6.かの国へ行くには
一行は大陸最高峰のリーネ連峰を目指していた。雲を突き抜けるような山々が連なり、頂上付近は氷雪に覆われた過酷な環境だと遠目にも分かる。この厳しい自然の要塞こそが、他国の侵略からユーグラス国を守っている。
「サバイバル演習で登ったことがあるが、軍の精鋭でも脱落者が出たぞ」
麓で野営の火を囲みながら、チカーシュが言う。
「人目がないので、山に入ったら私が竜化してみんなを運びますよ」
「それはとっっっても、ありがたい」
過酷な演習の記憶を思い起こしていたユラは、クレイの提案に胸を撫で下ろした。とはいえ、クレイの負担が大きい。チカーシュは念のため訊ねた。
「ちなみに迂回路は?」
「ない。何せ、あの頂上の先にあるんだ」
スープをすすりながらオリービア伯が答えると、クレイ以外は揃って首を傾げた。
「頂上の先?」
疑問に答えたのはクレイだ。
「上空に浮かぶ島が、ウォールートの国土なんです」
島が、浮かぶ?
疑問符を並べた面々の中で、サブリナにはふと思い至ることがあった。
「確か……竜の背に乗って”空の浮島”に行くおとぎ話があったな」
「おとぎ話?」
きょとんとしたユラに、オリービア伯爵が諭すように言う。
「言い伝えは馬鹿にできないよ。先人たちが語り継ぐだけの、相応の由来や教訓がある」
サブリナも同感するように頷いた。旅先で出合う物語は、ときにサブリナを魅了し、助け、次の旅へと導いてきたのだ。
「まぁ、竜人の存在自体が俺たちにとってはおとぎ話みたいなものだったしな」
と、チカーシュも納得する。視線を向けられたクレイは、
「竜人にとっても、竜はおとぎ話くらい昔の存在ですしね」
と笑った。
その言葉に、ユラが「ん?」と反応した。
「竜化の現象って殿下も知らなかったんだよね?じゃあ、ウォールートの人にとってもそうだから……竜化した殿下が国に帰ったら大騒ぎにならない?」
焚き火が風に煽られて勢いづいた。沸き立ち始めたスープをサブリナがかき混ぜる。
クレイは頭を抱えた。
「まず間違いなく、入国前に警備隊から攻撃を受けますね……」
サブリナは軽い気持ちで訊く。
「先に連絡を入れておけばいいんじゃない?」
「どうやって?」
「え?」
疑問を返されて、オリービア伯を見る。伯爵はウォールート国とコンタクトをとっていたはずだ。
「私は王宮の専用魔法具を利用してウォールートの王宮と連絡をとっていたんだ。王族の許可も必要だから手続きにも時間がかかるし、一度王宮に帰る必要がある」
と、伯爵は冷静に答えた。
「……分かっていたなら、出発前に入国方法を考えたりとか……」
「すまない。あの時は気がはやって……」
オリービア伯は反省するように項垂れた。こうなると責めにくい。
チカーシュはため息をついた。
「それなら、殿下とサブリナの二人で入国すればいいんじゃないか。1人なら竜化しなくても抱えて飛べるんだろ。俺たちは王宮に帰って連絡手段を用意する。それで二人の安全を確認できれば、護衛任務としては完遂だ」
「え?そ、そんな……」
オリービア伯爵は縋るような目でチカーシュを見上げた。ウォールートへの熱意なら、誰よりも強い。
「まあ、伯爵は諦められないかもしれないが……」
そこへ、黙っていたユラが手を挙げた。
「私も反対。安全にたどり着くのを見届けるまでは、騎士として側を離れられないよ」
騎士一家だと言うユラは忠誠心が厚く真面目だ。
「私も!2人を見届けなくては!」
伯爵が慌てて便乗する。チカーシュは眉を寄せて頭をひねっている。
クレイは皆が真剣に考えてくれていることを嬉しく思った。
「大丈夫です。私が何往復でもしますから」
と胸を張る。
「それは護衛になるのかなあ……」
「そしたら、そもそも護衛が必要かって話になるだろ」
「まぁ、まずはクレイと誰かが先に入国して、飛べる人を連れて来てくれればいいよ」
「最初の入国は王族と面識のある私がいいのでは!」
賑やかな話し合いの中、一瞬、突風が吹いた。
「お」
「うわ」
ゴオッと耳にうるさいほどの風がぶつかり、食器類が転がった。
「大丈夫か?」
声をかけながら、チカーシュが思わず閉じていた目を開いた。
正面向かいに座っていたクレイの強張った顔が見えた。
「おい!」
感じた気配に反射的に剣を構えると、隣でユラも同じように迎撃の体勢になっている。
サブリナとオリービア伯爵は座ったまま、クレイの方を見て目を丸くしている。正確には、クレイの背後を見て、だ。
クレイは首筋に冷たい鉄の感触があり、ゆっくりと両手を挙げた。
「……抵抗はしません」
穏やかで静かな声だった。
背後からクレイにナイフを向けている男がたじろぐ。動じていないクレイに、むしろ男の方が動揺したようだ。
それでも、男は低い声で騎士に向かって、
「剣を下ろせ」
と指示した。
騎士たちは悔しそうに剣を手放す。サブリナも状況を理解して身を固くした。クレイが人質に取られてしまった。
オリービア伯爵は、まだ放心したように乱入者を見ていた。
男の背には、鱗で覆われた翼が生えていたのだ。




