7.黒い竜の正体
長身痩躯の男の翼は、夜の闇に溶け込んでいる。
男は同族の首筋にナイフを当てたまま、周囲の人間を見まわした。
顔を強張らせる小柄な少女?少年?に脅威はない。険しい顔の若い男女は武人らしい身のこなしだ。学者風の男は……怪しい目をしているが、闘い慣れているようには見えない。
さて、この人質をどう使おうか……。
ニヤリと不敵に笑った、そのときだった。
眩い光が男の目を差した。
「くそっ!魔法か!?」
とっさに人質の肩を掴もうとするが、手応えがない。振るったナイフは空を切った。
ガキン、と鉄のぶつかる音がして、右手に痺れが走る。ナイフを叩き落とされたようだ。
衝撃に身を任せていると、気づいた時には地面に体を抑えられていた。
「観念しろ」
と、小柄な男に翼ごと羽交締めされた。
必死に顔を上げると、美味そうな香りがした。肉と野菜のスープだろうか。
ああ、何でもいいから口にしたい。
ふ、と気が抜ける。
男は意識を失ってしまった。
「……大丈夫。気絶しただけだ。ただ、顔色が悪いな」
気を失った男を地面に寝かせて、チカーシュが言った。
謎の竜人の男は、紙のように白い顔をしている。頬もこけていて、はじめから衰弱していたように見える。
「……ということなので、診察しましょうか。私が」
オリービア伯がジワジワと男に近づく。心なしか息が荒い。伯爵に任せていいものか……。
チカーシュはクレイを見下ろした。男のナイフから逃れるために小さな竜に変身したのだ。
「私が見ます。チカーシュは彼を天幕に運んでください」
チカーシュが男を抱え上げる。想像した以上に軽くて、少し眉をひそめた。
「クレイ」
サブリナは小さな竜の前に屈んだ。額を掠めるようにキスを落とす。
人の姿に戻ったクレイは、屈んだままのサブリナの顔を覗き込む。彼女は無理やり笑って見せた。
安心したような、まだ不安そうな顔。
立ち上がりながらサブリナの頭を撫でた。
その場はユラに任せ、クレイはチカーシュの跡を追って天幕へ向かった。
サブリナからの心配を心地よく感じている。そんな自分を少し恥じた。クレイ自身は、何も危険を感じていなかったのだ。ナイフを向けられたのが自分でよかったとすら思っていた。
男に対して、命を狙われた恨みなどない。ただなぜ竜人がここにいて、こんな真似をしたのか、自分を王子だと知っているのか、何者なのか。そればかり考えていた。
天幕に寝かされた男の顔をよく確認しようと、長い前髪をめくる。
「……これは」
顕になった額には、刺青が入っている。三日月のような形をしたシンプルな図柄だ。
「竜人族の文化か何かか?」
訪ねたチカーシュに、クレイは逡巡してから答えた。
「……犯罪者の烙印です」
チカーシュは押し黙った。
「国外追放されて、この辺りで潜んで暮らしていたのでしょうね。こんなに痩せこけて……」
クレイは、犯罪者と知ってなお、憐れむように男の額に触れている。
チカーシュにとって、それはいっそ神々しく見える光景だった。
息を呑んだチカーシュに、クレイは安心させるように笑いかけた。
「彼自身が罪を犯したわけではないと思います。彼の一族が謀反を起こして処刑され、子供だった彼は極刑を免れたのでしょう。それでも、国から放り出されて、子供1人でどうやって生き延びたのか……」
「何で分かるんだ?」
「……黒竜の一族、ノックス家という名門貴族がいました。彼の特徴は、ノックス家の直系そのものなんです」
闇を溶かしたような黒髪。同じ色の翼は同族の中でもひとまわり大きい。
白銀の竜人が多い王族と対比されることも多かった。
「そのノックス家が謀反を起こしたのか」
「ええ。……子供だったので私も詳しいことは知りません」
普段になく暗い口調に、チカーシュは踏み込むのをやめた。他国の騎士が無責任に介入すべきではないだろう。
代わりに現実問題を提示する。
「こいつ、どうする?」
「彼の話を聞きたいです。が、彼が起きる前に、まずはみんなで相談しましょうか」
チカーシュはごく自然に頷いて、しばらくしてから不思議な気分になった。
一国の王子が、罪人の話を聞こうとし、みんなに相談すると言う。
旅の中でクレイのこういう人柄に触れるたびに好ましく思う。同時に、その大らかさこそが、上に立つ者の器なのだと感服する。
不思議だ。
なぜか、親しくなるほど、この人に仕えたいという気持ちにさせられるのだ。
対等に接することを求められ、認められるたび、本当は膝をつきたくなる。
クレイ自身がどう望もうと、騎士として生きるチカーシュは、まっさらなただの友人になどなれない。
人の上に立つというのは、業の深い道なのだと、他人事ながら慄いてしまう。
だからこそ、チカーシュは思う。クレイにはサブリナが必要なのだと。
彼女はクレイが何者であろうと、きっと変わらない。
「どうかしましたか?チカーシュ」
チカーシュは返答する代わりに、クレイの肩を強く叩いた。クレイは不思議そうに「何ですか」と言いつつ、嬉しそうに目尻を下げた。




