冒険者ギルドに根回ししておくから」

 きゃっきゃっとはしゃぐ女性陣を尻目に、チカーシュはカークを盗み見た。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。ユラの元気がない様子を、こいつなりに気遣っていたのかもしれない。そう思うくらいには、素直ではないカークのことを理解しつつあった。

「で、お前は?」

 と、訊いてみる。

「俺は殿下が働き口を探してくれるらしいけど」

「お前の希望はないのか?」

 カークは陰のある顔で、自嘲気味に笑った。

「ないよ」

 何も言う気は無いらしい。チカーシュは悪戯な気持ちで笑った。

「殿下に進言しておいてやるよ。お前は肉体労働が好きなんじゃないかって」

 ふと、カークは力が抜けたように、情けなく肩を落とした。

「勘弁してよ」

 何となく年上の余裕を感じて、チカーシュには敵わない気がする。

「ふ。竜化の調査には、魔法に明るいカークが不可欠だったと言っておく」

 調子のいい兄貴分に、カークもやれやれと答えた。

「まだまだ働かせる気だね。人使いが荒いよ」

 久しぶりに和やかな空気が流れたとき、ガタンと大きな音を立ててオリービア伯爵が立ち上がった。

 皆の視線を集める中、伯爵は顔色を青くさせ、赤くさせ、何事か呟いた後、大急ぎで書庫を出て行った。

「え、ウィルさん!?」

 チカーシュとサブリナは追いかけるべきか、放っておくべきか、逡巡している。

 カークは頭の後ろで腕を組み、ユラを見た。彼女は何かに気づいたように、そっと窓の外を覗き込んだ。人影がパラソルから出て、書庫のある塔に向かって来るところだった。

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