第三十五話 妖精騎士アイギスさんと夜のお仕事浄化作戦と盗賊の意地(5)
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公都ヴェスタ公城ウィーンベル。
ヴェスタの街のド真ん中、小高い丘にそびえる白亜の城。
独立する前は色褪せてちょっと残念な色合いだったけど、全面清掃して今は往年の姿を取り戻し、公国の中枢に相応しい姿を民に見せつけてるの。
そして城の立つ丘をぐるりと囲む城壁の城門前には堀に掛けられた橋がある。
わたしは妖精騎士らしく召喚した死を追う一角獣に娘のアイリと一緒に騎乗して渡る所だったんだけど……
その橋の前でやたら人が集まっていた。
「夫を返してください! お願いします!」
「奴隷を使ってたなんて濡れ衣だぁ〜! 横暴だ!」
「何もかも取られてもう家族が食べていけません、ヴィリア姫さま御慈悲を。もう赤ん坊に飲ませるミルクもないんです」
「売る場所がなければやってけないよ! お上はいつもそうだ。わたしらに死ねってのかい」
「どうか、どうか! 債権を返してくれぇ! このままじゃわしは首吊るしかなくなるんじゃあ!」
このアイギスさん馬鹿じゃない。どういう集まりか張り上げる抗議と懇願の声で即、理解。
取っ捕まえた嬢を売らせてた連中の家族に、その嬢の債権を買ったヤツら。後、何人か、娼婦の人も居るね。売る場所を限定したのが不服らしい。
そして群衆の一人に気付かれるアイギスさん。
こっちに殺到するのかと思いきや――
「アイギスさまがアイギスさまが来たぞぉー」
「そんな、どうして!? この街には居ないって聞いたのに」
「逃げろおぉぉ! 取っ捕まえられたら張り付けにされるぞぉ〈血塗れの妖精騎士〉だあぁぁ!」
「おんぎゃぁおんぎゃぁ」
「悪魔に、悪魔に魂を売り渡されるのはいやじぁあああ!」
「ああ、お許しください! わたしには赤ちゃんがぁ」
蜘蛛の子散らしたように城門前の橋から声を張り上げた群衆が逃げ散って行く……なんでよ。
そこは詰め寄る所じゃない? 涙ながらに慈悲を乞う感じで。
ただ、もちろんこのまま抗議するようなら騒乱罪で取っ捕まえるに決まってる。法の則を弁えぬ者は如何なる者でも裁きに掛ける。
民主国家じゃないんだよー、権力者に楯突いたらそりゃ拘束はするでしょ。これが権威主義よ。イヤなら民主革命を起こすんだな、弾圧してやるぜ。
なにせその為に呼ばれて来たの。
ヴィリア姫さんの手を血で汚す訳には行かないからね。なぜバレたし。
しかし逃げ散るなら見逃してやろう、と鷹揚にデスユニコーンを進める。
通り過ぎる時、アイリがなんとも言えない顔して、腰くだけになった赤ん坊抱いた婦人を見てたけど。
「アイリ……人には事情があるの。見ちゃ駄目よ」
「うん……」
「みんな生活が掛かってるの。必死だからね……ここは見逃してあげるのが情けよ。でないと容赦のない責め苦が待ってるからね」
「解った、お母さん。でも……」
「娘よ。為政者たるものは全ての人間を助けることはできないのよ。そして本当に助けが必要な人達は声もあげる事ができないの……叫ぶヤツだけ助けてたら声をあげれない人達を助けてあげられなくなるわ」
「…………」
アイリに絶対権力者の厳しさを教えつつ、後でこっそり赤ん坊の件は詮索しようと心に決める。
いや、本当に赤ちゃんに飲ませるミルク無かったらさすがに可哀想でしょう。そこまで無慈悲じゃないわ。
でも、人の顔見ただけで逃げ散るとは解せない連中だな。お上に抗議するなら生命捨てがまるのがこの世界の常識でしょうに……生温い民主国家じゃないんだから。
切り捨て御免が罷り通る、江戸時代も真っ青の異世界ファンタジーだよ、公国とか。
どれだけ独立の時にそこの広場に張り付けにしたよ? このアイギスさんが。
大方、わたしが公都に居ないと吹き込んだヤツが居るんだろうけど……
そしてそのまま城に入場。一つ問題を解決してヴィリアさんとアスタロッテの元に向かったの――
なにせ問題はこれ一つじゃないんだから。
†
――公城の執務室。
