第三十六話 妖精騎士アイギスさんと盗賊の半妖精との仁義なき戦い(4)
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そこは影世界と現実世界の合間の世界――隠れるにはこれ以上無いという場所よ。
「で、ここが非常用のシェルターって訳よ。――どうよボロック。住み心地は」
〈剣千の魔女〉こと私が獲物の髭面のおっさんを取っ捕まえてやっと辿り着いた時にはもう夜になってたわ。
なにせ追跡して来る追手を巻く為に寄り道しまくってたからね。
何処に入口があるか解らなければ、まず発見は不可能――逆に言うと出入りするのをバレるとヤバいのよ、そりゃ慎重にもなるわよね。
「なかなかに上等だぜ……家具一式あるだとか豪勢なものじゃねぇか」
「普通に住めるわよ。出入りできるのが影世界に精通したヤツしかできないけどね」
「……魔法で作られた異空間ですかな。いやはや、なかなかの使い手のようで」
「まったくだな。こういう奥の手があるなら最初から言って欲しかったぜい剣千の嬢ちゃん」
「手の内晒す馬鹿はそうは居ないでしょうが……と言っても聖魔帝国相手ならこの方法があるとはバレてる。当たり付けられて総当たりで来られるとマズいわよ」
「そいつは怖いな。じゃ、定期的に移動しないと駄目か?」
「妖精どもが、外にうようよ居るわよ。哨戒に見つかったら使えないと思った方が良いわね」
「おちおち、外にも出れねえな……まぁここが勝負どころでぃ。終の棲家にするのも悪くはないなぁ、バーレアの旦那」
「半年しか保たないわよ。魔法が」
「おう、そうかい。半年ありゃいくらなんでもこと足りるわ……と、言ってもそこまで時間を掛ける訳にはいかねぇんだ、旦那には悪いけどよ」
まぁ、そりゃそうでしょうねぇ。長引けば盗賊ギルドにも迷惑掛かるでしょうし、要求した債権の買取もどうなるか解らない……と、なれば。
「おお、これは我が運命は神祖の妖精王陛下に預けられたということですかな。……」
「あら、良く解るわね? どうなってるか推測付いてる?」
「嵌められましたな。王家も口車に乗せられたようで……皆殺しにする事は知らなかったのでは?」
「いや、最悪はきっちり伝えたぜ。ちょろちょろ動くから王家の連中もおまえさんに疑心暗鬼なんじゃねぇかな? 生き残れれば少しは懲りろってな」
「困ったものだ……これでは帰っても形見が狭い。まさか犠牲の羊にされるとは……」
「聞いた話じゃ、バルバロッサと仲が良いってな。丁度〈鮮血妖精〉との伝手もある。と打って付けと聞いたぜ。……まぁお上のやる事なんざ、大体そんなモンだ。おまえさんとて商会の一つや二つや経営してるんだ身に覚えが有るだろう」
「いや、我輩の一族は健全経営が信条……以外に悪事とは無縁な身で。しかし末端でも王族たるもの、王家に誠実に忠節を誓って来たが、よもやその王家が自ら手を汚し始めるとは……何と嘆かわしい」
「……そいつは幸運なこってぇ。まぁ時代が悪いんじゃねえかな。噂じゃバルバロッサは次期王に相応しいとの声が結構有るらしいが、お家争いしてるほど王家も余裕がないとな」
「……そこまでの話をして私を生きて帰して宜しいので?」
「ああ、もちろん。王家にしても、まさか自作自演だとは吹聴すまいと思ってるんじゃねかな。そっちの事情でどうなるかは解らねえけどな」
「はぁ……まったく。王家ももはや駄目か」
と、褐色肌の髭面の人質が頭を垂れる。
まぁ、事情を知れば馬鹿じゃない? と思うわね。
難癖付けるのは良いけど付ける相手が自分達より圧倒的に強国なのよ。で、それを良く解りもせずにボロックの口車に乗せられてりゃ、このバーレアっておっさんの嘆きも少しは理解できるわね。
確かに終わった感あるわ。しかもこっちが成功しても失敗しても良くない方に転がるだろうからね。
付ける薬が無いってヤツよ。しかも詰めが甘いし。
