第三十六話 妖精騎士アイギスさんと盗賊の半妖精との仁義なき戦い(2)
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そして冒険者ギルドの応接間。
バーレア・デル・ドリテッサ・バーゼウとか長ったらしい名前の使節団の代表に真っ先に聞くべき事は――
「まずお前とバルバロッサとの関係だな。それを聞かなきゃ話にならないよね」
――そいつの紹介で来てんだからそれ聞かなきゃ本題に入れん。わたしの数少ないマトモな知り合いだし。
「……そうですな。まず……あやつがバーゼウ王家の王族というのはお知りですかな?」
「いや、初耳だわ。でも王族が多いってのはそのバルバロッサから聞いたことあるし、わたしは貴族だとかのドラ息子だとか思ってたからな。腕はそれなりに立ったけど」
練達級、とまではいかないけどそれに準ずる強さの曲刀使いよ。おそらく経験さえ積めば十分にその領域に届く。というのが3年くらい前だからもう届いてんじゃないかな。
「所があやつは正真のバーゼウ王家、玉座に着く我らが王の息子でして、八番目の王子ですが」
「おいおい、本当に王子さまかよ。……そんなヤツが冒険者やってたの? え、マジで」
「マジですな。まぁ、王家と言っても分家も有るので結構好き勝手をさせますからな。それなりに武芸を嗜んで居れば、玉座も望めますし分家して家を立てることもできる、と……」
「そういえば王家は実力主義だとか言ってたっけな」
「左様、我らは船を操り大海原を駆ける海洋の民。武門のみが立身出世の道では有りませぬが、王族と言えど武芸に秀でる者も居なければ臣民の支持を得られませんからな」
「尚武の国とは聞いたこと有るな。昔はバーゼウ王国……バーヴァル帝国はこのシルヴェスターすら支配してたとか何とか聞いたな」
それはもう最盛期はこの大陸の沿岸諸国に覇を唱えるほどだったとか。
が、それも今は昔。ヴェルスタム王国だとか内陸部の国の台頭により大陸から追い出され、今はもう大陸に残る領土はシルヴェスターの北西部の一握りらしい
「……かつてのバーヴァル帝国はこの大陸にも領土を持つ海洋帝国でした。が、今となっては栄光ある帝国も3つに別れ見る影もなく……。そんな国ですからバルバロッサはまぁ生真面目ですから世を見てからどうするか決めたいと……と打ち明けられるくらいには、慕われて……る?」
「なぜ疑問形になる。そのバルバロッサに口利きされて来たんじゃないの?」
「いや、正直な所。あやつから今回の件で殿下を紹介に預かった訳ではないのです。……バルバロッサが島民の奴隷貿易に王家が絡んでると知ってそれをそのまま放置する男でありましょうか?」
「……なるほど。生真面目だからな……でも、あいつならその島民の奴隷に気付かない?」
「もちろん訝しんでおりましたとも。ですがなにせ他に二つも国として別れています。それらの国が密かにという事もあり得ましょうし、実際そちらの奴隷の方が多ございましてな」
「……確かにバーヴァル諸島出身という事は解ってもバーゼウ王国出身で元から奴隷は少ないな。正確な出身がイマイチ解らないという子も多いけど。……お前らの"養殖"でな」
「ふむ……"養殖"?」
「おい、惚けんじゃねぇぞ。可愛い子ちゃん集めて交配させるだとかクソみたいな事してるだろう?」
この後に及んで本気で眉根を寄せて解らないって顔を褐色肌の伊達男がするから詳細を教えてやったよ。すると、やっと理解したのか、嘆くようにバーレアが呻いた。
「ぉおう。なんという……そこまでやって居たのか我が王家は……なるほど、だからそれで……」
「おい、一人で納得してんじゃねぇぞ、どう言うことだ?」
「いや、失礼。余りにショックが大きくて……。……では、状況の整理を兼ね、我が国の事情からお話しましょう。まずは……かつてのバーゼウ王国、帝国の時代もそうですが奴隷貿易で栄えてた事はご存知ですかな?」
「いや、知らん」
「……ご存知ない? いや、実際、歴史的にはそうなのです。遂、最近までは」
「最近、って今もやってるだろ」
「そうですな……所が今は主な産業、栄えるとは行かぬことに……」
「……聖魔帝国に奴隷貿易を禁止でもされた? 経済圏を牛耳られてるからよ」
