5.伯爵の愛と騎士の忠誠
野営の夜は長い。仲良くなったばかりの旅の若者たちは、火を囲んで語らっていた。まだまだ互いに共有していないことが多すぎるのだ。
「今は竜化は落ち着いているのか?」
護衛騎士としては把握しておきたいことだ。チカーシュは遠慮なく訊いた。ユラよりは自分の役割だろうと思っていたので躊躇わなかった。
「どうやったら竜化するのかは、まだ分からなくて。おそらく感情の発露が要因だと思うんですが……」
クレイ自身、ずっと考えていることだ。一度目はサブリナが傷つけられると思ったときで、焦りや怒りで自我さえ失ってしまった。
二度目はサブリナと想いが通じて感情が溢れたからだろうか。自我があるままで竜化すれば言葉を話すこともできると分かった。サイズをコントロールできたのは、竜の力としても不自然だ。
いずれも、サブリナのキスで人間に戻った。
「というわけで、戻る方法はわかっているんですが……」
「へぇ……」
「ほぉ……」
クレイがこれまでの経緯を話すと、騎士二人は生暖かい目でサブリナを見た。
サブリナは揶揄われる前にオリービア伯に水を向けた。
「ウィルさん、どうだろう。何か思うところは?」
オリービア伯にしては口数が少ない。考え込むような素振りをしてから語り始めた。
「原因は、何者かによる呪いか、殿下自身の体質か、どちらかだ。現時点では分からない。しかし共通して言えるのは、変身の原動力は殿下自身の魔力だということだ。殿下の魔力を燃料にした力だから、感情の昂りに合わせて魔力が流出して竜化に至ったのではないかと。であれば、大きさを変えるのと同じように、念じれば竜になれるのでは?」
いつになく真剣な伯爵に、クレイは唾を飲み込んだ。呪い、と言う言葉に胸には重い雲が立ち込める。
「魔力か。私にはないからピンとこないな。チカーシュは少しはあるでしょ?」
「ユラのとこは脳筋一族だもんな。俺も魔法が使えるほどの魔力はないよ。普通より体が頑丈ってくらいだ」
騎士たちの声は明るい。
魔力だ魔法だというのは、平民にはあまり馴染みのない話だ。二人は貴族の子息なのだろう。サブリナにも魔力はないが、師匠たちのおかげでなんとなくの基礎知識はあった。
「念、じてみま、すか」
クレイは恐る恐る言った。竜になるのは怖い。また自我を失うかもしれないのだ。
「訊いておいてなんだけど、無理に試す必要はないよ。護衛騎士として状況把握のために訊いただけだ」
チカーシュは軽く答えた。火影に照らされた王子の顔色が悪く見えたのだ。
サブリナも気遣うようにクレイの表情を覗き込んだ。
「元に戻る方法も確かではないしね」
と控えめに笑う。
竜化すれば元に戻るためにサブリナはキスをしてくれるだろう。クレイは少しだけ邪な気持ちを自覚した。まあいい。なんとかなる、が信条だ。
意を決して立ち上がった。
「やってみます。大きなサイズにはならないように念じますけど……念のため少し離れますね」
焚き火から距離をとったクレイの体は暗闇に紛れ込んだ。
「だ、大丈夫かな……」
「ウィルさん、念のため逃げる態勢をとっておいて」
ユラとチカーシュは警戒するように身構えた。竜化を見たことがある伯爵とサブリナは静かに火の向こうを見つめていた。
クレイは翼を広げ、夜の空気を吸い込む。クレイに魔法は使えない。けれど竜人族として相応の魔力は持っている。魔力を知覚することは、魔法の第一歩だ。
指先に意識を集中すると熱をじんわりと感じるように。翼の神経を動かせば、空を自由に飛べるように。魔力を感じれば、エネルギーに変えて竜になれると強く信じた。
体が光を帯びるのが分かる。おそらく成功だ。
クレイの姿は銀色の竜に変わった。今度のサイズは人間くらいで、まさにクレイがそのまま竜に変わったように見えた。
サブリナは胸を撫で下ろし、声をかけた。
「クレイ、意識は……」
「ああ!殿下!!ありがとうございます!またこの目で竜を見ることができるなんて……!一度目は我慢したのに、もうダメだ……。うああああ!」
オリービア伯爵は感涙にむせぶ。さっきまで静かだった分、反動がひどい。クレイを含めた四人はゲンナリした。
「……あ、大丈夫です。自我あります」
「意思疎通ができる竜!!すば、すばらしい〜〜!」
とうとう鼻水を垂れ流してしまった。
「こ、こういう人だったんだ」
「変わり者とは聞いていたけど…」
騎士たちはドン引きだ。
片鱗を見て耐性があったサブリナは、あまり気にしなかった。パチン、と手を叩いて竜クレイに近づいた。
「さて、じゃあ元に戻ろうか」
「あわわわ、その前に爪に触らせてくれ!!」
オリービア伯が慌てて近寄ろうとするのは、騎士二人に阻まれた。
「ちょ、なに。なにをする」
「いやー、護衛騎士ですから」
「うん。やっと仕事ができるな」
危険人物とみなされた伯爵は、がっくりと項垂れた。
「で、ではせめて検証!検証をさせてください!」
と絞り出すように言う。
「検証?」
「元に戻る条件だ。サブリナ以外のキスでもいいのかどうか。重要だぞ、これは」
必死にとりなす伯爵の言葉に、クレイは首を傾げて考えた。
「うーん、試すと言っても……誰が?」
サブリナも首を傾げた。
「ウィルさんは愛が強過ぎて奇跡を起こす可能性があるからな。ユラかチカーシュじゃない?」
と、あっさり言う。
「じゃあ俺がする。殿下、手を出してくれ」
名乗り出たのはチカーシュだ。クレイはギョッとした。
「でもそれは、騎士にとっては……」
と、竜の首を横に振っている。
サブリナはクレイが躊躇う意味がわからなかった。ユラが耳打ちで教えてくれる。
「騎士の口付けは忠誠を意味するの。私は騎士の家系で、生まれた時から王家に忠誠を誓っているから、クレイ殿下にはできない……」
それなら、チカーシュは?
彼は困惑する竜を真正面から見て笑った。全く変な状況だ。
「俺が騎士団に入ったのはただの腕試しだったから。あんたに仕えるのも面白そうだと思っている」
竜の手に触れると、鱗は硬く冷たかった。その指を引っ張って口付けを落とす。
竜の鱗が光に包まれた。チカーシュの手には、暖かい人間の男の手が残った。
「……出世は約束できませんよ」
クレイは困ったように笑った。