赤い絨毯だとか貴族のお部屋って感じの高級感溢れるヴィリアさんのお仕事部屋に通された、わたしとアイリ。
早速一つ問題を解決したことを報告したの。
「助かりましたわ、アイギスさま。押し掛けられた時はどうしたものかと……」
「ヴィリアさん。治安維持はこっちの仕事だから遠慮なく回してくれて良いよ。で、もう一つの問題は? アスタロッテ」
「現在進行中ですね。先程の詰め掛けた群衆もこの為の仕込みのようですよ?」
「いや、そっちは詳細聞いてないんだけど?」
「あら、ここに来る途中、バーゼウ王国の者たちを見ませんでしたか?」
「見たわ……じゃあ、もうそのまま懸念事項が現実になったのね」
なにせ城の中にバーゼウの人間と見れば解る、褐色肌の精悍な顔付きの戦士だとか海兵だとかいう連中が居たもの。
頭に白ターバン巻いて腰に曲刀差してたりと、文化衣装がこの大陸の西欧風の連中とまるきり違うしね。
そして困り顔のヴィリアさんが白いエルフ耳を下げるの。
「使節団が訪れたのですが……この国で保護した奴隷の解放と引き渡しを求めて来ましたわ」
「ヴィリアさん、別に通告はしてないよね?」
「ええ。対応を協議中でしたし、例の娼館に関しては秘密にしてましたから」
「シックスやダットンから漏れたとも思えない。……って言ってもまぁ知ってるか、盗賊ギルドの仕切り屋なら」
「あらあら、アイギスさまには困ったものですね。なかなか手を焼いているようで」
「まったくだよぉ、アスタロッテ。あの盗賊のクズ、やりやがる。本業はやっぱり違うな、圧の掛け方がよ」
「解っていると思いますが、関係悪化は避けたいですからね。解決の方はよろしくお願いしますね」
「そこは……なんとかできないのアスタロッテ?」
「なんとかして欲しいです?」
とアスタロッテがいつもの澄まし顔に微笑ましい表情を浮かべるの。
……最近解って来たんだけどこの金髪の人形のようなアスタロッテが、澄み切った笑顔を浮かべる時が一番危険なんよ。
この心無い天使は劇薬を投与して、悪魔的に愉しんだりするんだよねー。
「アスタロッテが動くと、外交関係に致命傷を負わせそうよね……」
「あら、そこまではしませんよ。ただ、バーヴァル諸島の国内事情が少し残念なことになるかも知れませんね……具体的に言うと、内戦まった無しに」
「それやると聖魔帝国に怒られない?」
「ことを奴隷制の問題に絡ませればお目溢しされそうですよ。それに元々バーヴァルは一つの国が三つに分裂してる状態ですからね。そろそろ国内を再統一する良い機会だと思いますしぃ」
「勝手にやる事じゃないんだけど……。でも、結局はシルヴェスター公国が割を食うのは変わらないじゃん。貿易とか止まるでしょ、貴重な関税収入が残念なことになるわよね」
バーヴァル諸島の国の一つバーゼウ王国はこの大陸にも領土があって、シルヴェスター公国と北の山脈沿いに国境を接しているのよね。
で、そのバーゼウ王国からこのシルヴェスターを通って南のヴェルスタム王国に商品を運ぶ時の関税――通行税が残念なことになっちゃうの。
無税政策しながら徴収してる数少ない税金よ。
商隊だとかが通り道の街に落すお金とかも有るんだから。
経済的にもマズいでしょ、向こうは海洋国家だからシルヴェスターを使わずとも貿易は出来るの。この地方を通った通商ルートが最短で安いから使ってるらしいしけど。
だからか、ヴィリアさんが公国の民を案じて表情を暗くするの。
「短期的にはそうなりますの……聖魔帝国との交易で代替しようにも直ぐに上手く行く訳ではありませんし……」
「……で、割りを食うのはいつも下々の民ね。大丈夫、そこの悪魔の手は借りないでおくよ」
「ええ、そうして頂けると助かりますの……ただ、バーゼウの使節団の方はどうしましょう? 娼館の方々を引き渡す訳には参りませんよね」
「もちろん。でも、自分たちで売って置きながら良くも抜け抜けと言えたモンだな。……でもそれが狙いかな」
「ええ、この公都の例の娼館以外にも働かせられていた者たちの引き渡しも求められていますわ」
成る程ね……こっちが本命か?
