第三十五話 妖精騎士アイギスさんと夜のお仕事浄化作戦と盗賊の意地(2)
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その日からシルヴェスター公国の、売春業界隈は地獄を見た。特に何処ぞの妖精王が率先しだした瞬間に数々のヤツらが地獄に送られ始める。
正確には見たのは売らせる方だったが……
嬢が居れば当然それを当てがうヤツが居るのは当然で、餌食になったのはそういった連中だ。
まだ状況を悟り、靡いた聡い連中はマシな運命を辿ったがな。
個人経営で嬢を引き受けてる酒場や宿の主人にして見ればみかじめ料の納付先が冒険者ギルドに変わるだけで大した出来事じゃないしな。
但し、嬢の扱いが酷い連中は地獄行きへの船便が待っている。なにせ聖魔帝国では最近、新鮮な魚類の需要が増してるらしくてな。
綱引きトロール漁船の従業員を大募集中らしい……
海の魔物どもの犠牲になる船員が多くて人手が足りてないそうだ。保険代わりに魂を悪魔に差し出す契約までさせるのだからな、連中は徹頭徹尾、情け容赦の無さが徹底してるな。
逆にそう悪い扱いをして来なかった奴らだけが災難を免れる事ができた。
むしろ上客さまがそういった冒険者連中だ、気心知れる連中だからむしろ安心してケツ持ちを任せれるほどだろう。
なにより冒険者どもがそんな動きをしているとなれば、世情に少しでも通じて居れば背後に誰が居るかは明らかだ。もはや天命だとかそんな感じと思ったろうな、オレでもそう思う。
が……世の中はそんなに単純明快じゃないのがこの世界。特に裏稼業の利権構造はその最たる例だな。
嬢ちゃんらを酒場や宿の主人が身請け元で働かせてるなんて単純明快な関係なら身軽に冒険者ギルドに任せられる。
が、そんな健全経営はむしろこのシルヴェスターでは少数派、殆どが利権に塗れた経営構造になってる。
なにせこの北国シルヴェスターは悪党どもが最後に辿り着くヘイブン……楽園じゃないが、それを夢見て数々のヤツらが巣食う魑魅魍魎の巣窟だ。そいつらがあの手この手で甘い汁を吸おうと働きまくった結果――
嬢ちゃんら自体が"投資の物件"になっちまっているという陽のあたる人間が知ればビックリの利権の塊になっちまってるんだ。
要は嬢ちゃんらの借金、債権を貴族だとかの金持ちが持ってて嬢ちゃんらの上前をピンハネする事で成り立つ投資ビジネス……酒場の主人も、娼館の経営者もその大切な投資物件の委託先って事だな。
どうしてそんな事になって居るかと言えば答えは単純、他の悪党どもから身を守る為だ。
利権の構造が複雑化すればするほど利害関係者が出来て、他の悪党どもが手を出し辛くなるからな。そうやって身を守りつつ甘い汁を吸おうと悪党どもが四苦八苦して考案したのがこの利権構造だ。
やってる事は他の利権と変わらない訳だが、それを売春業にまで拡大してるのがこのシルヴェスター発祥のビジネスモデルの特徴だな。
ちなみにヴェルスタム王国でも最近、主流になりつつあるくらい優れている。何処にでも悪党は居るもので、貴族だとかに難癖付けられても余裕で凌げるのがこの利権構造の優れた所だからな。
手を出そうにもその利権が何処に繋がってるかまるで解らないのが肝だ。ヘタに手を出せば痛い目を見るのが必ず結末になっている……
金融ギルドが一口噛んでるからな。嬢ちゃんらを金融商品に仕立てあげた古代魔法文明時代の金融工学由来の投資システムだそうだ。
嬢ちゃんら一人に付き一人の債権者ではないんだと。複数人、人気嬢だと場合によっては利害関係者が数十人、百人を超える場合すらある。
更に他の金融商品に混ぜたりと金融ギルドも詐欺みたいな手口で売ってるらしい。
これでは人気嬢の居る娼館に乗っ取りを仕掛けても、そのまま嬢ちゃんらは手に入らない訳だ。
これでは旨味が半減以下になるし、そんな娼館に手を出せば当然、利権に絡む連中から袋叩きに合うか、集られるという寸法だ。
無知な馬鹿が偶にコレをやって哀れな末路を辿ってるからむしろそんな愚か者を誘い込む罠にさえなっている。
だが……そんな優れた安全保証システムを持つ、盤石な売春業界に余裕で喧嘩まで売るヤツが現れた。
そう、あの〈鮮血妖精〉……もとい神祖の妖精王という暴君だ。
どんな悪党が利害関係者でも纏めて喧嘩売って粉砕できるのだから怖いものなどある筈がない。全員を泣き寝入りさせる悪夢のような存在だ。
