9.空を飛んだ日
クレイが竜の姿になって見せた時、カークの反応は驚きよりも呆れが大きく見えた。
「アンタら、つくづく変な一行だね」
と、苦笑いをする。
「驚かないってことは、竜化について何か知ってるのか?」
サブリナが問いかけると、カークは首を横に振った。
「竜なんて初めて見たし、竜人が竜になるなんて聞いたこともない。でも変身する時の光は魔法だろ?それならまあそういう魔法もあるのか、って思うだけだね」
カークの言葉はもっともらしく聞こえる。
「ただ、自分では元に戻れないんです」
とクレイは説明しつつ、チカーシュに手を差し出して実演して見せた。手の甲へのキスと共に人の姿に戻る。
「なるほど。王子の呪いが姫のキスで解かれるわけだね」
「やめろ……」
チカーシュをからかうように笑ったあと、カークはふと真剣な顔を作った。
「もし呪いなら、竜人に呪いをかけるなんて、よほどの魔力がないと無理だ。犯人は竜人か大魔法使いだね」
「そういうものですか?」
「アンタ、王子のくせに魔法のことも知らないの?」
「いやぁ、全くもってその通りです……」
照れたように頭をかくクレイに、カークは毒気を抜かれてしまう。ごまかすように、
「まぁ、ノックスは魔法使いの家系だからチビの頃に叩き込まれただけで、普通はそれくらいの認識なんかもな」
と唇を尖らせた。
カークに食ってかかったのは、意外にもユラだった。
「じゃあ、あなたも呪いをかけられるってこと?」
珍しくトゲトゲしい口調に、サブリナたちは目を丸くした。
「……そうだね。例えばアンタみたいな直情馬鹿は呪いをかけやすいよ」
と、2人は睨み合ってしまった。
「なーんかピリピリしてるな」
チカーシュがボヤくと、サブリナは忍び笑いをした。
「旅の始めは、チカーシュがピリッとさせた空気をユラが和ませてくれてたのにな」
「え、そうだったか」
自覚のなかったチカーシュはショックを受けた。元来の人見知りのせいで、初対面の人間には気を張って怖がらせてしまうことが多いのだ。
「チカーシュはマイペースですからねえ」
と、マイペース代表のクレイが言う。チカーシュはガックリと肩を落とした。そもそもクレイは意図的にマイペースにしている節もある。
「それにしても、ユラが敵意を見せるのは珍しいな」
サブリナにとっては、ユラは優しい姉のような存在だ。カークへの態度には違和感があった。
「こればっかりは相性だから仕方ないな」
生真面目なユラと軽薄そうなカークでは、互いに分かりあうには時間がかかりそうだ。
「サブリナはカークと話しましたか?」
「ちょっとだけね。『アンタが王子の愛人?』って聞かれたから『そんな感じ』って答えたよ」
チカーシュはギョッとした。クレイの表情を見るのが怖かった。聞かなかったことにしたい。
「ふむ。……ウィルさん、旅の間、カークの体調管理をお願いできますか?彼はまだ本調子じゃないですから」
クレイの言葉に、押し黙っていたオリービア伯爵が飛び上がった。
「え!?いいのですか?」
「はい。毎日観察……いえ診察してやってください」
クレイはにっこりと黒い笑顔を浮かべた。
「……伯爵は医者じゃないぞ」
と、チカーシュは一応突っ込んでおく。彼はどちらかというと研究者だ。そして研究対象の竜人を偏愛している。
「私にお任せあれ。彼の爪の先から内臓まで、しっかり調べて、ばっちり健康にしてみせましょう」
伯爵の目が輝いた。
カークは謎の寒気に襲われて、首をすくめる。
「え?俺、解剖される?」
と、顔を青くした。
「よかったね。ヒョロヒョロなんだからしっかり筋肉つけなよ」
「やけに突っかかっるね。女騎士」
またユラと口論になる前に、クレイが間に入った。
「まぁまぁ。息が合わないチームは、旅では命取りになるそうなので。仲良くしろとは言いませんが、喧嘩は駄目ですよ」
ユラは小声で謝罪し、カークはやれやれとそっぽを向いた。
一部でギクシャクした雰囲気を纏いながらも、翌日から一行は竜化したクレイの背に乗って移動を開始した。
まずは山頂を目指す。そこから浮島へは、クレイとカークがそれぞれ誰かを抱えて飛ぶ予定だ。
「わ、わた、私は竜の背にのっ、乗って、空を……!」
クレイの背の上で、オリービア伯爵は滂沱の涙を流していた。溢れた涙と鼻水が、風で後ろへ流れていく。
「いい加減泣きやみなよ、ウィルさん!きたなっ」
縦一列で跨るように座っているせいで、伯爵の涙と鼻水を浴びたのはサブリナだった。サブリナはクレイに抱えられて何度か空を飛んだことがある。
「でも、これは……!ははは、俺でも感動するな」
「うん……。空、飛んでるなんて……」
チカーシュとユラも、伯爵ほどではなくとも感激していた。
「そっか、人間は飛べないもんね」
カークは呆れたように、はしゃぐ騎士たちを眺めた。かつてじいさんのことを抱えて飛んでやったら「危ない」と怒りながらも喜んでいたな、と思い出す。
カークの目の前では、ポニーテールが揺れている。ユラが横を向いた拍子に、キラキラと水分の多い瞳が輝いて見えた。
「うわっ」
突風に煽られて、ユラの上体が揺らいだ。カークはとっさに肩を抱き留める。
「あぶねーな。おい!王子!スピード落とせ!」
と口汚く指示をする。竜クレイは、
「すみません!大丈夫ですかー?」
と速度を緩めた。
「殿下に対してその口調……」
ユラの責めるような声色に、カークは慌てて手を離した。
「はいはい。すんませんね」
女騎士はなぜか自分を目の敵にしている。何か恨まれるようなことをしただろうか?
「……助けてくれたのはありがとう」
ユラは前を向いたまま、ポツリと呟いた。
素直じゃない。可愛くない。
背を向けられたカークは、揺れるポニーテールを眺めながら、輝くユラの瞳を反芻するしかなかった。
頂上付近に着いたのは夕暮れが近い頃だった。
長時間竜化したままでいるのは初めてで、クレイは疲弊していた。
「竜化しなければ一日中でも飛んでいられるんですけど……」
と天幕に寝転がっている。
「魔力を使うから疲れるのかな」
サブリナはクレイに手拭いを渡して介抱した。
その隣にはカークが寝転がり、オリービア伯爵が付き添っている。
「うん、回復が早いな。竜人はやはり体の作りが違うのか。衰弱して見えたのに、2、3日でここまで元気になるとは」
伯爵は目を輝かせてブツブツと呟きながらも、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「それで?明日にはもうウォールートへ入国する訳だけど。誰を連れて行くか決めたの?」
カークは横になったまま、顔だけをクレイに向けた。
クレイとカークがそれぞれ1人を抱えて飛ぶなら、定員は2人だ。
クレイは2人の名前を伝えた。