「いえ、むしろ逆。奴隷の輸出先がその聖魔帝国でしてな……」
「……そういや、そうだったな」
聖魔帝国は奴隷を買いまくって自国で解放、行き先が無い人は移民に、ある人は帰還費用を自国で稼いでもらう、奴隷解放政策という無茶なやり方で奴隷制度の廃止に努めてるの。
絶対問題起こってる筈だけど、ただ、ひたすらに買いまくるのよね。聞いた時、何それと思ったよ。
「もちろん我らバーゼウはこの十数年、奴隷を各国からかき集めて売りまくりましたとも。なにせ言い値で飛ぶように売れましたからな。奴隷の衛生環境を改善させる設備の設置や指導やらを聖魔帝国から受けたほどで……で、その結果がどうなったかと言うと――」
「売る奴隷が居なくなったな?」
聖魔帝国は建国19年目の今年で人口2000万に到達する見込みらしいけど半数以上は国外の元奴隷らしいからね。世界中から1000万も掻き集めればそりゃ奴隷も総ざらいされるでしょ。
「……御名答。奴隷とは基本的には余剰資源、食わせて行く事ができない労働力ですからな。戦争などの捕虜という物も有りますが、これは我々が扱う奴隷取引では一般的では有りませんし」
「高値になったからと言って売ってくれる訳ではないってか」
「その通り。攫う拐かしなど犯罪程度ではそもそも聖魔帝国の需要を賄えませんし……そちらに手を出す頃には連中の眼も厳しくなり。……何より奴隷として自国民が連れ去られ労働力が不足すれば供給国が国外への奴隷売買を取り締まり始めると……結果は言うまで有りませんな」
「気づいた頃にはもう遅かったってね……トンデモないやり方だよね。聖魔帝国」
もちろん、そうなるよう仕向けたんだろうね。
奴隷貿易が自国の弱体化を招くとなるとまともな国なら当然禁止するよね。その後で奴隷そのものを禁止にして行くよう持って行く予定じゃないかな。
まずは有り余るその経済力で供給網を把握、潰しに来てるの。自国の労働力も確保できて一石二鳥だとか思ってそうだな。
「おかげで我らは交易の品を失い、年々苦しくなるばかり……他の商品の供給網は聖魔帝国が築いた交易網に押されこのバーゼウももはや風前の灯と」
「そんなに苦しくなってるの? 一昨年くらいに北のバーゼウ王国領に行ったけど景気良さそうだったけど?」
「それはまだ今まで築いた富が有りますからな。聖魔帝国のおかげで儲かりましたし……されど近年、貿易赤字が続きましてな。で、話が本題に戻る訳ですが」
「……養殖して嬢ちゃんや男の娘売るのが新たな産業だとか言うんじゃねえだろうな」
「そのまさか……と思うしかありませんな」
「おいおい。正気? お前ら貴族や王族のメンタル疑うぞ」
「…………バーゼウの者でしか解らぬかも知れませぬが奴隷貿易は言わば我が国に取ってはかつての栄光なのです。帝国の頃も、3つに国が別れてもバーゼウの民は海の民。そして我らに最も富を齎して居たのが、奴隷貿易」
「で、王族がかつての栄光を忘れられずに人間牧場を経営して高嶺の花を輸出か……イカれてるな? しかも足りなくなったらそれをバーゼウの下層民やバーヴァル諸島の他の国民でも売り付けるんだろう? 自分たちの土台を売り渡して国が保つとでも思ってんの」
「返す言葉も有りませんな。奴隷貿易も今は不調でも、いずれ再開できるとでも思っておるのでしょうな……奴隷の"養殖"などした所で高が知れてましょう。年寄りばかりで時代の先が読めておりませんからな。根本的に交易だけで商品を右から左に流すばかりで、商品を生み出す産業が無いのが問題だと言うのに」
「聖魔帝国の純粋な科学技術製品の大量生産品が出回れば只の交易国家なんてお払い箱になるだろうからね。自分で売りに行くでしょ」
「左様……で、今回の奴隷の返還騒動の件。コレが我らの事情でして……。こちらは言わば奉公人として娼館などに島民を貸し出したまで……お返し願えますかな?」
「おめぇも頭イカれてんのか。その事情でどうしたら返せる。実質的には奴隷じゃねぇか」
「でしょうなぁ……まさかそんな事になってるとは私も露知らず。ですが、神に誓って我ら使節団は養殖の件は知らされて居なかったのです。……せいぜい王家が高級娼婦に活路を見出だして綺麗どころを輸出して居るのかな? 程度でそれとなく送り出されましたから」
「なに、そのあやふやな使節団。本当に外交使節か?」