これでは白旗揚げてさっさと身売りした方がマシだろう。
だが、投資商品を預かり嬢ちゃんらに客を取らせて居る連中は幾ら冒険者どもに脅し、透かし、集られても泣き寝入りできないんだ。
娼館の経営や嬢ちゃんらを引き渡したが最後、契約不履行の違約金を払う為トロール漁船行きの運命を背負わされるからだ。
金融ギルドが利害関係に絡んでる点が奴らの運命を悲劇的なものにしている。
もしもの為、嬢ちゃんらに何かあった場合その責任を取らされるのが客を取らせてた連中だからだ。
残念ながら裏の世界はそれほど甘くない。
安心と安全を与える代わりにそれなりの保証は求める訳だ。この世の中"権力者"と云う連中が一番儲かるな。損失に対する備えも怠らないからな。
そして……
自己紹介が遅れたが、盗賊ギルド所属の俺、ディックは今まさにその"損失の補填"に対してどうするか、この利権構造を創り上げた男に尋ねに赴いた所だった。
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「……さて、非常に訊きにくいことだが、どうする? 」
出会って挨拶もそこそこに単刀直入に訊いて見たがジロリと睨まれたとも。
相手はこの北の果ての地で人身売買の元締めにまで登り詰めた男、仕切り屋の半妖精の御老体だ。
「……良くも俺さまにそんな口がきけた物だな、ディック」
「悪いな。減らず口が直らん物でな。なに、昔からだろう? それとも身内になったのだから媚びへつらうべきか。必要だと言うならそうするがな」
「盗賊ギルドの長デロス老の使いがそんな態度だとはな……。俺さまもヤキが回っちまったようだな……」
「なにヤキが回ったというより運が悪い。……で、ボックルの旦那、態度が悪いのは後でいくらでも謝るが状況が良くない。対応策は有るのか?」
盗賊らしく、とある倉庫の奥で秘密裡に会ってるのだが……この状況自体が仕切り屋ボックルの立場を端的に表してるな。
つまり……良い筈がない。
投資商品の嬢ちゃんらを選別して値付けし、それを金融商品として売り捌いて居たのが、この盗賊ギルドの仕切り屋の半妖精だ。
その後の嬢ちゃんらの稼ぎはそれこそ本業の連中任せだが……
何かあった場合はその損失を最小限に留めるよう、その本業の連中から上納金を受け取ってるのがこの仕切り屋のボックルの旦那だ。
……当然、何かの手立てを打たねばマズいことになる。
「…………わざわざ来たという事はデロス老にも、長にも話が行ってるんだな?」
「それこそ、王国のお歴々からな。連中から損失の補填に付いて問い合わせがあった。どうやら盗賊ギルドがまったく動かないので界隈の連中が業を煮やしたらしいな。奴らも必死だからな」
「……オレが受け取ってるのは商品を働かせてる連中からだぜ? 王国のお歴々に払う道理はねぇな」
「その道理が通用すると思うか、ボックルの旦那よ。今まで黙ってたのはデロス老も水に流すとは言っている。……で、非常に――訊きにくいが対策は?」
心苦しいまでに聞きづらい。
そんなのあったら教えて欲しいくらいだからな。完全に、八方塞がりだ。
オレ如き盗賊の若輩ではせいぜい、王国のお歴々にそれなりの保証をするしか方法が思い浮かばん。他に繋がりがあるからそうそう切れないんだよな、困ったことに。
大損失だが、なにせ相手が悪い。
今後の付き合いを考えて身を切るしかないんじゃないか? あの神祖の妖精王にしても同様だ。もはや嬢の仕切りが欲しいならくれてやるしか手が無いとしか思えないのだがな。
ただ、この仕切り屋のボックルの旦那がそれを二つ返事で受けるとも思えないんだが……
「承諾すると思うか? 損失の補填なんぞよ。こちとら盗賊だぞ。盗ったものを返す馬鹿がどこにいやがる」
そら見た事か。デロス老に並んで昔堅気の盗賊だ。もう齢も百を超え先も見えて居る。生命を惜しむという歳ではないからな。
「盗られた物に対する補填なんだがな?」
「なら、盗り返せば良い。舐めきりやがって。いつから盗賊ギルドは御大臣の御用聞きになったんだ? まだ勝負は決しちゃ居ねぇよ」
「確かに、"まだ"な。だが、我慢比べした所で勝ち目が有るのか? ボックルの旦那よ。チキンレースしてるようだが決着が付いても痛み分けには終わりそうもないぜ」
なにせ圧倒的にこちらが不利だからな。
今までは利権構造の多層化で安全性を確保してたが、快刀乱麻にブッた切られたらどうしようもない。
