13.邂逅
「夢にまで見た……」
客人用の控えの間に通されたときには、オリービア伯爵はすでに泣いていた。彼の感涙にむせぶ様子を見て、竜人国の衛兵や侍女たちは引きつった笑顔を浮かべている。
伯爵自身も興奮しすぎている自覚はあるようで、涙を拭いながら謝罪の言葉を言っていた。
「うう、ぐすっ……。すまない。いや、クレイ殿下に慣れるにも時間がかかったのに。抑えきれない。感動が止まらない。私の中に幼い私が現れて囁くのだ。この世界は夢、現実じゃない、現実には竜人の国なんてなく、私は雪山で死にかけている……」
興奮のせいなのか、はたまた標高や寒さのせいなのか、伯爵の様子はいつにも増しておかしい。要領を得ないことを呟いてばかりだ。
「迎えの人たちが来てからずっとこの調子で……。殴ってでも寝かせて黙らせた方がいいかな?」
と、ずっと一緒にいたユラは困った様子だ。
「暴力女」
ぼそりとカークが呟く。
「……何?私は騎士だから必要なら武力行使も厭わないってだけ」
「まあまあ」
睨み合う両者の間にチカーシュが割って入る。
カークとユラは仲間内ではすっかり"混ぜるな危険"の認識になってしまった。
オリービア伯爵の挙動に大きな不安が残るままだったが、コンラッド王子を囲んだ晩餐会は概ね順調に進んだ。
竜に狂信的な愛を寄せる伯爵の熱弁に、コンラッド王子はおおいに笑っていた。お気に召したならよかった、と周囲はホッとした。
デザートも終わり、そろそろ散会という空気を壊すように、コンラッドが口を開いた。
「オリービア殿、そんなに竜人が好きなら、いいゲストがいるんだ。この場に呼んでも構わないか?クレイの竜化について調べるために城に招いていたんだ」
コンラッドの合図を受け、控えていたサリーが顎を引いて、扉の外に何ごとか指示を飛ばしに行った。
コンラッドはもったいぶるように言った。
「最古の竜の血を引く一族、その最後の娘。アンディアナ・ウォルター嬢だ」
クレイは小さく息を呑んだ。
「クレイは知っている人?」
サブリナの問いかけに、クレイは慎重に頷いた。
「ウォルター家は古くからの名門貴族です。アンディアナ嬢は、長らく王妃候補……つまり、コンラッド兄上の婚約者でした。ですが、病気を理由に辞退され、今は領地で療養されている、んですよね?」
クレイは兄の思惑を測りかねていた。病気療養中の元婚約者を王城に呼び出す意味が分からない。しかも竜化現象を調べるために?
クレイの疑問にコンラッドは歯切れ良く答えた。
「非公式だが、実際は健康そのものだ。療養と偽って彼女が社交界を去ったのには理由がある」
サリーが扉の向こうでウォルター嬢の訪いを告げた。コンラッドが応じると、扉が静かに開かれた。
現れたのは、ピンと背筋が伸びた、隙のない完璧な淑女だった。首と手足が隠されたドレスのデザインは、貞淑な美しさを際立たせている。何より、足音ひとつさせず、見惚れるほどに優雅な挙措だった。
「よく来てくれた、ウォルター嬢」
コンラッドの声には親しみが感じられる。彼女は王子に対する礼をとったあと、サブリナたちをゆったりと見渡した。
彼女の頬と額には、竜の鱗があった。おそらく、ドレスに隠された首や手足にも。それは彼女が背負う美しいテールグリーンの翼と同じ色だ。
翼にあれば美しい色なのに、彼女の白皙の肌には不釣り合いで、やけに禍々しく見える。
皮膚に現れたその鱗こそが、彼女が社交界から姿を消し、今日この場に竜化現象の解明のために呼ばれた理由なのだろう。
静まり返った食事会場で、アンディアナ・ウォルターが口を開きかけたときだ。
ガタリ、と音がした。
アンディアナは音のした方を素直に見た。オリービア伯爵が勢いよく立ち上がった音だった。
彼は、さっきまでの饒舌が嘘のように言葉が出てこなかった。何をどう言っても、陳腐になる気がした。
だから、顔を真っ赤にしながら、熱に冒されたように、一番素直な言葉に心を込めた。彼女を、彼女だけをただ見つめて。
「美しい…………。なんて、美しいんだ」
アンディアナは目を丸くした。
コンラッドとクレイとサリー、つまり彼女を昔から知る者は、その表情の変化に驚いた。王妃教育のたまものか、元来の性格か、彼女は表情も感情も完璧に制御できる人だったからだ。
「……ああ、私はきっとこのために……」
「ウィルさん?」
気遣うようにユラが声をかける。
オリービア伯は、ブツブツと呟いた後、正面から地面に向かって倒れ込んだ。あまりの勢いに、誰も体が動かなかった。
「ちょ、ウィルさん!?」
「伯爵!」
「大丈夫か!?」
「サリー、医者を呼べ!」
慌てる面々をよそに、伯爵は満足げな顔で気絶をして、結局朝まで目覚めなかった。
医者の診断では、疲労が溜まったのだろう、とのことだ。




