第三十七話 妖精騎士アイギスさんの帰ってきた平穏と新たな恋愛事情(1)
……やっと、このわたしが愛する平穏が訪れた。
もう、せっかく恋人たちとイチャイチャする気だったのにイチャイチャどころかイチャモン付けて来るクソのせいで大変だよねー。
やっとバーゼウ王国関連やら冒険者ギルドやら妖精連盟の一通りの仕事を終えて一段落した時には初夏に入る頃合いだもの、イチャイチャする時間もなかったわ。
でも、仕事の方は落ち着いてきたからこれで夏は燃えあがれると思ったの。
なにを? とか言わせんな、恥ずかしい。
けれど現実は常に非情であった。
まず……久々に我が家にやって来た暗黒騎士ジェラルダインから忙しない仕事のスケジュールを告げられたの。
「……真夏にヴェルスタム王国の王都で式典?」
「ヴィリア姫の爵位の叙爵式だな……ただ向こうが準備に手間取ってるから秋口にもつれ込むかも知れんが」
「それは聞いてたけど……それ、こっちも準備要るよね?」
「体面、という物が有るからな、あちらにも面子がある。余り派手にせず、それで居て形式ばった段取りが必要でな。……くれぐれも、戦艦で乗り付けようだ、などとは思ってくれるなよ」
と、きっちり釘刺して来るの。バーゼウの王都に乗り込んだ時は何も言わなかったのにね。
で、式典用の衣装だとか日程だとか大凡必要そうな物の資料が作られててジェラルダインがわたしに手渡した。
護衛をどうするかとか、その資料を流し読みしただけで面倒だってすぐ解るから困りものなんだよね。
「ま、大概のことはフリュギアやゼルドラスに投げたら片づくんだけど……」
「優秀な部下が居て助かるな……で、本題はここからなんだがアイギス……」
訊かれたんで資料から顔をあげると、珍しいことにいつも鉄面皮のジェラルダインが少し言い淀むように口の端を引きつらせてるの。
「なに、その反応……?」
「……プライベートに関わるのもどうかと思うのだがな。シャル森祭司殿とはどうなのかとな?」
「何が?」
眉間に眉根を寄せてわたしは訝しむ反応をしたよ。本当に意味が解らん。
「……いや、結構。その反応で理解した……困らせてるようだな?」
「いや、なにを困らせてるかが解らないんだけど?」
「主に夜の生活で」
ジェラルダインがなんの衒いもなく真顔で言ってくんの、こっちが恥ずかしいわ。
台所のシルフィちゃんが耳真っ赤にして動き止まったもの。人に言われると本当に恥ずいよね。
「……なに。聖女殿もだいぶお困りのようだが……そちらは構わんがシャル森祭司殿も年頃だろう。その辺りはどうなのかと……な?」
「うわぁ、このアイギス。まるで気にしてなかった」
いつもと同じ反応だったから、以前と困るのは同じくらいだと思ってたのよ。
てか、最近はいつにも増して恋人とのイチャイチャを加速させてたから構ってあげて無かったくらいだし。
ただ、そのわたしの反応を見て、闇妖精の麗人が納得顔をするの。顎にガントレットで包まれた親指当てたりして。
「……成る程な。シャル殿もどうやら年頃のようだからな……」
「本当にごめんって。まさか、シャルさんがそっち方面で迷惑してたとか思わなかったのよ。……ほら、森祭司なんだから。恋愛とか自然の営みじゃん。そこは悟りの域に達してたと思ってたのよ」
「エルフは恋愛関係は燃えやすく熱しやすいとは聞くからな、シャル殿も例外ではあるまい。そしてわたしの見た所、初恋の気がするな」
「ほぉ、初恋……?」
「……お前にな、アイギス。私は迂遠なことは言わないぞ」
わたしは呆気に取られて自分の顔を人差し指でさしめすよ。
「いや、そんな、まさかぁ。信仰対象だからじゃないの? 恋愛なんてしたことがないようなジェラルダインに言われても信じられないって」
「恋愛したことは無いが、恋愛してる奴を知ってるという経験は有るだろう? つまり判断は出来る。で、対象はおそらくアイギス、お前に間違い無いという結論に達してな」
「その達した結論に間違いはない訳? シャルさんがそう言ったの?」
「敢えて本人から聞き出すなどそんな野暮はせん。まず調査を重ねてな、これはほぼ間違いが無いと結論を出している。何かの間違いとショックで例のアレをやられても困るからな」
これ以上ない感じに、真面目な暗黒騎士にすら恐れさせるわたしのNTRショック事件よ。
ただ、その配慮と気遣いは正しい……
「ま、ま、ま、ま、いやいや。そんな」
「まずは、落ち着けアイギス。――シルフィ嬢、茶を一杯頼む。――何だ? 何が問題だ? 大丈夫だ、問題は解決できる」
もちろん、わたしの心臓が爆打ちして身体が震えるよぉ。
どうしていつもわたしに、いきなりとんでもない事実を突きつけるの。しかも予想外の状況でいつもさぁ。
「シャ、シャルさん男の子だよ。男の子愛せるかは自信ない。てか、多分むり」
「……?」
今度はなぜかジェラルダインが眉根を寄せたわ。
ジェラルダインってわたし好みの美人なの、そのレアな表情の変化で辛うじてわたしの心の動揺が鎮まる。立った波風に別方向から波風当てて鎮むみたいな感じだけど。