「ま、お喋りする時間はそれなりにあるだろうし……二人で親交を深めあってたら? じゃ、ボロック、報酬出しなさいよ」
「おう、もう行くのか? もう夜だろう? 今夜くらい泊まって行ったらどうだ?」
「いや、逆よ。今の内に脱出しないと捜索の手が何処まで広まるか解んないのよ……まったく。まさか妖精どもをこんなに動員して来るとか想定外だっての」
「そうか、なら仕方ねぇな……ん?」
ピー、ピー、ピー。
そして異空間に響く聖ロクス教国製の秘匿魔法通信機の着信音……わたしが手に入れた逸品だけどね。
「早いわね。……一度しか使えないって手紙に書いたのよね、ボロック」
「ああ。……嫌な予感がするが取るしかねぇな……」
「通信時間は5分。そこで通話は途切れるわ。気を付けなさいよ」
「解ってる。年寄り扱いするでねぇ――ああ、誰だよ」
『おう、こんなの送りつけておいて良く言うぜぃ。オレだよ、オレ』
「バルガスよぉ……おめぇちゃんと説明書読んだんだろうな。一度しか渡りは付けれねえんだぞ。ボケてたとか最悪なのはやめろや」
『おいおい。そこまで耄碌はしてねぇんだがよ。それにおめぇさんも手紙とコレ渡して、後任せたってそれはねぇだろぉ。しかも詰めが甘くてこっちがアイギスの嬢ちゃんに詰められてなぁ』
「それを詰めるのがおめぇさんの仕事だろ」
『だから詰めに連絡したんだ。……まぁ、おまえさんの勝ちだな。アイギスの嬢ちゃんが借金の契約書に署名したぜぃ』
「……いくらなんでも早すぎるぜ、バルガス。昨日の今日より早いだろ……謀ってねぇだろうな?」
『それはこっちの台詞だぜぃ。そもそも人質の交換の仕方決めずに交渉させる馬鹿居ねぇだろ。……当然、保険が居るだろ。それどうすんだ』
わたしはボロックにその手抜かりを非難を込めた視線を送って咎めたわ。バルガスの言う事はごもっとも、人質交換するなら方法指定しておきなさいよ。
『それはおめぇ振り込み確認したら解放の手順だろ』
『馬ぁっ鹿、言ってんじゃねぇよ。そりゃ三下のやり方じゃねぇか。それで解放されなきゃオレはどうなる? アイギスの嬢ちゃんに八つ裂きにされちまうじゃねぇか。おめぇこそオレを嵌めてんじゃねぇだろうなぁ、オイ』
「ちぃ……相変わらず抜かりがねぇな。仕方ねぇだろ、こちとら人攫いなぞした事ねぇまっとうな盗賊なんだからよ」
『盗賊にまっとうもあ――』
「ボロック。時間ないんだからさっさと話進めなさいよ。切れるわよ通話」
「ちぃ――おう、オレが悪かったぜぃ。で、バルガス。その保険を用意すれば債権の買取は成立するんだな?」
『……そうだ。で、今からオレを納得させる方法用意できんのかぁ? 考えてないんだからよぉ』
「ちぃ……で、こっちが納得する方法をそっちは用意できんのか?」
『ああ。解りやすくバーゼウ王国の王家に預けるのはどうかと思ってよ。おめぇさんが勝手してなけりゃそれが一番確実だ。こっちからでも確認取れるからよ』
「悪くはねぇ方法だが……そっちが仕込んでねぇとも限らねぇしなぁ、バルガスよ」
『そこは信用が生命の金貸し業だぜぇ』
「おめぇさんが何したか知ってるんだぞぉ、バルガスの旦那よ。……あの小娘が借用書にサインした理由を聞きてぇ。それがどうしても腑に落ちねぇからな」
『そりゃ相手は正義の騎士さまだぜ。人質の生命には変えれねぇだろ』
「そんなおためごかしを聞きたい訳じゃねぇんだぞ、オイ。人質殺っちまうぞテメェ」
『別にかまわねぇよ。無理なら無理でもよ。ただ、忘れたのか? 前のダンケスの時も家畜主のおかげでヤツに手出しできなかったんだぜぃ。……今度は国絡みとなりゃそりゃ苦渋を飲むってよ。アイギスの嬢ちゃんは良くできた子だぜぃ。オレが気に入るのも解るだろ?』
「けっ。正義の騎士さま気取りか。金なんぞ幾らでも稼げるってのか、アイツは」
