5.北の森のふたたびの朝
「お前はいずれ右脚に出会う。それまでは、魔女が杖を授けてやろう」
翌朝、イオは一本の木製の杖を差し出した。クレイはありがたくいただいた。長さも太さも不思議なくらいしっくりと手に馴染んだ。
「変な細工はしてないだろうな」
サブリナは怪訝そうに杖を検分した。クレイはその彼女の袖を引いた。
「サブリナ、行き先について少し相談できますか?」
名前を初めて呼ばれた気がする。サブリナはソワソワしながら答えた。
「そうだな。どこへ向かおうか」
さっと地図を広げた。ミントも一緒に覗き込んでいる。
「周辺国しか載っていないけどな」
「今はこの辺りですか?」
クレイが地図上で北の森を指差した。
「よく分かったな」
「ええ。見たことがある地図です」
「どこへ行きたい?」
クレイは地図から顔を上げた。サブリナをまっすぐに見る。
「私は、サブリナが行きたいところへ一緒に行きたいです。どこまででも」
側で聞いていたイオはコーヒーを吹き出した。プロポーズか?
「でもそのために、私には行かなくてはならない場所があります」
「ああ。それなら行こう。どこへでも連れて行くよ」
お互いに言葉がストレートすぎて、聞いている方がハラハラする。ミントは目をキラキラさせながら、イオはげっそりしながら見守った。
「……竜人の国ウォールートへ」
真剣な顔をしたクレイに、サブリナは笑いかけた。
「分かった」
ほっと、クレイは息を吐いた。
「私は道を知らないんです。知り合いに会いに行けば、案内してもらえるはずです」
「そうなのか。探すのも楽しいんだけどな」
「ふふ、面倒ではないですか?」
「旅の目的はいつでも宝探しだよ」
二人の世界に入ってしまいそうなので、イオが水を差した。
「で、知り合いってのはどこにいるんだ」
クレイは再び地図に向き直った。北の森を抜けた先を指差す。
「三年前、途中の事故で辿り着けなかったんです」
指の先は、王都ファティを示していた。
「いい機会じゃないか、サブリナ。いい加減、苦手意識を克服しろよ」
イオはふん、と鼻で笑った。サブリナの王都嫌いを知っているのだ。狼狽えるクレイを見て、サブリナはため息をついた。
「大丈夫だ。王都といっても王城じゃないんだし」
クレイは言いにくそうに伝える。
「その、知り合いという人には、王城で取り次いでもらうつもりです……」
サブリナはがっくりと首を落とした。クレイは困り果ててミントを見たが、彼女も事情は知らないらしい。首を横に振っている。
「まあ大丈夫だろ。クレイ、サブリナを助けてやってくれよ」
「は、はい!それはもちろん」
サブリナは苦く笑った。確かにいい加減、向き合うべきなのかもしれない。
「では行こうか。王都ファティへ」
立ち上がると、ミントがローブを渡してくれた。
「いってらっしゃい」
はにかむような笑顔だ。サブリナはミントをローブごと抱き上げた。
「連れて行きたい……」
「やめろ。絶対に許さねえぞ」
イオは、サブリナからミントを奪い返した。
「おい、根無草。たまには顔を出せよ」
「ああ。ミントの顔を見にくるよ」
ミントは、素直じゃない二人の間で笑った。
「ねえ、やっぱりふたりは好き合っているの?サブリナは恋に落ちたの?」
出発前にミントの部屋で着替えをしていると、ひそひそと話しかけられた。
「え?違うよ、まさか。私たち出会ったばかりだよ?」
サブリナは普段は男装で言葉も乱雑だが、ミントと話す時はつい柔らかい話し方になってしまう。
「でもさっき、どこまででも一緒だって話してたじゃない!」
頬を上気させて言うミントに、サブリナは首を捻る。
そんなこと言っていただろうか。語弊があるような気がする。
「いや、ただ私はクレイを連れ出した責任をとるというだけで…」
「それってほとんどプロポーズじゃない!」
真顔のミントに詰められる。いつも通り愛らしいのに、なぜか圧を感じる。
プロポーズ?そんなまさか、と自分の言葉を思い返す。……あれ?
サブリナは耳を塞いだ。思考を止めた。
「ちょっとサブリナ!ねえ!思考停止しないで!」
追い縋る可愛いミントを無視して、旅支度を進めたのだった。