「……つまり男だから恋愛対象じゃないの」
「……そうか。理解した……それは……難儀だな」
「理解するだけ……じゃ、問題解決しねぇぞジェラルダイン。どうする、どうしたら良い?」
「取り敢えず、落ち着け。茶を呑め」
スッと、テーブルに置かれたお茶を飲んだよ。
聖魔帝国から送られた、本場のグリーンティを。
熱さを忘れて一気に飲み干したわ。
もう、わたしの顔が茹であがってんのよ。久々だよ、こんな乙女心を試されるような感じ。
ただ、少し思案気に褐色肌の顔に流し目をしてたジェラルダインがわたしの心を揺さぶってくんの。
「飲んだけど落ち着かないぞ、ジェラルダイン。だ、だって、まさかわたしとは思わないじゃない。女の子ならこの際どんと来いって言えるけど……」
「……良いだろう。なら、問題自体はこちらで解決して置く。シャル殿もここで私が暴露したことを知らんからな。……秘密は当然守れるんだろうな?」
「……何をする気だよジェラルダイン?」
「お前は何も聞かなかった、私も何も言わなかった。もちろん、シルフィ嬢も。取り敢えずはコレで時間を稼ぐしかあるまい。多少は問題を先延ばしにできるだろう」
「問題自体の解決にならないしわたしが意識しちゃうでしょうが」
「時間を置いて解決する以外に手立てなどないさ。失恋にはな」
と、ジェラルダインが両肩と両手をあげるの。
「上手いこと言ったつもりなの? シャルさんの気持ちに落としどころが付かないじゃないそれだと」
「じゃあ、告白させて玉砕させるのか? まぁそれも良いが……」
「……もの凄く悪かったわ」
想像したらその後の関係どうしたら良いのかまるで解らん。失恋した男の子ってどんな反応すんの?
シャルさん勢い余って自決するか闇落ちするか心配になる。それくらい印象儚げな男の子だよ?
「どちらにしても時間が必要そうだな。受け入れるもよし、そうでなくてもな」
「……ジェラルダイン。その辺り奥手そうなのになんでそんなに慣れた感じなのよ」
「そうだな……家族になるかは時間の問題、という経験からだな。つまり結論はどちらでも良い……違うか?」
……過程をスッとばして最終的な結論に到達してるのがジェラルダインらしいよね。
つまり、恋人になるだの恋愛する以前に家族なのは変わらんだろ、って眼の前の暗黒騎士は見当付けてんのよ。その結論だけは外れてないからわたしも反論出来ないでしょ。
「恋愛するかはそれこそお前次第だな。余計だったかも知れんが、シャル殿も自身の感情を持て余し気味だ、少しは労わってやれ」
「むしろジェラルダインにそんな気の遣われ方することに違和感あるのよね。……ジェラルダインこそシャルさんに気とかないの?」
「アリーシャに見ておけと言われてな……」
納得するしかない返答されてぐうの音もでない。
恋愛事情なんてそれこそこの暗黒騎士が一番不得意分野だろうからね、どこかの恋のキューピット(自称)に言われなきゃそりゃ首突っ込まないでしょう……
もうこのわたし、アイギスさんが泣きたくなるくらい配慮されてんの。家庭の事情にも余裕で手突っ込んでくるから、あの幼女。
「……それに、ドゥルイデス族の森祭司ともなれば杜妖精との仲介役としてはこれ以上は望めない人材だ。私が気を遣うのも無理からぬことだろう? 別に他意は無いぞ」
「あの男の娘っぷりでもジェラルダインは見向きもしないのね……。そして後はわたしの問題か」
シャルさんが好みかどうかで言うなら大好物よ。
ただそれって可愛い男の子として、って認識なのよ。実際に恋人だとかに成れないのよね……
こう、家族とやれるか的な?
そもそも男の子ってだけで毛嫌いする感覚も有るのに……
ただそれを伝えるとヤバい事になりそうだなって予感もある訳よ……絶対シャルさん思い込み激しそうだし。
そしてわたしは新たな恋愛事情にまた頭を抱える羽目になったの、しかも悩んでることを本人には気付かれないように、ってね。
このアイギス、降って湧いた恋愛事情に台所で心配そうにしてたシルフィちゃんを抱き締めることで辛うじて己の精神を律した。
「あの! せめてジェラルダインさんが帰ってからにしましょうよ」
「そういうとこだぞ、アイギス。森祭司殿の前でもやってるな?」
「見せ付けてせめてわたしの心の平穏を保ってるのよ。ほら、もう用がなけりゃ帰りなよジェラルダイン。シルフィちゃんとイチャ付かないとわたしの心が保たないわ」
そしてジェラルダインは早々に帰ったけど問題は残った。
シャルさんとの関係をどうしようかって。
トンデモない爆弾置いてくるんだものそりゃ悩むでしょう……
このアイギス、新たな恋に苦しめられる予感に恐れ慄いたの。
娘のアイリからも狙われてるんだよ、このわたし背徳過ぎない? 男の娘なんだから逆にノーマルとかわたしの脳をバグらせて来るんだよね、シャルさんの容姿は。
もう本当にどうしよう……
と思いながらシルフィちゃんとイチャイチャしました。後悔はしてない。