『そうだ。杜妖精とかに担がれてるらしいぜぃ。実に気前が良いぞぉ、なにせ子分がせっせと稼いで来る良いご身分よ。悪いなぁボロック、稼がせてもらってな。まぁバーゼウは陽当たりの良い国と聞いてる、このシルヴェスターと違ってよぉ。老後を過ごすには良い所じゃねぇか、最後に面目も立てたし、ゆっくり休めや』
「おめぇさんに言われると腹が煮えくり返るぜ……だが、まぁ良い。振り込みの件忘れるなよ、ネコババすんなよ!」
「待ちなさいよ。ボロック……どうやってバーゼウまで行くのよ、転移魔法は封鎖されてて使えないわよ」
「おっと忘れてた。――転移魔法が使えないんじゃ行くに行けねぇじゃねぇか。それはどうすんだ。人質連れてんだぞ」
『それは何とかしろよぉ』
「封鎖を解けや、正義の騎士さまは金を払う気なんだろう。できねえ筈がねぇよな?」
『しょうがねぇなぁ……じゃあ話しておいてやるからバーゼウ王国だぞ。確認が取れるまでは振り込みはしねぇからな』
「解ってるが、そっちも謀ったら――クソ、通信が切れちまった」
「長話しし過ぎよ。で、さっきの話……本当に信用できるんでしょうね? わたしが転移魔法で飛ぶしかないと思うんだけど」
と、ボロックがもう爺さんって顔の顎に手を当てて考え込むのよね……
って、検証は後からかい。
「そうだなぁ……あのバルガスだ、仕掛けるつもりならやるだろうなぁ……」
「信用できないんじゃない。安牌取って殺ったら? 疑うべきは殺れってね。結局、あのバルガスを信用できない事には仕事にならないんでしょう?」
「いや、お嬢さん。そう簡単に我輩の生命を取らないで頂きたい。せめて熟考に熟考を重ねてですなぁ」
「黙れ。次、口出しして来たら即座にブチ殺すぞ」
剣の一本を召喚して髭面の喉元に当てる。もちろん殺るわよ。こっちが仕事の話してんだから余計な茶々入れてくんなよ。
「おおう。剣千の嬢ちゃんは相変わらずだな。……確かにバルガスは信用は置けねぇんだが金にはガメつい。シルヴェスター中の嬢ちゃんらの債権買取となるとそれこそ結構な額の仕事になるしな……。それにバルガスはよぉ、タダでは仕事しねえ男よ。当然、こっちを裏切るにしてもそれ以上を提示しねぇとならねぇ。……あの〈鮮血妖精〉にそれが出来るか、って話なんだがな」
「神祖の妖精王なんだから将来性は有るわよ。妖精連盟に取り入るのは悪くないんじゃない?」
「まぁ、それはそうよ。……が、あのバルガスだぜぇ? 妖精連盟以外にも当然付き合いがあらぁ。今回の嬢ちゃんらの債権ってのはそれこそ有望株が絡み捲ってるからよ、損失の補填だけじゃあ少し足りねぇのよ。つまり他にも稼ぎがねぇとな」
「裏切る要素がむしろ増えてない? バーゼウ王国に行ったら連中と手を組まれてこっちを売られるかもよ」
「いや、それを含めて妖精連盟が提示できるかって話よ。あの潔癖症の小娘がバーゼウの連中と手を組めるとは思えねぇしな。それするくらいだったら盗賊ギルドと手打ちしてるぜ。……結局、借金させて金儲けってのが一番面倒が無くて良さそうだろ。……それを踏まえると」
「乗って良いってこと?」
「悪くはねぇんだよ。話が早すぎるってのが気に掛かったが、バルガスが独自に何か仕掛ける気かも知れねぇしな……。仕事は手早く、若しくは石橋ぶっ壊すくらいに慎重にやるか。まぁ、どちらかが鉄則だわな」
「なら〈次元封鎖〉がどの段階で解かれるかがカギね。遅くなるようなら無理に乗らない方が良さそうよね」
明日中に解かれ無ければ、殺る。と決めてバーレアに遺書を書かせてその日は異空間で休んだんだけど……結局、次の朝には封鎖が解かれていた。
なら、仕事は手早くとそのまま転移魔法で移動したのよ。バーゼウ王国の王都にね。
……直後に喰らう〈次元封鎖〉。
海の見えるバーゼウ王国王都の雲一つない青空には妖精連盟所属の軍艦、飛空艇が殺到していたの。
世界条約もへったくれもねぇ!
〈鮮血妖精〉めっ、キレてやがる。わたし達を取っ捕まえる為に王都に艦隊引き連れて待ち伏せて居やがった。