嬢ちゃんらを連れ去ったのはバーゼウ王国の動きを読ませない為かな。
それに確かにあの債権システムに絡む嬢ちゃん達ってバーヴァル諸島系の子が多いんだし。何も知らない子の方が働かせ安いし、綺麗どころだもの。つまり絡んでるんだろうなバーゼウ王国も。
そして当のバーゼウ王国が騒ぎ立てればシルヴェスター公国にもしても都合が悪い、貿易でも止められたらそれこそ界隈を牛耳っても割りに合わないだろう……か。
「なかなかに大人の戦い方をして来るな、ボロック。流石、盗賊だよ」
このわたしの感慨にアスタロッテが気取って扇を取り出して口許に当てるの。
「中々に愉しませてくれる相手ですわよね、アイギスさま。小賢しい所が身の程知らずで、ドブネズミの親玉らしいやり方は中々できませんもの」
「まったくだよね、盗賊なんて基本的に頭がイカれてる連中だよ」
人様の物を盗もうというのが前提なんだもの。そりゃ、普通の人からしたら異常者よ。まともな健常者が同情する余地が一切ないよね。それこそ常識で考えようか。
「――ちなみに時間を稼ぐことは出来る? ヴィリアさん」
「ええ。というより交渉を引き延ばすしか当面は手が有りませんの。聖魔帝国を出しても逆に奴隷禁止条約を突かれるでしょうし、奴隷の輸出に関しては押し問答でしょうから」
「オーケー、じゃあその間に対処を考えましょうか……それにおそらく、コレが本当の狙いじゃないしね」
外交交渉なんてそれこそ時間が掛かるのが相場だよ。それに聖魔帝国が出て来たらどうなるか解らない。……まず、確実とは言えないな。
つまり……このアイギスさんと頭脳戦、知恵比べをしたいってんだな、ボロック。
こっちの土俵で戦ったらそりゃ勝ち目がないからね、流石、年季の入った盗賊だよ。やる事が違うな。
「コレは盗賊ギルドと交渉した方が安上がりになる、とかではないですかねー」
「アスタロッテよぉ。わたしがそんな手に乗ると思う? ……乗れんわ。悪党どもがっ!」
「あらあら、頼もしいですわねぇ」
とわたしが啖呵切ると愉しそうにするアスタロッテ。性格悪いよぉ。
今回は手を貸してくれなさそうだし、自分で始末をつけろって事かな。まぁ、ケジメってヤツだけどさ。
盗賊相手にやられるようじゃ、権力者失格だよぉ。
何よりこの妖精騎士アイギスさんの名折れよ。
世の中には例え、さっさと手打ちに持って行った方が損失が少ないと解って居ても、やめられない戦いがあるのよ。
このアイギス、引かぬ、媚びぬ、顧みぬ。
そして引くに引けない戦いが幕を開けるのだった。




