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8.出会いの行く末

 目を覚ましたのは、朝日が眩しかったからだ。

 ここはどこで、何をしていて、今はどうすべきなのか。

 意識が明瞭になるほど、頭は混乱した。

 俺は人を襲ったはずだ。

 限界だった。もう何ヶ月も木の実で飢えを凌いできて、生活そのものよりも、この先もただひとりで食い繋ぐだけの日々が続くことに絶望していた。

 何も考えなかった。何も考えられなかった。

 毎日じっと夜が明けるのを待ち、朝が来るのを見つめた。

 自分が何者だったのか、手のひらを這う蟻と自分の何が違うのか、分からなくなっていた。


 そんな時、久々に生きている人間を見た。ありえないはずだが、竜人もいた。

 助けを求める方法なんて知らない。

 だから奪うしかないと思った。

 返り討ちにあい、このまま死ぬのも悪くないと思った。視界の隅に捉えた白銀の光は、天からの使いかもしれない。


 だから、覚醒するとともに襲われた身体の痛みや慣れた空腹感には、辟易した。

「俺が何したってんだ……」

 掠れた声でつぶやいた。生まれてこのかた、何度思ったことか分からない。

「よかった。生きてますね」

 天幕の隙間からひょっこりと顔を出したのは、やけに小綺麗な男だった。白銀の髪と翼。昨日襲った相手だ。

 それなのに、「よかった」?

「……アンタ、のーてんきだね」

「ふふ、よく言われます」

 にっこりと微笑んでみせた目の前の男が、ただの能天気ではないことくらい分かる。よくよく思い出せば、たぶん幼い頃に垣間見たこともあった。2人いた王子のどちらかだ。

「下界にアンタみたいな大物がいるなんてね」

「大物?」

「とぼけちゃって。アンタ、王族だろ」

「あなたはノックスですね」

 横になったままの男を優雅に見下ろす眼差しは、不思議なほど優しい。男は素直に答えた。

「うん。10年前に一族は処刑されたけど、俺だけは子供だったから流刑ですんだ。命を救ってくれて感謝してるよ」

「……」

「皮肉じゃないぜ。本当さ。人間の老人に拾われて育ててもらったんだ。貴族の生活より俺の性に合ってたよ」

 本心だった。山で拾った竜人の子供を不気味がらずに1人で育ててくれたじいさんこそが本当の親だと思っている。

「その方は今は?」


 ーーーなぁ、カーク。生きてりゃそのうち、とんでもない出会いがあるもんだぞ。俺なんてずっと1人だったのに、こんな歳になってようやくお前に出会えたんだ。お前もいつか、運命に出会う日が来るさ。

 

 よく晴れた日の木陰が好きな人だった。

 2人で畑作業をしていると、すぐに木陰で休み始める。怒って働かせようとすると、いいじゃねえかと唆されて、結局2人で昼寝をするはめになった。

 ぐうたらで面倒くさがり屋。だから山で1人で暮らしていたそうだ。

 そんなじいさんと2人きりなのに、ウォールートにいた幼少期よりずっと賑やかな10年だった。

 数ヶ月前、じいさんは木陰でひと休みするように眠りについた。


「死んだよ」

 ぶっきらぼうに答えると、王族の男は枕元に腰を下ろした。

「行き場がないなら、私たちと一緒に来ませんか?」

 耳を疑った。

 弾かれたように顔を上げると、男は変わらず貴族的な微笑みを浮かべていた。

「ウォールートに行きたいんですが、ちょっと人手が足りなくて」

「……それをノックスに言うかね」

 国を追い出された身だ。帰れるわけがない。

「あなたにノックスとしての矜持があるなら諦めました。でも、違うでしょう?」

 諭すように言われる。図星だった。

 歳の離れた兄たちにはいじめられた記憶しかない。両親に可愛がられたことはなく、育ててくれたのは乳母や使用人たちだった。一族の中で自分は最も価値がない存在だったし、その全員が結局処刑された。

 何の思い入れもない。復讐なんてとんでもない。そんな子供だったから極刑も免れたのだろう。

「あなたが望むならウォールートで家や働き口を紹介します。ある程度の身分も用意できるでしょう。ウォールートで暮らす気がないなら、ユーグラスで都合をつけます」

 それは願ってもない提案だ。そしておそらく、拒否権は元からない。断った罪人をほったらかして行くほど能天気ではないだろうから。

「……協力する。二度と刃を向けないと約束するから、俺を一緒に連れて行ってくれ」

 ここで終わりにすることもできた。けれど、この王族はチャンスを与えてくれると言う。それならば、もうしばらく生きてみるのも悪くないと思った。

 じいさんの言葉どおり、いつか今日の日のことを、とんでもない出会いだったと言っているかもしれない。


「自己紹介がまだでしたね。私はウォールートの第二王子クレイ・クロウリーです」

「俺はカーク。ノックスじゃない、ただのカークだ」

 クレイが差し出した手をカークは握り返した。そのままクレイに支えられて体を起こす。

 さて、とクレイは両手を合わせた。

「あなたを育ててくれた方のお墓はありますか?」

 カークはキョトンとした顔で曖昧に答えた。

 じいさんの遺体は木の下に埋めて適当な石を墓石代わりにした。墓というには簡素で、どう答えればいいか分からなかったのだ。

「私が飛ぶので案内してください」

「え?」

「ということで、チカーシュ。すみませんが行ってきます」

 クレイが天幕の外に声をかけると、チカーシュが顔を覗かせた。

「……まあ、そいつもそんなフラフラの体じゃ悪さはできないだろ。朝飯作って待ってるから、さっさと帰ってこい」

 カークを一瞥して、無愛想にそう言う。

 護衛騎士の許しを得たので、クレイは意気揚々とカークを持ち上げた。やはり軽い。しばらく碌なものを食べていなかったのだろう。

「おいおいおい?」

「方角はこっちでいいですか?」

 狼狽えるカークを無視して飛んだ。

 観念した彼がポツポツと話す情報を元に上空から探すと、山中に一軒の家と畑が見つかった。

 降り立つと、畑は荒れていた。ひと気がないからか、家もずいぶん朽ちて見えた。

「……1人で住むには、ここには思い出が多すぎたんだよ」

 カークは枯れた植物を握りしめると、言い訳をするように呟いた。

「立派な木ですね」

 クレイは畑の横の木に手を添えた。じいさんの休憩場所だった木だ。その根元に、コロンと丸い石を建ててある。

「あなたの恩人に祈らせてください」

 カークが頷くと、クレイは石の前に跪いた。簡素な墓に静かに祈っている。

 それは神々しい光景にも、何気ない日常風景にも見えた。

「あなたの大切な息子さんをお借りしますね」

 クレイの囁く声が風に乗ってカークの耳に届いた。カークは耳がいい。クレイはそのことを知らない。

 だからきっと、カークに聞かせる気のない言葉だったと思う。

 カークはクレイの隣に腰を下ろした。

「じいさん、行ってきます」

 さわさわと風に揺られる木の枝は、まるで笑っているみたいだった。

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