冒険者どもが仕事放り出して全力で盗りに来てるが、それも時間を掛けると嬢ちゃんらの身の安全が確保できないからで、短期決着を望んでるからだ。
それに粘った所でこっちとの交渉の席に着く頃には粗方の娼館や売春宿の経営者が無惨な姿を晒してること受け合いだぞ。
……結局、損失の補填は逃れられない。あの〈鮮血妖精〉が一銅貨足りとて払うとも思えんしな。
だがボックルの旦那には意気消沈した所が見られない。追いつめられてる人間の顔はしてないな。半妖精だが。
「……見ておけ若造。盗賊の意地ってものを魅せてやる。デロス老には世話になったと伝えて置け」
「……何するんだボックルの旦那よ」
「決まってんだろう。このままおめおめと縄張盗られたんじゃ若い奴らに示しがつかねぇ! 何の為にダンケスの坊っちゃんを売り渡したか解かりゃしねぇ! あのクソ忌々しいエルフの小娘があぁぁ! オレが、オレが、半生を賭けて築き上げてきた生業を、このまま黙って言い様にさせるものかぁぁぁっ!」
……さすが、娼館の客引きから盗賊ギルドの仕切り人にまで成り上がった男は違うな。
この絶望的な状況で啖呵切れるとかオレにはできねぇよ。そんな心の底から迸る魂の叫びを吐くことなんてよ。
ボックルの旦那はその出自から他の盗賊から下に見られることが多いが、オレは嫌いじゃないぜ。
何よりも金融ギルドの長バルガスと組んだにしても、悪党どもを手なづけて売春業の革新的な利権構造を創りあげた男だ。
特に、他の裏組織や貴族といった連中からの手出しを防ぐ安定した利権構造を創り上げた手腕は悪としても立派なモンだ。実際この盗賊ギルドに利益を齎してるんだからな。
馬鹿にする方が間違いだ。損失を補填して、このシルヴェスターから手を引いても十分お釣りが来るぐらいだぞ。
「……だけどな旦那。冒険者ギルドと遣り合うのは御法度だぞ。そんな事になれば確実に聖魔帝国が出張ってくる。この盗賊ギルドは連中の傘下だからな」
「それは連中も同じだろうが! クソ忌々しいにも程が有るわ! しかも仲間内だと言うのに手を付けようってのが気に入らねぇ! 奴らには道理ってものがねぇのか」
「旦那……向こうは表、こっちは裏だ。しかも同格じゃないんだ、向こうが圧倒的に上だろう……」
「おまえに言われんでも解っとるわ! 筋なり仁義なりを通せばオレもここまで荒ぶらねぇ……。だが、連中はどうだ。挨拶もせずにいきなりクソを投げ付けやがる。しかもオレの面にドでかいのをな! 例え相手がオレのご先祖の創造神でも許せねぇ」
「啖呵切る相手がデカ過ぎてさすがとしか思えねぇな。でも、旦那。どうするんだ? ヘタ打てば交渉どころか損失が全部こっちに回って来るぞ」
「そうならない為に一勝負打つんだよ間抜け! 後のことは老に任せると言ったろうがこのヒヨッコがっ。オレが逃げ隠れでもすると思ったか!?」
「……デロス老からもう一つ伝言だ。馬鹿なことはするな、とな」
オレがここに来た最大の目的だぜ。ヘタすりゃ何かやりかねないからな。で、馬鹿やりそうなら止める為に来たんだが……
「…………老にはここが馬鹿のし時だと伝えて置け。このボックル最後の儘だとな。デロス老の仁義には背かねぇよ。だが! 勝手はやらせてもらう。もう我慢、我慢ならねぇんだ、あの小娘。世の中甘くない事を絶対に思い知らせてやるぞ!」
……怒り心頭に拳を振り上げるボックルの旦那にオレも何も言えねぇからな。人生賭けて築き上げてきた仕事の成果が全て崩れ落ちかけてるんだ。
今まで味わされた煮え湯も含めてそりゃ頭にも来るだろうよ。盗賊ギルドの前の長ガンカスの盟友だったし、その息子のダンケスも可愛いがってたんだ。
――が、何処ぞの帰って来た妖精族の神祖さまが原因でその二人が殺られてよ。しかも遂には自分にお鉢が回ってきやがる。
そりゃ盗賊でも許せんわな。他の二人は……まぁ赤の他人だ、盗賊ギルドの身内と言ってもな。
結局、盗賊なんぞ自分が一番可愛いからな。
だから、まぁ解るぜ。デロス老には悪いが……説得するどころかギルドとの絶縁状を受け取っちまったよ。
盗賊の、男の意地だってな。
売られた喧嘩は買わなきゃ性に合わねぇって。本当に馬鹿だな。
だから嫌いじゃないぜ、ボックルの旦那よ。その自分自身が的にならないと動かん所とかな。
然し、あの〈鮮血妖精〉もまた厄介なのを敵に回したもんだぜ、さてどうなる物やら……
ま、オレが怒られるのは確定なのは確かだがな。