バーレアが諦観した顔で頭を振る。それが真実なの、とでも言いたげに。
「……何分、公国は新たに興った国、我が国との関係をどうするか探りを入れて来いという次第もありまして……。されど、公国からは色良い返事が一切なく。だと言うのに本国に状況を報告しても何か成果をあげて来いの一点張りでしてな……」
まさか、娼婦に付いては奴隷禁止条約が有るので一存では決められぬ、と、取り付く島もなければ交渉もへったくれもないやり方されるとは思ってなかったのかな。
時間稼ぎに徹して、全力で先送りにしてるからね。
「各国の駐在大使に仲介の願いや探りを入れても、冷たくあしらわれましたからな。で、終いには公国に奴隷禁止条約機構の盟主、聖魔帝国においで頂くことを示唆されては……コレは不味いと思い、殿下に対しては余りに不躾ながら、私の一存で赴いた次第でして」
「成果あげるどころか失態になるからな」
「我が胸中の苦しさ、お解り頂けたでしょうか……」
「解るか、んなモン。勝手なイチャモン付けて自分らで困ってるだけじゃねぇか」
褐色肌の口許をキュっと引き締める伊達男バーレア。わたしの無体な返事に何も言い返せないって顔してるよ。
「で……そこでご相談なのですが……仮に、仮にお引き渡し下さる条件など有りましたらお聞かせ願えたいのですが……」
「奴隷禁止条約に批准しろ。それが筋だ」
「ご無体な。それはとても王家が呑める条件ではありませんぞ」
「なに言ってる、遅かれ早かれ呑まなきゃならん条約だ。……ここだけの話、お前らの島で内乱起こされそうなんだぞ……誰がやらせるかはお察しな」
「おおう、それは真で?」
「聖魔帝国の陰謀担当者から聞いた。場合に依ってはやるんだと、でその場合は……解るな?」
「ぐ、具体的にお聞かせ願いたい」
「当然、妖精連盟も参戦するに決まってんだろうがロクス教国ともドンパチしたしよ。でうちは世界条約の非締結国だからやりたい放題よ……」
「ご、無体にも程が有りますぞ。仮に我が国に侵攻してロクス教国が黙っているとお思いか」
「そのロクス教国とはアウレリア王国でドンパチして撤退に追い込んでるからな。連中が弱ってる所が狙い目と思わないか? わたしだったらそう思うね、むしろやるなら今だろ」
「むぅ……」
真実味のある話なのかバーレアが押し黙る。
実際、まったくの虚言じゃないと、わたしも思うよ。大体そんな事考えてるんじゃないかってね。
バーヴァル諸島も手に入れれば聖魔帝国の経済圏は北から東の海も制したも同然、この大陸を経済圏に引き込む為の準備が捻るよね。
「さて……コイツが妖精連盟の代表、神祖の妖精王が提示する外交的成果だ。当然うちの連盟傘下の公国も同調する、この大陸から追い出されるくらいは覚悟しておけ……外交でヘタを打った場合の話だがな?」
「……なるほど。それは殿下の内々のご意思とあらば確かに成果となりましょうな。……して、その聖魔帝国の陰謀を止める手立ては?」
「最初に戻るだけだ。奴隷禁止条約に批准しろ。……聖魔帝国が奴隷制度をやめられないってだけで攻め込んだ国があるの知らないの?」
「……解りもうした。では、今一度お聞きしたい……これは個人的に、なのですが……ここだけの話、もしバルバロッサが玉座に着くとあらばアイギス殿下はご支持なさるでしょうか?」
「ふ〜む。悪くはないけど、ヤツはマジメ過ぎるから王様に向いてるかなぁ……。まあヤツのやる気次第と答えておくか。要面談」
成る程、と納得したバーレアがそれから思案有りげな顔して考え込むとわたしに礼を言ってそのまま帰ったの。
その三日後には改めて外交官を送ると言い残して、北のバーゼウ王国領にバーレア一行の使節団は帰還することになったって。
期せずしてこのアイギス、ヴィリア姫さんの厄介事を解決してしまった。と、喜んでたのはそれこそ束の間だった……
天使王「奴隷はいけないこと。人々を救うのだ」
全てはこの一言から始まった異世界奴隷解放政策。
魔女王「おかげで毎年大量にやって来る奴隷の為に仕事を創り続けねばならん、資本主義の地獄だぞ」
魔大公「永遠に雇用を創出し続けねばならない地獄ですわね。移民を集めまくって自分の首を絞めまくる真の移民国家のみが実行可能な綱渡り政策ですわよ」




