1.わくわくの市場
北の森を抜けるには2日かかった。魔女の恩恵がなければ一生迷い続けることもあるらしい。
「杖の具合はどうだ?」
「すごくいいです。脚が軽い」
「怪しいな……。後から疲れが出るかもしれないから気をつけて」
サブリナは魔女の力に懐疑的だ。しかし実際に、クレイは右脚を引きずることなく歩けていた。
「魔法はすごいですね。この翼を隠せるローブも」
イオは杖以外にも、認識阻害機能付きのローブをくれた。おかげで今、クレイは普通の人間にしか見えない。
「翼以外に竜人の特徴ってあるのか?」
「そうですね、寿命が長いことですかね」
「それは見た目じゃ分からないだろ」
歩きながら、二人はよく会話をした。
「あとは頭が硬いです」
「……どっち?」
「物理的に」
「物理的にかぁ」
少しだけ竜人に詳しくなったころ、街にたどり着いたのだった。
「商人が集う街、クレパスだ」
「これは、すごいですね……!」
王都に近く、王都ほど税の徴収や商売の取り締まりが強くないため、国で最も人と物と金が集まる場所になっている。
そこにはクレイが感嘆の声を上げた通り、国一番の市場が開かれていた。道の両側に露店が立ち並んでいる。
色とりどりの布や大小様々な道具、食べ物など、ありとあらゆるものが所狭しと並べられ、売り手も買い手も活気がある。
「好きなものがあれば何でも、と言いたいところだけど、路銀がないんだ」
子供のように目を輝かせるクレイに、サブリナは言いにくそうに伝えた。
「そんな…!」
クレイはお腹を抑えて空腹を訴えている。サブリナは、この数日でクレイに遠慮がなくなったことを密かに喜んだ。
「なので、これから稼ぐ。ここは商売の街だからね」
サブリナは広場に向かった。屋台が途切れた空間に、立派な噴水がある。
「まあ見てて」
そう言って噴水の縁に飛び乗ると、周囲の数人の視線を集めた。
サブリナがローブの前を開くと、中にはいつもの男装服が見えた。一度ローブを閉じる。今度は、その場で一回転しながらローブを取り払った。
すると、サブリナの衣装が派手な踊り子のドレスに変わり、周囲に花びらが散った。
クレイは目を奪われた。
ワッと周囲で歓声が上がる。見回すと、見物人たちの輪ができていた。
サブリナが指を鳴らすと、どこからか一輪の花が現れる。観客の女性に手渡すと、黄色い歓声が上がった。
次いで、宙を飛ぶように舞い、噴水の水を飛び越えると、大きなどよめきが起こる。そのままいくつものリンゴを空中に投げ、ひとつも落とさずに投げ続けた。拍手がどんどん大きくなる。
最後には火がついた木の枝を足で蹴り上げて口でキャッチし、宙返りをした。
サブリナの大立ち回りは、観客たちを大いに楽しませた。
息を切らせたサブリナが優雅に一礼すると、地面に置いた荷物にコインが次々に投げ入れられた。
「どうもどうもー」
サブリナは営業スマイルを貼り付けている。
「すごい!すごいですね」
最前列で拍手をしているクレイに、サブリナは苦笑した。素直に褒められるのは照れくさい。
「今日は贅沢できるよ」
紙幣と硬貨を数えたサブリナは、ホクホクと財布にしまった。対照的に、クレイは軽くため息をついた。
「今日は宿もとりましょうね」
サブリナは首を傾げた。
「やっぱり野宿はきつかったか?」
クレイはサブリナをローブで包み、前をしっかりと閉じた。
「女性だとバレてしまいましたからね。この街では特に用心してください」
ニコニコしているが圧が強い。サブリナは素直にコクコクと頷いた。しかし、クレイはまだ不満そうだった。
「……曲芸と手品が得意だとは言ってましたけど、実は魔法だったりしますか?イオ先生と同じ師匠なんですよね」
クレイはサブリナに自分の知らない一面があることが、なんとなく面白くなかった。
「え?ううん。サーカス団で育ったから身についただけ。師匠は魔女だけど冒険者でもあるから、旅の知恵を教わったんだ」
サブリナはあまり自分の話をしない。クレイは拗ねたように口を尖らせた。
「へえ。全然知らなかったです」
「ん?まあわざわざ話さないだろう」
あっけらかんと言われて、クレイは諦めた。出会ってまだ数日なのだから、これからお互いのことを知っていけばいい。
二人は露店でめぼしいものを買い、宿屋を探した。




