2.どきどきの宿屋
通されたのはベットが二つ並んだだけの質素な部屋だが、屋外の天幕よりはゆっくりできそうだ。
宿の風呂も極楽だった。濡れた髪を拭いながら、今後について話し合う。
「王都で訪ねる人って誰なんだ?」
「オーリウィル・オリービア伯爵という方です。竜人族に縁があって、ユーグラス国の要職についているらしいです」
三年前、クレイが会いに行くはずだった人だ。ただの10代半ばの少年が、大国の要職に就く貴族に会いに行くとは、どういう状況なのだろうか。それはいったいどういう少年なのか。
あまり考えないようにしていたことだ。サブリナは、おそるおそる踏み込んだ。
「……君ってユーグラスに何のために来たんだっけ」
クレイは、きょとんと首を傾げた。
「遊学です。見聞を広めてこいと放り出されました。兄が戴冠するまでの予定で」
「おやすみ」
「サブリナ?」
サブリナは素早く布団に潜り込んで背を向けた。なんだか知らない単語が聞こえた気がしたので、無視してしまいたかった。
兄が戴冠?たいかん?それはつまり、クレイの兄が王になると?……ではその弟は?
クレイは様子のおかしいサブリナに首を捻って、はたと気づいた。
「……あ、もしかして言ってませんでしたっけ」
サブリナは勢いよく起き上がった。
「待て!聞きたくない!」
「私は、ウォールート国の第二王子です」
「言った……」
サブリナは両手で顔を覆っている。クレイはワタワタと慌てた。
「すみません、でも、あの、違うんです。いや、違わないですけど……」
おろおろと狼狽えながら、何とかサブリナの表情を窺おうとしている。その様子はとても高貴な王子様には見えない。
サブリナは肩の力を抜いて笑った。
「大丈夫だよ。いまさら態度を変えたりしない。貴族なのは知っていたし」
まさか王族だとは思わなかっただけで。
クレイは胸を撫で下ろした。
「じゃあ、国へ寄った後も−−−−−……」
−−−−−私を旅に連れて行ってくれますか?
続けようとした言葉を、クレイは飲み込んだ。のそのそと自分のベッドに潜り込む。
「……おやすみなさい」
「待て待て待て」
サブリナは大急ぎで布団を引っ掴んだ。クレイも負けじと布団を離さない。
「続きが気になって寝られないだろ」
「気のせいです!気のせい!」
ひとしきり大騒ぎをした後、疲弊した二人は休戦の契りを結んだ。
単に馬鹿らしくなったのだ。旅の疲れもある。
「寝ようか。明日には王都入りだ」
「そうですね。寒くないですか?」
「うん、ありがとう」
そうして本日二度目のおやすみを言い合って、眠りについた。
翌朝、目が覚めたサブリナが隣のベッドを見ると、翼の生えた男が寝ている。ずいぶんメルヘンチックな状況だ。
寝ぼけた頭で、天使みたいだなと考えた。羽毛ではなく鱗に覆われているけれど。
思考が覚醒しながら、ふと気づく。まがりなりにも若い男女が二人、狭い密室に一晩。
「平気でぐっすり眠れたな……」
淑女としてもう少し恥じらいを持った方がいいのかもしれない。
しばらくぼんやりと眺めていると、クレイが目を覚ました。
「あれ、サブリナ。おはようございます……」
「おはよう」
クレイは寝転んだまま伸びをする。
「あー、まだまだ眠れますね…」
色気とは無縁だが、平和な朝に頬がほころんだ。
しかし今日は王都入りのために早く動き出したい。サブリナは、無情にクレイの布団を剥ぎ取った。




